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7 勝負

 訓練場に着いた。

「着替えはよろしいのですか?」エドワードは、さすがに官女の姿では勝負になるまいと思って尋ねる。

「よろしくてよ。」マリエラは、中にダンジョントカゲの薄鎧を着ている。そこには、防御だけではなく、身体を羽のように軽くし、また、動きを素早くする魔法陣が念じ込まれているのだ。本気になれば、マリエラの動く姿は、普通の人間の目には留まらない。

 『勝手にすればよい。』エドワードは、何を言っても気にもしないマリエラに、気遣いすることをやめた。


 2人は、練習用の木剣を持って、向かい合った。イオラント皇子の新しい護衛が、エドワードと腕試しをするというので、練習場にいた騎士たちも周りを囲んで、興味津々だ。

 グレゴリオ副団長もそこにいた。彼は、アキラの例もあるので、彼の姉と称する新警護が決して侮れないことは、肌で感じている。カイン河の怪物騒動のとき、アキラと一緒に空を飛び、川中で怪物を釣ったのを、この目で見ているのだ。到底、只者ではない。

『エドワードもよせばいいのに。』と思ったが、口には出さなかった。人には人の都合がある。後悔しても自己責任だ。


「始め。」審判の合図があった。

 エドワードは、剣を正眼に構える。マリエラは、右手で剣を真っすぐ前に突き出す。

 『剣を知らぬな。』

 エドワードは、「えいやぁ」との掛け声とともに、マリエラに撃ち掛かった。

 マリエラの剣は、ダンジョン内で磨かれた自我流だ。しかし、命がけの戦いの中で磨かれた自我流なのだ。そこには、およそ無駄はない。そして型には、とらわれない。

 マリエラは、エドワードの剣を片手で軽く跳ね返し、数メートル後ろに飛び退く。華麗に空を舞うその姿に、見物者は、感嘆する。ウォーと歓声。


 エドワードも撃ち返されて、すぐに退く。

  『片手ではじくか・・・。』エドワードは、無意識に手加減をしてしまったのではないかと反省する。

 そして『今度はそうはいかぬ。』と、また撃ち掛かる。だが、マリエラは片手に持った剣で、それを難なく撃ち返す。これが何度か繰り返された。その度に、華麗に舞う官女姿のマリエラに周りから歓声が沸く。

 マリエラの金色の瞳は、輝いている。「射るような目」ではない。誠実な指導者の目だ。その目は、エドワードを、余裕をもって見据えている。およそ勝負とは捉えていない。稽古を付けているのだ。


 しばらくすると、マリエラは攻勢に転じる。彼女は、両手で剣を持ち直し、正面から素早く、飛ぶようにしてエドワードに撃ち掛かったのだ。

 ガシッと、剣同士がぶつかる。その威力の激しさが、見物者の耳をとらえる。

 『速い。膂力も並ではない。』

 マリエラは、剣が交差するのと同時に、勢いを利用し、宙で1回転してエドワードの背後に飛び降りた。そして、振り向きざまに彼の身体を、横に薙ぎった。この間、わずかな瞬間だ。だが、さすがにエドワード。すぐに自分も振り返り、体勢を崩しながらもマリエラの剣を受け止めると、直ちにその場を、よろけるように飛びのいた。

 『強い・・・。』エドワードは、剣を振るうときは無心になれと常々人に語るが、自分では、無心どころか、焦りを感じている。『これではだめだ。時間の問題だ・・・。』


 その時、エドワードには、何が起こったのか理解が追い着かなかった。突然、マリエラが自分の剣を降ろしたのだ。

 そして、「ご指南ありがとうございました。自分がまだまだ未熟であることを、とくと悟りました。これからのご指導をお願い申し上げます。」と高らかに宣言し、彼に向かって一礼した。

 『助かった・・・』エドワードは、冷や汗を浮かべながら、心底そう思った。


 マリエラは学習する。アキラが、試合で騎士の右手を切断した話をしたときに、「負けてあげればよかったかなあ。」というつぶやきを聞いていたのだ。アキラの後悔は、姉として補ってやらないといけない。世話の焼ける弟だ。自分は、面倒見のよい姉なのだ。


 エドワードは、礼を返し、「見事な腕前とお見受けした。イオラント様の警護を立派に果たされることを確信し、安心いたしました。」と述べた。

 満場から拍手が湧いた。


 イオラントは、『こんなに面白い剣の試合を見たことが、あっただろうか。』と思う。記憶にはない。およそ剣の試合などに興味はなかった。それが、今日は、手に汗を握り、自分で戦っているかのような錯覚さえ覚えた。そして、清々しい終わり方。以前であれば、「何を茶番な」と思わずにはいられない終わり方だ。それが、なぜ清々しく感じるのか。イオラントは、自分の心の急激な変化に戸惑わずにはいられなかった。


 その後、女性騎士たちがマリエラに手合わせを望んだ。マリエラは、丁寧にその相手をした。

 そろそろ引き上げかなと思ったとき、彼女は、騎士たちが練習場の端で弓の練習を始めたところを目にした。

 マリエラは調子に乗る。

「イオラント様。矢を切り落とすのをご覧になったことはございますか。ご覧に入れましょうか。」

 イオラントは、これは一興と思い。「是非とも見たい。」と笑って答えた。


 マリエラは、真剣を持って、的の前に立った。

「どうぞ、わたくしを射てみてください。」

 しかし、当たると大ごとなので、射手は、当たらないようにと軽く、的の近くに射る。

 すると、マリエラは、自分の斜め上に飛んできたその矢をパッと素手でつかみ、「ご心配なさらずに、普通に射てください。わたくしは、中に鎧を着ております。」と矢を射た騎士に向かって叫ぶ。

 軽く射たとはいえ、相当のスピードだ。それを素手でつかむなど人間業ではない。周囲は驚きで、ざわついている。「鎧を着ているんだ。」これも驚きだった。


「了解した。ご注意あれ。」と射手は、今度はマリエラに向けて普通に矢を放った。

 マリエラは、その場を動くことなく、目にも留まらない速さで剣を振るい、その矢をスパッと切断する。

「遠慮なく、どんどん射てください。」

 マリエラは、流れ来る矢を次々と目の前で切り落した。手刀で落としたり、また、掴んだりもした。長い金髪をなびかせ、余裕の表情だ。遊んでいるようにしか見えない。

 またもや拍手の嵐。だが、官女姿のマリエラが、剣や素手で飛矢を弄ぶ姿は、ある種、現実からは、ほど遠いものであった。人々の記憶が、それが現実であったのか、はたまた夢であったのかを、判別できなくなるのは、そう遠い先のことではないであろう。


『今日は面白かったな。』イオラントは思う。そして、腕のリングに目を遣る。

『マリエラと念話ができるんだったな。』マリエラから警護に必要なものだと渡された。不思議な物を持っているものだ。

 イオラントは、『マリエラ、本日は初日にかかわらずご苦労であった。明日は、学園に付き添っていただきたい。よろしく頼む。』と、思い切って念話を発してみた。

 すると、マリエラから『承りました。』と短い返事があった。だがそれ以上の会話は続かない。

『まだ、これからだな。』

 明日は学園だ。マリエラは、エリザベートの警護で通っていたので、学園の状況はよくわかっている。

 何かまた、面白いことが起こりそうな予感がする第二皇子であった。


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