11 タールダム領の訪問2
その後、イオラント皇子は、孤児院で養鶏場、養蜂場、とうもろこしやブドウの畑などを見学し、ブドウパンも試食した。『面白いパンだな。ふわふわだし、味の変化があって美味しい。』
多くの孤児たちは、元トーリードの孤児院にいたという。帝都ではないか。そのような場所があることは知らなかった。
皆、清潔な服装で、血色もいい。表情も豊かだ。アキラを心から慕っている様子が窺える。
院長のマチルダが語る。マチルダは、孤児たちと一緒に、トーリードから移転してきたという。
「干したとうもろこしは、鉄なべで炒ると、膨れてお菓子代わりになるのですよ。子どもたちは、それに蜂蜜を付けて食べるのが大好きで、とうもろこし作りが楽しみなのです。」
そして、「アキラ様のお陰なのです。」と、心底微笑みながら締めくくる。
次は、船着き場だ。そこでは、役場の総括官のシモンが皇子を出迎える。
型通りのあいさつのあと、シモンが皇子に船による流通の説明をする。
「この船は、底が平のフラットボートですが、ここから下流のアベールの両都市まで荷を運び、そこから川の流れを遡って、戻ってくるのです。そのため、毎朝、7時にここを出発して、9時から9時半ころには、両都市に着きます。ですから、午前中の市場に流通させることができます。帰りは、昼過ぎに、向こうで必要な荷や人を積み、夕刻には、こちらに戻ります。」
「当領で作った作物は、品質が高いので、少し高くても、街ではすぐに売り切れてしまいます。増産のご要望も頂戴しています。」
『なぜ、船が上流に向かって進めるのだろう? 櫓で漕ぐような船でもないのに。』
皇子が疑問を口にしたので、僕が、「それは、魔法陣です。流れに逆らって進むことができるのです。操縦盤で操作ができるのですよ。」と、実際に、船の操縦席に案内して、説明をした。
馬車は、アメーリアが後続車に移動し、代わりにシモンが乗り込んだ。シモンが、領地の現状を皇子に説明する。
広い小麦畑に出た。
「ここは、以前は荒れ地だったのですが、領主様に開拓していただき、小麦を植えたところ、黄金色のとても美味しい小麦が育ったのです。これからは、この小麦を当領の特産品として流通させたいと考えています。大都市でしたら、高くしても売れるはずです。」
『これが、黄金色の小麦か。』皇子は、重たそうな穂を風に波立たせている畑の様子を馬車の窓から眺めた。
馬車はそれから、ダチョウ牧場に向かい、そこで馬車を降りた。イオラントは、見たこともない奇妙な鳥が走り回っている風景を目にして驚愕した。
早速、シモンが説明する。
「これは、ダチョウという大型の鳥です。性格は大人しく、空を飛べません。」
「肉、皮、羽根が利用出来ます。また、力があって、早いので、一人乗りの荷車を付けて走ることもできます。現在試験中ですので、実用化の際は、農家は、近隣までダチョウ荷車で行商に出ることもできるでしょう。」
『これが、ダチョウというものか。これが、荷車を牽いて走り回るのか。』と皇子は初めて見る飛べない怪鳥に戸惑う。
「新しい産業ですので、主に、移住者の方々に担当していただいています。」
「移住者ですか。」と皇子。
「はい。最初は、トーリードの再開発により退去を余儀なくされた家族を受け入れていたのですが、最近は、ほかからも流入してきています。当領は、まだまだ人手が足りませんので、積極的に受け入れています。」
水牛牧場も見学した。
「水牛は、力が強いので耕作に適しています。荒れ地の開墾もできます。数を増やして、農家に貸し出す予定です。また、角が毎年生え変わるので、角を使った工芸品も計画しています。乳は、チーズの原料にもなります。水牛のチーズは、試験的に熟成を始めていますが、今後、品質を一定にできれば、生産量を増やす予定です。」とシモン。
それから、ブドウ畑で醸造家がワインを作っている様子を見学した。
「今年は、新酒のワインができます。収穫したばかりですが、ブドウの出来がよいので、期待の味になるはずです。」
そのほか、畑や果樹園で様々な野菜や果物を作っており、それがまた立派である様子など、皇子にとっては、盛りだくさんの見学であった。
昼近くに、館に戻る。昼食は、お決まりのバーベキューだ。
館に置いてあるバーベキューセットは、すでに庭にセット済みだ。椅子は、樹木を輪切りにして作ってある。今日の材料は、牛肉、子羊、鶏、マス、イカ、サザエ、アワビにとうもろこし、玉ねぎ、芋類だ。天ぷらやフライも揚げた。オレンジやリンゴもある。リンゴは、季節のせいか最近になって生る様になった。
とても豪華だ。今日は、帝都の屋敷からメイドたちも手伝いに来ている。役場とギルドからも人が来ている。皆、皇子相手に自慢話をしたいと、手ぐすねを引いて待っている。自家栽培の大麦で作ったエールを持ち込む者もいる。大勢で、豪華に、腹いっぱい食べて、領地のことで話は盛り上がった。
イオラント皇子にとって、経験のないことばかりだった。楽しかった、と感じた。
イオラント皇子は、皇宮に戻り、お茶を飲みながらマリエラと歓談する。そして、聞き損ねたことを尋ねる。彼女は、アキラと行動を共にしていただけあって、何でも知っていた。
皇子はマリエラが、最初は美貌と武芸だけだと思っていた。しかし最近は、その考えを改めている。何も考えてないようでいて、よく考えている。学園の講義も、イオランタよりはるかに熱心に吸収している。そして、覚えたことは、忘れない。授業の復習は、彼女に聞くのが手っ取り早い。だが、全ての所作は自然であり、それがまた彼女の魅力を増している。
皇子は、一息ついたところで、皇帝に報告に行った。このところ、イオラントが報告に来るのを楽しみにしているのだ。それが表情に出る。
「タールダム領は、新たな産業が育ってきております。黄金色の小麦、わたくしが見たこともないダチョウと水牛、豊富な野菜と果実。そして船による流通により、わずか2~3時間で産物を都会に届けられます。今後、有望な領地となることは間違いないものと思われます。」皇子は興奮気味に話す。
『やはりそうか。聞いている通りだな。』と皇帝は考える。
「領民は、どのような生活をしておる?」と皇帝。
「街の雰囲気は明るく、飢える者はなく、生活に満足している様子でした。孤児や移住者も積極的に受け入れています。帝都の民が、再開発で家を失い、移住をしたとも聞いています。」
「ふむ。」『トーリードの再開発か。必要な事業ではあったからな。人の移動はやむをえまい。』と皇帝は思案する。
「ところで、転移の魔法陣で、こことタールダム領を往復したのですが、そのような魔法陣を帝国では開発しないのですか。」と皇子。
「そういえば、転移魔法陣を使ったのだったな。魔法陣自体は、知られておるのだ。魔法陣の本にも書かれておる。ダンジョンの入り口にだってあるだろう。しかし、過去それを作れた記録が残っていないのだ。研究課題としたいとは考えておった。丁度、アキラ殿がわしの顧問になったことでもあるからな。」
皇帝は、愉快そうに笑った。