2 鉱脈
子爵位の授与とともに、新領地が与えられた。新領地といっても、タールダム領の東側の森林地帯で公式には人は住んでいない。これまで、帝国の直轄領であった。タールダム領では、この直轄領まで奥に入って木を伐採するときに入領と伐採のための税を払っていたが、それ以外に利用はされていなかった。
それが僕のものになったのだ。きれいな湖がある。先日、魔獣を退治するときに見つけた。だが、魔獣がいるということは、普通の人では簡単には入り込めないということだ。伐木以外に利用方法はあるのかな。
だが、マリエラと話していると、彼女は、魔獣がいるということは魔素が多いので、魔石の鉱脈があるかもしれないと言うのだ。追々探してみようと考えていたが、ようやくその時が来た。
11月一杯で学園の後期が終わり、翌年の3月までは冬期休暇だ。エドモンド公領に帰るエリザベートを送り、僕は、タールダム領に戻った。12月初旬、当領も冬支度だ。帝都の屋敷は、美容ポーション関係の人員を除き、タールダム領に呼んだ。御側付きのアンナとエルザには、当領の物産の流通を本格的に担当してもらうことになった。
僕は、1人で翼を装着して。森に向かった。上空から見ると、紅葉はとうに終わり、木々は寒々しい。湖までは、20km程度か。案外近いが、人の道はない。空から行くと一層近くに感じる。
湖に出た。あまり大きくはない。岸と岸の一番離れたところでも、5km程度ではないだろうか。湖畔の影が水面に鏡のように映る。水は澄んで、上空から魚群が見える。豊かな湖のようだ。
僕は、その湖畔に降り立った。
領地からここまで道を開けば、馬車でも2~3時間で来られる。
『ここに別荘を建てようかな。いっそのこと、リゾート開発にしようか。』などと考える。
だが、今日は、魔石鉱脈の調査だ。魔獣が生息しているところが有望なのだな。よし、湖を回ってみよう。
湖に沿って、ゆっくりと地上を観察しながら時計回りに飛ぶ。鹿、イノシシ、熊、サル、キツネなど普通の動物が目に入る。『日本の森の野生動物みたいだな。』穏やかな森の姿だ。
『魔獣の生態系に切り替わるのは、どこだろう?』
景色はそう変化なく、湖の東側の端に出た。そこでまた、湖畔に降りてみる。そして、翼を仕舞って、森の中を歩いてみた。気温は低い。
『うん、あれは何だ? 』
そこには、立派な体躯をした魔角鹿が1頭佇んでいた。
『こうやって見ると、大きいね。角はおどろおどろしいし。気性は荒々しかったな。』
森の主といった堂々とした風格だ。マッドベアさえも角で切り裂くことがあるという。しばらく、魅了されるように眺めていると、鹿は僕に気付き、角をかざして向かってきた。
『あっ、そうだ、丁度いい。試してみよう。』
僕は、「伏せー」と魔角鹿に叫んだ。
『あっ、伏せた。魔獣でもテイムができるんだね。』
僕は鹿に近付き、頭を撫でながら、「今日から君は、僕の従者だよ。ダイアンと名付けよう。」と言葉をかけ、「ところで、この辺で、魔石を見たことはない? こういう石だよ。」とポケットから魔石をいくつか取り出して見せた。
すると、ダイアンは、『このような物は、もう少し先の岩場にたくさん埋まっています。われらも、冬を迎える前に、それを掘って食します。』といった内容を、何となく言った。直接対話はできなくても思考が伝わるのだ。
「よし、連れて行って。」僕は、ダイアンに跨った。
ダイアンは、馬よりも二回りは大きい。角が張っているので、跨ると前が見にくいのが玉に瑕だ。
「ダイアン、その角は毎年生え変わるのかい?」と聞いてみる。
『間もなく落ちて、暖かくなるとまた生えてきます。今度生えるときは、もっと大きくなります。』と答える。
『工芸品になりそうだな。大きくて艶がある。』
そんなことを考えているうちに、その岩場に出た。わっ、立つと3mはありそうなマッドベアが3体もいるよ。いかにも凶悪そうな顔をしている。餌場を独り占めにしているのだな。こんなのがいるのでは掘り出すのも大変そうだ。そう思いながらも、僕は、ダイアンから降りて、その辺を調べることにした。
マッドベアを無視して、ダンジョントカゲの牙で作ったつるはしを使って、足元の地面を1mほど探ってみる。
『あるね。』
あたりをつけて、少し掘ってみるだけで、ビー玉のような小さな丸い魔石がゴロゴロ現れた。色とりどりだ。魔石は効果が弱くなるにつれ、縮んで色も抜けてくる。
この場所は、丘陵地帯で広がりがあり、埋蔵量は豊富そうだ。それに地面は硬くはなく地堀で採掘できるので都合がよい。
マッドベアは、先ほどからずっと警戒して、こちらの様子を窺っている。しかし、魔角鹿がいるので、むやみに襲っては来ない。
せっかくだから、マッドベアも使役獣にしよう。熊の魔獣使いなんて格好いいよ。
そこで、僕はマッドベアに近付き、「熊さんたち、伏せ~~~!」と叫ぶと、3体のマッドベアは、一斉に伏せをした。
「よし、君たちに名前をあげるよ。ベアドーマ、ベアドーム、ベアドーモだ。これから僕の従者だから、よろしくね。」
マッドベアたちは、揃ってガウ~と返事をした。
新しい従者が増えた。なぜか、凶悪な顔が、頼もしい顔になっている。名前をつけると、こんなに変わるんだね。それとも、こっちの見方が変わっただけかな。
僕は、そのあと、周辺の実地調査を行った。
『あれは、何だ?』
丘陵地帯の奥である東に向かって行ったとき、木々の間から、大きいもので全長3mはありそうな、猿人の群れが現れた。
ジャイアントエイプ。雑食性の猿人の魔物で、力は強く、凶暴だ。猿人だけあって、群れを成して生活している。群同士の諍いでは、棒や石を持って、戦うそうだ。
『30体くらいかな。この猿人たちも、従えたいな。』
そう思って、僕は「控えよ~!」と猿人たちに向かって叫んだ。
すると、30体が一斉に平伏した。まるで、水戸黄門の気分だよ。
「よし、ボスの名前は、エレクトスだ。皆、われに従うのだ!」と僕は偉そうに宣言した。
その後もその辺りを探索し、前に捕らえていたデビルボア、マッドベア、魔角鹿を、テイムして適当なところで放した。丘陵地帯からさらに東には山岳地帯が続いている。山々が連なり、山岳地帯の先には、草原が広がっているようだが、そこの探索は、後日に回すことにした。
途中で、グレートウルフという魔オオカミの群れやデビルイーグルという角の生えた大型で強面の魔鷲も見付けたので、これらも使役魔獣にした。
そして、その日に使役魔獣になった魔獣たちには、ひとまずは元の生活に戻ってもらい、僕はワープで館に戻った。
その後、何度か周辺調査を行い、魔石の採掘を試験的に始めることにした。町はずれの山麓に作業所を作り、また、採掘場所の近くに建屋を建て、そこを転移魔法陣でつなぐのだ。魔法陣は従来型ではなく、魔ガニの甲羅に魔法陣を念じ込んだ比較的大型のものだ。近距離であれば、大きさが取れるので魔物の角よりも効率的であることに気が付いた。
採掘場の建屋は、僕が魔ガニの甲羅で屋根や壁を作ったので、見栄えはお世辞にもよくないが、頑丈には出来ている。作業所では、採掘して運び込まれてきた魔石を洗浄し、大きさに応じて箱詰めにして、また、くず魔石は袋詰めにして出荷する。
採掘場所は、僕の使役魔獣が守るので、作業の初めと終わりには、領地で採れた果実、野菜や蜂蜜を、お供えする。そうすると、魔獣たちは、喜んで護衛に励むのだ。
こうして、領地の産業がまた一つ増えた。
皇帝は、事務官からの報告を聞いている。
『採掘が始まったか。』
皇帝には、先に、タールダム領から魔石鉱脈の発見と採掘許可が上がってきたので、許可を出していた。あの場所は、魔石鉱脈があるというのは、わかっていたことだった。しかし、魔獣が出るので、採掘はもちろん、その前段階の調査さえもできないまま、放置されていたのだった。
皇帝は、アキラに子爵位を授爵する際、丁度良いと思って、その領地を与えたのだ。このところ、帝国では魔石の需要が増えて、将来的には供給の不足が見えていた。そして、アキラであれば、魔石採掘を実現するだろうと考えてのことだった。
『5年間の税金免除は、うかつだったか・・・。』魔石採掘には、採掘税が課される。皇帝は、それが早晩大きな額になることを予感した。
『こんなに早く採掘が始まるとはな。』皇帝は苦笑した。