6 マリエラ・スチュアルダ名誉男爵
段取りは早かった。
僕に、子爵位の昇爵と顧問の就任の通知が来た。これは予定通りだ。しかしマリエラには、何と、名誉男爵の授爵の通知がきた。先のカイン河の活躍とその後のホヴァンスキ伯爵領のギガオクトパス退治を評価したとのことだった。第二皇子のこともあるし、貴族に列しておくのが、国としても得策と考えたのだろうな。
マリエラを第二皇子の警護に異動することは、皇宮からエドモンド公爵に正式に依頼があり、公爵は応諾している。エリザベートの警護は、ベリーと各種術式付与の魔道具が結構増えているので、当面は問題ない。
授爵式の当日、僕とマリエラは正装して、僕の屋敷から馬車に乗り、皇宮に向かった。
「姉さんもようやく貴族だね。」
「そんな面倒なものに、してもらわなくたって、いいのにね。何だか、第二子皇子様に気に入られちゃったみたいで、変な感じさ。」とマリエラ。
「でも領主の姉なんだから、やっぱり貴族でないとね。」
「そんなもんかね。」とマリエラ。彼女は、もともと、物事をあまり深く考えない質なのだ。
僕らは、謁見室に招き入れられた。皇帝の前に進み、片膝を付きあいさつをする。そして、皇帝が口を開く。
「この度は、ホヴァンスキ伯爵領におけるギガオクトパス退治および海賊退散の功により、アキラ・フォン・ササキ男爵に、子爵位を授与する。また、あわせて、皇帝の顧問に任ずる。」
「また、カイン河の怪物退治およびホヴァンスキ伯爵領のオクトパス退治の功により、マリエラ・スチュアルダ殿に名誉男爵位を授与する。あわせて、イオラントの警護を命ずる。」
「ありがたき幸せ。わたしどもは、帝国のために、変わらない忠誠を尽くすことを誓います。」と僕らは、揃って、前の時と同じ定型文で宣誓した。
ところがマリエラは、「イオラント様の警護を命じられたからには、わたくしの命に代えてもお守り申し上げます。」と一言添えた。
とても自然な振る舞いで、その決意が心から滲み出ていた。
イオラント第二皇子は、関係者なので今日の授与式には臨席していたが、その顔に感動の色が浮かんだ。
『なかなかやるね。姉さん。』
王妃は、マリエラがササキ男爵と一緒に行動しており、男爵の献上品もユニコーンの羽根などは、ともにダンジョンに潜って採取したものであることは、聞き知っていた。
前回、アキラに男爵位を授け、マリエラにも褒章を与えた際には、王妃も臨席していた。堂々とした振る舞いに、あの美しさだ。今回の授与式では、それを改めて感じる。それに、息子を命に掛けて守るというあの決意。王妃も思わず微笑んだ。
『あの無気力のイオラントが、よい方向に感化されるといいですわね。』と珍しく母親らしい感情が湧いた。
僕は、早速、係官に連れられ顧問室に案内された。マリエラは、自分の部屋だ。今日からは、皇宮住まいなのだ。全ての私物はマジックバッグに入っているので、身一つで引っ越こせる。もともと冒険者なので、身の回りの持ち物は少ない
「それでは、またね。」僕らは途中で別れた。
マリエラは、僕の屋敷に設置された魔法陣とつなぐ転移の魔法陣を持参している。タールダム領にもつながる高性能の魔法陣も作ってある。こうして、いつでも会えるのだ。念話の腕輪もそのままなので、隣にいるようなものだ。
「ここでございます。」と僕は顧問室に案内された。
『立派だな。』僕が座る執務机と、その前に応接セットがある。書類棚と書庫は、まだ何も入ってはいない。御側仕えが1人付くそうだ。
『何か仕事をしないと格好が付かないな。僕にできることはないかな。』
しばらくの間、机に座って考えるのであった。
『そうだ。念話の腕輪を担当官に渡しておこう。皇帝がお呼びのときは、連絡してもらえばいい。』僕は、執務机にあった呼び鈴を鳴らした。
マリエラは、立派な個室に案内された。
「護衛がこんなに立派な部屋でよいのか。」と案内係に聞いた。
「はい。マリエラ様は、男爵でおいでですし、皇子様方に直接お仕えの方は、名誉あるお仕事に相応しいお部屋を用意しております。」
『そんなものか。』そのような世界に縁のないマリエラには、よくわからない。そのまま受け入れる。
「今からイオラント様の警護に当たるのだが、どうすればよいのだ。」
「いえ、今日は初日ですので、お部屋を整理していていただければ結構です。食事のときは、お呼びします。」と案内。
「整理するものなど何もない。今から任務にあたる。」とマリエラ。
案内係は戸惑いながらも、マリエラの勢いに押され、「それであれば、お付きの者を呼びますので、お召替えになられたら、イオラント様のもとにご案内いたします。」と、案内係は、付き人と交代した。
付き人がやってきた。
「本日からマリエラ様にお仕えするアニーです。よろしくお願い申し上げます。」と可愛い女の子があいさつをする。
「イオラント様の護衛のときは、これをお召しください。今から、御着替えをお手伝いします。」とアニーは、手際よく、マリエラを手伝って、その服を着せた。
「何だこれは? 御側仕えの官女の服装ではないか。」マリエラは、謁見のときに目にしている。
「はい。イオラント様は、これをお召しになられて警護をされることをお望みです。」
「そうか。わかった。」『きっとダミーだ。』マリエラは深くは考えない。
新品のようだ。用意してあったのか。トーマス商会であれば、寸法はわかる。
『この服装でどんなものか・・・。』マリエラは、魔槌、魔剣、魔盾などを次々に出して「えい、やあ」と、その場で型をみせた。
『問題ないな。』その間、アニーがそこで固まっていたことには、気が付かなかった。
「では、出掛けよう。」
エドワードは、イオラント様の警護を担当する筆頭騎士だ。彼は、愉快ではなかった。いくら帝国に功績があったとしても、警護は別だ。にわか貴族の女性にイオラント様が守れるものか。彼は、真面目なだけあって、マリエラを特例とは考えない。およそ護衛である以上、腕も決意も必要なのだ。例外はない。ところが、自分の前に現れた女性は、御側仕えの官女ではないか。それならそれで、護衛とは言うな。
エドワードは、マリエラとあいさつを交わした後、彼女に対し慇懃にこう言った。
「御側仕えでしたか。警護職と聞こえましたが。」
「護衛で間違いございませんわ。」マリエラの言葉遣いは、相手と場所に応じて変わる。
「そのご恰好で護衛が勤まりますかな?」
「問題ございませんわ。」マリエラは微笑む。エドワードは、一層いら立つ。
「それでは、早速、腕試しをしてみませんか。」早まった感はあるが、感情が先に動く。
イオラントは、にやにやしてその様子を見守る。『エドワードも熱いからな。』
「お受けいたします。どちらで?」
マリエラが躊躇なくそう返事をしたので、皆は、騎士の訓練場まで移動した。
『早速、面白くなりそうだ。』イオラントは、自分の人生に色彩が着き始めたことを感じた。