第14章 新領地 1 収穫祭
そうこうしている内に、もう11月だ。今月一杯で、帝都学園の後期が終わる。
イオラント皇子は、講義で眠らなくなった。皇宮の外の世界を知るようになると、学園の講義の内容が、腑に落ちるようになってきたのだ。世の中の仕組は、こうなっていたのかという新しい発見が多くあった。学園から戻ると、マリエラ相手に講義の内容を話し合うことが、一つの楽しみになっている。「もっと知りたい」というのが、今では皇子の欲求だ。
皇子の評価は高まっている。ダンジョン対策と転移魔法陣の敷設計画実現の実績と、騎士団や軍に対しては、ダンジョンボスを倒すほどの度胸と技量に尊敬が集まっているのだ。
顔が以前よりふっくらし、色艶もよくなり、何事にも積極的になった。
「次の王位を狙っているのか。」という声も出始めているが、本人にその気はない。「兄がやればいいんじゃないか。」と周囲にも言っている。
『自分は小さい領地を治めてみたい。』というのが、皇子の心の中の希望だ。それも、『マリエラが傍らにいる。』という小さな夢を見ている。背中の暖かい感触が、時より蘇る。
僕は、後期が終われば、エリザベートを公領に送り届けて、自分の領地経営に専念する。
武具は100セットすべて納品が完了し訓練も終えた。2回目以降は、僕と1回目のリーダーの立ち合いだけで実行した。1人1人に時間を掛けたので、ボス部屋には行っていない。100人の精鋭部隊は無敵だ。ダンジョン暴走だけではなく、有事の際には即時に出動できるよう準備をしている。
バリアー発生器も改良版を納品済みだ。魔石ソケットを増やし、予備魔石を入れて置けるようにした。これで、ダンジョン内の普通のミノタウロスであれば、30分以上持つ。魔物も外に出ると、魔素が少なくて動きが悪くなるそうなので、効き目はもっと長く続くであろう。帝国の防衛のために、追加発注が予定されている。
テレパフォンは、便利だというので、通話可能距離が異なるものを、結構たくさん作った。これも追加発注だ。1台で、何か所にも念話できるようにした。触れる位置に数字を振り、その触れた数字に対応する別のテレパフォンにつながる。要は、電話だ。
携帯型のテレパフォンも作った。こちらは、ミスリル製なので相当高価になる。合計大金貨100枚(1億円)の追加の売り上げだ。まいど。
残っているのは、ダンジョン所在地に、転移魔法陣を設置する作業だ。各地で建屋を建築中だ。帝都には、各ダンジョン近くにそれぞれ1か所、それと帝国の兵士が各地に出向くための転移魔法陣を皇宮に1か所設置する。帝都に設置が終われば、北から順次設置をしていく。エドモンドもホヴァンスキもワープで飛べるので、早い。
『あとの地は、どうやって行こうかな。新しいダンジョンに潜っても見たいな。』
11月はタールダム領の収穫祭。たわわに実った黄金の麦も収穫を終え、今は、サイロで出荷を待っている。その他の農産物も豊作である。それを食べた家畜類も発育はよく、例年の何倍ものチーズを作って熟成させている。飢える者はいない。仕事のない者はいない。共同浴場があるので、皆、清潔だ。
シェリフを置いたが、大きな犯罪はない。助手と2人きり。街に増えたパブで、飲み過ぎて喧嘩をし、トラ箱にやっかいになる者がいる。また、時々山から降りて来る野生の動物をとらえる。そんな仕事がメインだ。
後期が終わるまでに、タールダム領の見学を約束していた仲間がいる。収穫祭に呼ぶことにしている。僕は、学園で、アマルダ、アレクサンドロスに声を掛けた。マルファは、念話だ。腕輪は、そのままになっている。
エリザベートとは先に話をしており、第三皇子のウラノフが訪問したいとのと意向を聞いている。第二皇子のイオラントも二度目の訪問予定だ。
マルファ、アマルダ、アレクサンドロスは、僕の屋敷から転移してもらおう。皇子たちは、皇宮から、この間のように転移すればよい。大勢になるな。領地の館には、6人乗り馬車をもう1台作っておくことにした。護衛の騎士たちは人数が多く、収穫祭で混雑の中、馬だと警備がしにくいので、靴の中敷シートをして速足での警備にしてもらうことにした。馬より速く走れるのだ。小回りも効いてよほど実用的だ。
当日の朝、皆は無事、一瞬でタールダム領に着いた。第三皇子とアマルダは、瞬間移動は初めてだったので、驚いた顔をしていた。だが、間もなく、帝都と各ダンジョン所在地を結ぶ大型の転移魔法陣の敷設が始まるのだ。慣れておくのがよい。
先に第二皇子が訪問した時から、1か月ほど経過している。1か月は長い。その間、荒れ地の開拓が進み、畑や牧場が増えた。水牛やダチョウ荷車は、農家が普通に利用するようになり、新しい産業のぶどう園から、新酒のワインも醸造、出荷された。
ダチョウ荷車を使った行商も登場した。ダチョウ荷車は、近隣の町村まで新鮮な野菜や肉を行商に行くために、朝早くから、目一杯の荷を積み隊列をなして駆け出していくのだ。馬より速く走るといわれている。しかし、経費はずっと少なく済む。繁殖も飼育も楽なのだ。朝積んだ荷は、たちまち売りきれて、早々に戻ってくる。そしてまた出かけていく。当領の産物は、近隣の町や村にも人気が高い。
フラットボートも20艘に増え、アベール河の途中に船着き場を設け、行き先を増やした。そこで、生産物の出荷や人の往来も格段に増えた。旅人も増えたので、新しい旅館もできた。
領営の温泉浴場も作り、薬草を浮かべたので、湯治客も多い。ここの湯は病気や怪我を治すという評判が広がりつつある。限定販売の薬用ポーションも置いている。1週間も滞在すると、若返りの効果が実感できることは折り紙付きだ。
アベールの両都市から近いのも人気だ。船を使えば、4時間程度で着くのだ。帰りは、その半分で済む。そして、豊かな産物を使った食事も人気がある。
そんな中、皇子たちはタールダム領にやってきた。
今日は祭り。街は朝からにぎやかだ。領民は祭りの準備で浮かれている。観光客がそこここと、連れ添ってのんびりと散歩をしている。午後には、山車が出る。昔から、収穫祭に細々とやっていたが、今年は、人が増え、補助金も出したので盛大だ。旅行客で宿も一杯になるというので、にわかに、民宿を開いた農家も多い。民宿では、自家製の美味しい産物と料理で旅客を迎える。
まずは、前回、イオラント第二皇子が訪問したルートで皆を案内する。第二皇子は、1か月余りで随分様子が違っていることに驚きだ。ほかの皆は、珍しい物ばかりで、目を丸くしている。アレクサンドロスは、伯爵領を継ぐ予定なので、何か参考にならないかと、特に熱心だ。
孤児院では、ぶどうパンだけでなく、蜂蜜パン、チーズパン、ポップコーンなど初めてのものを試食した。ここでは、パンの外販はしない。街のパン屋と競合はできない。自給のためと、レシピをパン屋に売る。今日の収穫祭の時のように、パン屋が大量に販売を予定したり受注したりした場合、下請けをすることはある。
孤児院は、今では、100人近い子どもたちがいる。養蜂、養鶏、とうもろこし、ぶどう、薬草およびそれらの加工が収入源だ。それで十分すぎるほどだ。都市の商人が直接買い付けに来ることも多い。
ここのパンは、黄金色の小麦を使っている。皇子たちは、『もしかして、皇宮のパンより美味しいのではないか。』と思う。しかし、皇子がそのようなことを口に出すと、大変な事態となりかねない。「これはこれで美味しい」としておかなければならないのだ。多くの利害関係者がいる。そして、多くの耳がある。
「アマルダ様」と、トーリードの時に知っている子どもたちが、彼女を取り囲む。市場で保護したマミナも、すっかり女の子らしい可愛いい恰好をしている。
「みなさん、お元気そうですね。よかったですわ。」
「はい。ここは、とっても楽しいです。お腹一杯、食べられます。」異口同音に答える。
アマルダにとって、子どもたちとの久々の交流となった。
船着き場では、早朝、アベールの両都市を出発した船が、観光客を運んできている。商人も多い。政策的に人の運賃は安く設定してある。商人は、この地でチーズ、蜂蜜、干しブドウ、ポーションなどを仕入れ、午後の便で帰る。背負子で運ぶだけでも結構な取引になる。領内では、物価は安い。船は安全だ。そして、都市に持っていけば、いくらでも需要はあるのだ。
午後は、祭りの見物をするので、今日の昼食は、領館で供する。
野菜とチキンの濃厚スープ。素材を裏ごしして、そのエキスがたっぷりだ。魚料理は、川魚のムニエル。自慢のバターをたっぷり熱し、その中に泳がせるようにして料理してある。肉料理は、子牛のカツレツ。熱々の溶けたチーズが載っている。そして、何種類かの焼きたてパンにチーズ。デザートは、蜂蜜をかけたリンゴの蒸し焼きだ。
帝都では、珍しい料理ばかりである。
エリザベートたちは、「美味しいですわ。」「この料理のレシピを教えてくださる?」などと手と口が休まる暇がない。
『宮廷料理でも取り入れる価値はあるな。』と皇子たちも考える。
お供の者にも別テーブルで同じものが供されているので、御側仕えが覚えて帰るだろう。
食事が終わると、山車を見に、街なかに出る。途中まで馬車で行き、後は歩きだ。
祭りの喧騒。至る所で、新酒のワイン、蜂蜜酒、自家製エールが振る舞われ、味を競っている。
店を覗くと、ダチョウの革靴や革カバンに羽根の飾り、水牛の角の彫物やアクセサリーなど、珍しい品が目に入る。土産物には最適で、店には観光客の姿も多い。
露店では、川えびや沢蟹の唐揚げ、ダチョウの串焼き、ポップコーンなど、ほかでは味わえないものが売られている。
山車がやってきた。木製の車体に藁で作った大きな人形や動物が載った山車だ。それをダチョウの羽根や花々で飾り付けをする。賑やかに何台もやってくる。着飾った娘たちが、それらに乗って見物人に手を振る。
山車は、その装飾、造形や規模を競う。そして、娘たちは、美を競う。「あの娘が一番だ。」「いや、あの娘だ。」などど、見物人もかしましい。
護衛に囲まれながらも、見物人と一緒になって祭りを楽しむ皇子たちであった。