3 冬の生活
収穫祭が終わると、領地は、すっかり冬支度だ。1年前、エドモンドのダンジョンに潜っていたことが、はるか昔のことに思える。
『今では、領主か。でもあと何年ここに居られるのかな。』
執務室の暖炉の火を眺めながら、そう思った。パチパチと火の爆ぜる音が耳に心地よい。
この地は、やや北に位置し、雪はあまり積もらないが、山麓に位置するので冬は寒く、この時期に育つ作物はほとんどない。そこで、栽培農家は、牧畜農家を手伝ったり、樽、木箱、木製の食器などを作ったりしている。最近は樽や木箱を大量に作るため、材木の需要が急激に増えて、林業は再び活発になっている。
湯治客相手にこの時期だけ民宿を開く農家もある。ダチョウの行商隊は、小麦粉、精肉、チーズ、卵、蜂蜜、芋類、飼料用の穀類、干し野菜、保存の効く果物など、売る物には事欠かない。フラットボートは、生鮮野菜の販売が減る分、最近では魔石を運搬するようになったので、便数は変わってはいない。
また、フラットボートで、移住者もやってくる。役場で移住者担当の部署を設け、案内をする。移住者用の長屋は、需要を見越して多めに作ってあるので、到着したその日から住むことができるのだ。そして、2週間分の食料も提供するので、その間に仕事を見付ける。色々な仕事があるので、適性に合わせて、斡旋することになる。見付けられなければ、役場で割り当てる。働かない者は、当領では不要なのだ。
「アキラ様、よろしいでしょうか。」
エミリアの声だ。エメラルドのネックレスが似合っている。
彼女は、先日15歳の成人を迎えた。館内でささやかな成人祝いを行い、僕は、碧の瞳に合うエメラルドのネックレスをプレゼントしたのだ。帝都でも役立つように、防御の術式をしっかりと念じ込めてある。僕の関係者だと、狙われるかもしれない。エリザベートを襲い、僕を罠に嵌めようとした犯人は、鳴りを潜めたままだ。だがエミリアは、そんな事情におかまいなく、目を潤ませてそれを押し戴き、とても嬉しそうだった。
エミリアは、このところ書斎にやってきては、よく話をしていく。マリアも付いてきて、ちょこんと姉の横に座り、2人の話を聞いている。
領内の話題や帝都学園の講義内容の質問が多い。帝都学園の入学まで、もう4か月を切っている。そろそろ予習を含めて準備を始めているようだ。僕は、ここの領主として、帝国学園ではエミリアの保護者となる。帝都の屋敷に住むことになるので、準備も少し必要だ。
僕としても、領の運営に関することをエミリアに伝えておく必要がある。エミリアは、なかなか賢い子だ。僕の話の内容をしっかりと頭に入れる。
領にいるときは、朝食前の乗馬が日課だ。朝早く起きて、厩舎に出向く。そこで、愛馬ブラッキーに鞍を置く。体格の良い漆黒の駿馬だ。いつの頃からか、エミリアも一緒に白馬ブリリアントで駆けるようになった。以前からの自分の愛馬だ。地方の領地では、貴族であれば女性でも普通に馬に乗る。馬は重要な交通手段なのだ。
馬では、草原を駆け回るだけではなく、街なかをゆっくりと回ることも多い。すると、収穫祭が終わり、領内が静かになったことを肌で感じる。
「街なかは、静かになったね。」と僕。
「はい。この時期は、もの寂しいのです。」とエミリア。
僕は、『何か、季節を問わない客寄せはないかな。』と考えた。そして、『そうだ、ダンジョン博物館を作ろう。』と思い付いた。
これまで攻略したダンジョンは、エドモンドの7階層の魔獣系、8階層の昆虫系、9階層のトロール系、10階層のミノタウロス系、11階層魔牛系、12階層の大ミノタウロス系、 13階層の密林系、14階層の巨鳥系、15階層の恐竜系、トーリードの12階層のミノタウロス系、13階層のゴーレム系、14階層の伝説の魔物系、アルダスの第1階層の初心者系、それとホヴァンスキの8階層の海の怪物系だ。
『この国にある9か所あるダンジョンの、まだ半分も潜ったことはないんだな。階層も合計でも14階層か。』と、あらためて数えてみると、まだまだ少ないなと思う。
街なかの適当な場所に、博物館を建ててもらうことにした。材木も豊富にあり、冬の間は人手も余っている。この機会に、大工仕事を覚えたいという者も多くいる。多少の雪が降っても3か月もあれば、出来上がるそうだ。春先の開業には間に合うかな。それまでに、ドロップアイテムやお宝をもう少し準備をしておこう。
僕は、エドモンドの拠点や帝都の屋敷から、時にはホヴァンスキ領にワープして、何度か各地各階層のダンジョンに潜った。時々は、マリエラも休暇を取って一緒にね。
『入口正面には、ミノタウロスの等身大の木彫りかな。』ミノタウロスは、ポピュラーで迫力もあるので、入場者に期待を持たせる。
それから、内部の一部を、ダンジョンを模した造りにし、魔物たちの等身大または小さくした木彫像を並べよう。棍棒、斧、角などは、いくつか種類もあるので、実物を大量に展示すると見栄えがする。
目玉は、お宝だ。黄金の牛、斧、剣、装飾品など、装飾品系のお宝を展示しよう。魔武具は展示しない。秘密にしておかないと色々と危険なのだ。そして、お宝は、盗難に合わないように、バリアーで防御する。
そうすれば、博物館の出来上がりだ。一見の価値があると思う。お土産品は、もちろん魔物の木工品だ。春先の開業が待ち遠しいね。
そうこうしているうちに、ダンジョン都市間の転移魔法陣は、建屋が完成したようなので、まず帝都の4か所に設置することになった。
僕は、タールダム領の館で、せっせと転移魔法陣を製作する。ベースに魔カニの甲羅を使い、その上に薄くミスリルを張り合わせると、魔石消費量も抑えられることがわかった。移転する距離や重量も特に問題はない。エドモンド領の拠点と帝都の屋敷をつないで何度か試験をした。
最初に皇宮の専用建屋に設置する。主に帝都の軍隊や騎士団が、帝都内のダンジョン異変および地方の有事に利用することが想定されている。
建屋には、リモコン式の操縦盤を作って設置し、その操作方法も教えた。難しいことはない。行きたい場所の決められた数字を押して、開始ボタンを押すだけだ。誰かがこちらに転移中のときは、フィールドに入れないようにしてある。安全対策だ。
建屋には、テレパフォンも備えてあり、各所と直ちに連絡が取れるようにできている。
そして同日のうちに、アルダス、トーリードおよびラビリンスの近くの建屋にも設置を終え、係官、兵士、騎士、そして僕もだが、各所を行ったり来たりして、問題がないか検査した。この3か所は、ハブ、すなわち中継地の役割も果たすので、出発陣と到着陣を別々に作ってある。ダンジョン領の転移魔法陣は、直接には帝都の3か所としか往復ができないようになっているのだ。
第二皇子も護衛を伴って、試運転に参加し、各所を行ったり来たりして楽しんでいた。
転移魔法陣は、次に、エドモンド公領に設置し、その設置にはエドモンド公爵に子息のアルフレッドと令嬢エリザベートが立ち合った。
「それにしても、これからは一瞬で帝都か。すごいことになったものだな。」と公爵は僕に話しかける。
「でも、宿場町を維持する関係で、自由には使えないのですよね。」と僕。
「それは仕方ないが、往復が増える分は、こちらを使うよ。あと、安全を考える時だな。最初なので、エリザベートは、学園の新年度が始まったら、これを使って帝都に行ってもらおうと思っている。」と公爵。
僕は、「それがよろしいですね。」と答えておいた。
設置が完了すると、公爵たちと僕は、早速、馬車に乗って帝都の3つのダンジョン地区と往復した。
ここも問題なしだ。
その日のうちに、ホヴァンスキ伯爵領の設置も終えた。伯爵とその子息たちとマルファも立ち合いだ。転移魔法陣の経験があるマルファは、早速僕の手を取って、ここと帝都のダンジョンを往復してみせた。馬車も試しに転移してみる。成功だ。
これで、今度海賊が来ても、テレパフォンで緊急連絡を入れて転移魔法陣で兵隊を送ってもらえれば、僕がいなくても対応が可能となった。
さあ、帝都と北は終わった。次は、南だ。