10 タールダム領の訪問
僕は、子爵になり、皇宮と帝都の屋敷とタールダム領を行き来するようになった。
そのころには、タールダム領は、随分と領地改革の成果が出てきていた。僕が、最初に領地に入ってから3か月は過ぎている。
フラットボートも半数以上納入され、既に運航している。フラットボートを使い、領地で朝採れの野菜や卵をアベールグラートとアベールブルグのアベール両都市に運んでいる。新鮮で美味しいので、とても評判は良い。他領のことも考え、少し高めの価格設定ではあるが、順調に販売できており納入分は完売だ。今後は、精肉やチーズも流通に乗せる予定だ。
フラットボートの帰りの便を使い、順次、移住者や孤児たちも領地に運んだ。移住者たちには、すぐに生活できるように、自給自足の畑と、お金を稼ぐための生産手段を貸し与えた。いままでの領民と産物がかち合わないように、主に、水牛とダチョウの飼育を担当してもらっている。
子どもたちは、養鶏と蜂蜜採取だ。自家農園もある。そこでは、トウモロコシを作らせ、それらを干して販売用にしている。食用にも家畜のえさ用にも人気が高い。ぶどうを栽培して、干しブドウも作り始めた。ぶどうは、生食やジュースのほか、ワインも作れる。今後は、薬草を栽培し、ポーション製造も任せようと考えている。
農民たちは、小麦の作付面積を広げている。小麦は主食であり、保存もできるので、好都合なのだ。できる小麦は、粒は大きく黄金色だ。産出量がどんどん増えるので、それに応じてサイロを増やし、収穫しては、そこで熟成させる。そして、粉ひきのための水車小屋も建築中のものが並んでいる。この領地は森林地帯だけあって、湧水が豊かで小川も多い。この世界では、パンが主食だ。不作の年もあるので、一定の備蓄も求められる。
牛、羊、山羊などの家畜も、牧草の質の向上とともに、肉質ばかりでなく、乳の出が見違えるほどよくなり、チーズの生産も増えた。チーズは、発酵熟成に数か月から1年以上かかるものもあるので、熟成途上の在庫も増えつつある。出荷までに時間が掛かる場合、西洋では、熟成中のチーズを担保に融資をする。当領地でもその方法を真似た。先に資金需要が生じるので、便利な方法だ。
エドモンド公爵も約束通り、鍛冶、ガラス、工芸、服飾、革細工、醸造家などの、特に若い職人を派遣してくれた。若い職人は、ギルドで縛られずに、自由に実力を発揮したいと考え、積極的にこの新天地に向かったそうだ。生活には困らないという謳い文句も彼らの心に火を着けた。移住者にも経験者がいたので、そのような人には、経験を生かしてもらうように、工房を作って貸し出した。
秋は収穫期。タールダム領でもお祭りだ。その前に、マリエラと相談して、イオラント皇子をタールダム領に招くことになった。
『イオラント皇子って、いろいろ外を見てみたいようよ。』マリエラから、そう聞いたのだ。最近は、夕食後、茶室で皇子とのおしゃべりを楽しむことが増えたようで、ぐっと距離が縮まった感がある。
イオラントは、ダンジョン攻略の時から、アキラにも具体的な興味を抱いた。
『本当は、何者なのだ。』
調査報告書でも、帝国に来る前までの履歴は、事実としては不明だ。異国人であることは間違いなさそうだ。異なる言語を話す。マリエラを「姉」と呼んでいるが、本当の姉弟ではない。報告書からも見た目からも明らかだ。だが、皇帝は信を置いている。何を根拠としているのか、イオラントにはわからない。タールダム領を競落して、次々に領地改革を実行しているという。一度この目で見てみたい。
そんなときに、マリエラから誘われた。「アキラ様が、皇子をタールダム領にお招きしたいと申し上げております。」と。
お膳立てを終え、当日になった。非公式の訪問なので、お忍びだ。でももちろん皇帝の許可は得ている。
マリエラは、イオラント皇子が出発する部屋に転移の魔法陣を設置した。今日は、警備の騎士と御側仕えで合計6人だ。皆、転移の魔法陣を知らない。皇宮でさえ、そのようなものはない。「危なくはないのか?」とさんざん尋ねられた。仕方がないので、係官とタールダム領を行ったり来たりして、ようやくその使用が了承された。
まず、全員、皇宮の部屋に集合だ。それから、警備が3名、先に移転し、その場の無事を確認できたら、1名が戻ってくる。それから、皇子、マリエラ、御側仕えが順番に出発する。
僕は、別途ワープで移動する。
タールダム領の移転先の部屋では、男爵未亡人アメーリアと娘のエミリアとマリアが、皆を出迎えた。
「イオラント殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。この度は、ようこそ当地にお越しくださいました。ご滞在中は、ご不自由のないよう、私どもが精一杯おもてなしをさせていただきます。」
イオラントが魔法陣から降りたとき、アメーリアたちが、丁寧なあいさつをした。
イオラントは、あいさつを返すが、『一瞬で到着するのか。』との驚きを隠せない。従来4~5日掛かったところ、最近は、船を使って1日で行けるようになったとは聞いているが、魔法陣を使って、このように行き来ができるとは・・・。国の姿が変わりかねない。
魔法陣からは、次々にお供が登場し、全員がそこに揃った。
「ご案内の前に、本領の現状と本日ご見学いただく内容をご説明いたします。」
皇子には、応接にお座りいただき、僕は、立ったままその説明を行った。
一通り説明し終わったあと、続けて、「それでは、皆様、ご案内いたします。こちらにどうぞ。」と、皆を館の外に案内した。
「こちらが実験農場です。」
そこには、イオラントが見たこともないような立派な野菜や果物が豊かに実っていた。
「荒れ地を開墾して、ダンジョン産の肥料を撒いただけですよ。」と僕。
「アキラ様は、水牛とヒヒを何処からともなく連れてこられて、ここを開墾させたのです。」とエミリアが口をはさむ。
皇子は、その会話に着いてはいけない。『とりあえず、聞き流しておこう。あとで、マリエラから聞けばよい。』と思う。
「これからは、馬車でご案内します。」。6人乗りの馬車に、皇子、マリエラ、アメーリアと僕が後部の箱席、御側仕えの2人は前部の進行方向に向けた座席だ。その後に、エミリアとマリアが乗った4人乗りの馬車が続く。騎士たちには、馬を用意してある。
「この馬車は、揺れませんね。」と皇子。
「はい。特別性です。振動を抑える部品が付いています。特に、長距離では威力を発揮します。」と僕。
皇子は、室内を眺めまわす。そして、今度は、「座席も特別ですか。」と聞く。
「はい。ダンジョン産の羽毛を使用しているので、ふわふわです。どんなに乗っても疲れを知りません。」と僕は答える。
「ダンジョン産の物は使い道が広いのですね。」と皇子。
「はい。馬車だけでも、ほかに、車輪の外側に蛇皮を巻いていますし、多くの部分にカニの甲羅を使用して軽量化し、室内も広くなっています。ですが、強度は逆に増しています。」と僕。
「そうですか。」『聞いてもわからないことばかりだ。』皇子は、少し黙っていることにした。
アメーリアは、「アキラ様が領主になられて、まだわずかな間なのですが、領民が豊かになり、街の雰囲気がとても明るくなりました。新しい産業が育っているのですよ。」と、沈黙した皇子の気持ちを汲み取り、話を誘う。
「どんな産業なのですか。」と皇子。
「はい。黄金色の小麦、ダチョウと水牛の牧場・・・・」
『なんだ、それは?』相変わらず理解が追い着かない皇子であった。