9 凱旋
左右の両側から、角の生えた大目玉が、重たい棍棒で襲い掛かる。騎士たちが相手だ。騎士たちは、新しい武具で応戦する。
その剣で、スパンスパンと大目玉の腕や脚を切り落とす。棍棒は、盾で容易にはね返す。
「この武器は、すごいな。剣と盾は、ミスリルか。」
戦い終わって、騎士たちが話を交わす。
ドロップアイテムは、いったんマジックバッグに回収だ。今日の収穫は、半々って決めてあるのだ。でも、宝物は、皇子にプレゼントだね。ここでは、マジックバッグが出るのだ。きっと重宝することだろう。本人は荷物を持たないだろうから、お供がね。
どんどん進む。速足の魔法陣は、初使用であるが実に強力だ。騎士たちは、平気な顔をして、着いてくる。それも、戦いながらだ。息も切らしていない。
マリエラは、神獣に乗って先頭を疾走しながら、青い光を帯びた雷剣で、「ハッ」、「ホッ」と左右の魔物を一刀のもとに両断する。その姿は、実に神々しい。
『到底自分の相手にはならなかったのだな・・・』
今日の警護に参加していたエドワードは、あらためて、マリエラのその次元の異なる実力に驚嘆せざるを得なかった。
神獣が走りを止めた。
「この先、少し行ったところに、ミノタウロスが2体ほどいます。イオラント様、少し戦われてご覧になられますか。」とアキラが尋ねる。
『わたしが・・・戦う?』
皇族男子は、戦争になると、軍の総指揮をしなければならないことがある。戦場に出ることを想定して、剣は必須の習い事だ。だが、実際に、人や魔物と戦ったことなどない。
「ご支援しますからご心配はいりません。」とマリエラが後ろを振り返って言う。
「わかった。戦ってみよう。」皇族は、胆力が求められるのだ。
ミノタウロス1体は、騎士たちに任せ、イオラントはアキラとマリエラに守られながら、もう1対のミノに向かう。
「剣と盾は、特殊なものですから、ミノタウロスと思わないで、普通の牛だと思って戦ってください。」とアキラ。さすがに、以前シルビアが評していた「案山子」とは言わない。
イオラントは、腹を括って、突撃してくるミノタウロスに対し、盾を持ち直し、剣を構えた。
ガシーンと、ミノの斧が盾に当たる。皇子は、少し後ずさるが、思ったほど衝撃を感じない。だがミノは、反発を食らって、正面に隙ができた。イオラントは、その機に乗じ、剣で一閃、腹を横に薙いた。
ウオーと、魔物の断末魔の叫びが響く。
「今度は首です。」
アキラの声が聞こえ、イオランタは、躊躇うことなく、ミノタウロスの首にその剣を突き刺した。
周囲で拍手が聞こえる。騎士たちは、もう一体のミノタウロスを既に退治して、イオラントの奮闘を見物していたのだ。
『初めての魔物退治か。自分にもできたのか・・・。』皇子の心に感慨が湧いた。
それからは堰が切れたように、イオラントは、次から次に、一人で何体ものミノを倒した。
「ボス部屋に入る前に休憩しましょう。」アキラは皆に回復薬入りのビスケットを渡す。
イオランタも大活躍をしたせいで、少し疲れを感じている。しかしそれを口にすると、疲れがじわっと消えていくのが実感できた。
騎士たちからも、「これはすごいな。疲れが飛んだ。」との声が上がる。
「身体回復の薬草入りなのですよ。ダンジョンでは役に立ちます。慣れすぎもいけないので、普段は食べません。」とアキラ。
『使う武器といい、ダンジョンはやはり特殊なのだな。ダンジョンの内部が外の世界につながると大変なことになりそうだ。帰ったら、暴走対策のことを聞いておこう。』とイオラントは思う。
休憩が終わると最後のボス部屋だ。それまでの行程は、極めて順調だった。ボス部屋には、一回り大きな従者のミノタウロスが5体、そしてもう一回り大きなボスが1体いるという事前説明がされている。
部屋に入ると、早速従者が侵入者を見付け、5体同時に襲ってきた。
騎士は、2人1組で従者に当たる。斧が剣や盾に当たり、ガシーン、ガシーンと派手な音を立てるが、皆、従者ミノと危なげなく戦っている。もともと護衛の騎士たちは、精鋭だ。その精鋭に、特別製の武器を持たせれば、心配は不要なのだ。ミノタウロスの斧が盾に当たると、斧が弾かれるので、その隙に、騎士たちはミノの身体を削り、腹を切り裂き、首を突く。
たちまちのうちに、5体の従者ミノは、ドゥと大きな振動を立てて倒れた。
次は、ボスのミノタウロスだ。ボスは両手で斧を、すさまじいスピードと威力で振り回す。巻き起こる旋風で吹き飛ばされそうだ。
ここは、僕とマリエラでやろう。模範演技だ。でも真似はできないので、模範にはならないな。
僕は、ここで初めて、魔斧を両手に握る。マリエラは、魔盾と雷剣だ。2人は、羽毛マントを羽織る。翼より小回りが利くので、戦闘に向いているのだ。
早速、僕とマリエラは、ボスの左右の両脇から攻めた。
僕の斧がドグッワっと、マリエラの雷剣がバリバリバリと、すさまじい音を響かせる。すると、ボスの両手は、斧を握ったまま地に墜ちた。僕らは、間髪を置かず、同時にボスの両肩に飛び乗って、その首筋に、斧を叩き込み、剣を突き刺した。
ボスは、ドドーンと音を立てて、その場に倒れる。
「すさまじいな・・・。」イオラントは、思わずつぶやいた。
後には、宝箱があった。そしてその中身は、案の定、マジックバッグであった。
僕は、「これは、イオラント殿下のものでございます。」とそれを皇子に恭しく差し出した。
皆で13階層に出て、魔法陣で戻る。すると案内係が待ち構えており、僕らは、支部の応接間に招き入れられた。
支部長のハンスは、「お早い攻略でございました。イオラント殿下。」と早速口を開き、あらかじめ用意しておいた攻略証明書を渡す。
「用意がよろしいのですね。」と皇子。
「当然、わかっておりましたので。」とハンスが事もなげに返事をする。
その後、しばらくの間12階層攻略の話に花が咲き、それから皆は、その場を辞して皇宮に戻った。
戻ってから、僕は本日の装備を回収し、獲物を等分に分けた。
でもイオラント皇子には、今日の装備を、記念に差し上げたよ。
イオラントは、いったんマジックバッグに仕舞った装備を自室に戻って取り出し、それらを眺めながら今日の出来事を思い出していた。
マリエラの別の姿も魅力的だった。雷剣を振るう姿には、神々しささえ感じた。
『アキラとマリエラか』
帝国には、以前から2人に関する詳細な調査報告書が上がってきていた。重要人物として監視がかかっていたのだ。マリエラの警護採用の件で、イオラントも関係者として、事前に読ませてもらた。驚くべき内容であったが、彼らの活躍は、文字に記されただけで実感が伴わなかった。しかし、目の当たりにした今日、そこに記載された事実が、イオラントの脳裏では、実体を伴って立体的になったのだ。
『皇帝は、随分前から2人に目を付けていたのだな。』
イオラントは、装備をマジックバッグに仕舞い、皇帝に報告するため部屋を出た。
皇子の報告は、熱が籠っていた。
『こんなに熱心に話す男だったかな?』と皇帝は思いながら聞いている。
だが一人で何体ものミノタウロスを仕留めたのだから、興奮しない方がおかしいのだ。
そしてイオラントの目を通して語られるマエリアの奮闘する姿は、聞く者の脳裏に鮮明に浮かぶ。
『イオラントのマリエラ自慢か・・・。』と皇帝は思う。
「ところで、ダンジョンの暴走の備えは十分なのでしょうか。あのような怪物が、外部に溢れると都市は壊滅です。」とイオランタ。
そのようなことまで考えるようになったのかと思いながら、皇帝は、「考えてはおる。」と一言。そして、『アキラ顧問の意見も聞いて、対策を強化する必要がありそうだな。』と考える。
イオラントが報告を終わって部屋を出て行ったあと、いったん預かった装備とマジックバッグを眺めながら、しばし沈思する皇帝であった。