4 舞踏会
初秋に入ると、皇宮で貴族を集めて舞踏会がある。1000人も集まる大規模なものだそうだ。成人になったばかりの、貴族の子息、令嬢が、舞踏会の主役だ。社交界デビューでもある。そして、エリザベートたちは、昨年、そのデビューを果たしている。
今回は、僕も男爵なので招かれている。
『皇宮の舞踏会って、男子は何を着ていくのかな。練習もしておかないと。』
マリエラは、招待客に紛れてエリザベートの警護をするので、貴族の子女を装って舞踏にも参加するそうだ。丁度良かった。一緒に練習しよう。15cmもの身長差は、ちょっと釣り合わないけど練習なら差し支えあるまい。講師を呼んで、しっかりと教わることにした。最初が肝心だからね。貴族の子弟たちは、この日に備えて、小さいころから練習しているんだ。負けたらいけない。
服装は、僕は燕尾服、マリエラはユニコーンの羽根の純白のイブニングドレスにした。燕尾服やイブニングドレスなんて、この世界にはなかったけれど、トーマス協会所属のテーラーにイメージを伝えて誂えてもらうことになった。さすがにプロだけあって、デザイン画は完璧だ。
「これは随分洗練された夜会服ですな。評判を呼ぶことは間違いございません。」と自ら描いたデザイン画を前に、テーラーは唸る。
もしかして、僕らは、ファッションアイコンになれるかもね。注目されることは間違いない。
さあ、ダンスをしっかりと練習しなければ。これを着てコケたら様にならないよ。
エドモンド館のダイニングを借りて、練習をする。エリザベートも加わってだ。
「1、2、3」「1、2、3」この世界のダンス曲は、フォークソングか。民族舞踊に毛の生えたような感じではある。しかし、リズムに乗らないと華麗には見えない。リードの仕方もそれなりに複雑だ。
あっ、また足がもつれたよ。背の高いマリエラをリードするのも骨が折れる。子どもが大人をリードだよ。それに昔から、洗練された世界には縁がなかったからな。
何日か繰り返し、ようやく形にはなった。最後に、出来上がってきた夜会服を着て踊ってみよう。
エリザベートにもユニコーンのイブニングドレスを勧めたところ、気に入ってくれたので一緒に注文してある。マリエラだけが注目されるわけにはいかないからな。
「何て軽いの。飛ぶように踊れるわ。」とエリザベート。
気に入ってくれてよかった。あとは、本番を待つだけだ。
舞踏会は、皇帝主催なので、皇帝のアレクセス二世、王妃、第一夫人、第二夫人と、成人の第一皇子アイザック、第二皇子イオラント、第三皇子ウラノフが出席する。
王妃と夫人たちは、先日、アキラに献上されたユニコーンの羽根を、そろって夜会用ドレスに仕立て、その日がその初舞台だ。羽根の衣は身に着けると軽くなると聞いて、皆、結局は夜会服に最適だと考えた。もちろん、デザインや刺繍は、それぞれの嗜好が反映されており、見た目の同じものはない。どれも純白のドレスに、金糸、銀糸の刺繍が優雅さを添える。
彼女たちは、ドレスのお披露目と、それを着て踊ることをとても楽しみにしており、その日が来るのが待ち遠しかった。
その日が来た。僕は、燕尾服を着て、馬車で皇宮の会場に向かう。人数が多いので、護衛または付き人が1人に限り許されているが、僕は特に必要がないので自分1人で来た。
僕が会場入口で招待状を出すと、「アキラ・フォン・ササキ男爵」と呼び人が声を上げる。
『誰が来たかって、わかるようになっているのだな。』
会場に入ると、既に結構な人数が集まっている。
『皇帝や皇族がいるところで、エリザベートの襲撃はないだろうな。』
神獣の黒と白の猫が、会場内の隅で警備をすることは、あらかじめ皇宮の許可を得ている。
『チョールニー、お願い。』と、さりげなく黒猫を召喚し会場に放った。エリザベートの白猫ベリーも既に会場入りをしていた。
念話で探すと、『ここよ。』と返事があり、そこを見ると、エリザベートのほか、エドモンド公爵とマリエラがいた。
エリザベートもマリエラもイブニングドレスが奇麗だな。着る人も完璧だしね。それに、髪も結いなおし、ネックレスも豪華なので、本番の会場だと、ものすごく輝いて見えるよ。それに、エリザベートは、最初に合ったときに差し上げたティアラもしている。鋼鉄の鎧並みの防御力もあるしね。
僕は、早速、皆にあいさつをし、「エリザベート様は、とても美しいですね。」と世辞ではなく、心から感じたことを口にした。
エリザベートは、はにかみながら礼を返した。
ほかにも、ホヴァンスキ伯爵とマルファ、トーリード男爵にアマルダも見かけたので、立ち話をした。そして、学園の同級生たちともあいさつを交わした。皆、僕の服装を不思議そうな目で眺める。「これは、僕の国の夜会服なのだよ。」と言っておいた。
それにしても、1年少しで『それなりの人数と顔見知りになったのだな。』と感慨が湧く。
すると、夢想を破るように、ファンファーレが鳴り響く。
「皇帝陛下のご入場!」
告げ人が声を上げた。開会の時間となったのだ。
皇帝アレクセス二世と王妃、第一夫人、第二夫人が入場し、第一皇子アイザック、第二皇子イオラント、第三皇子ウラノフがこれに続く。
王妃と夫人たちのドレスは、とても華麗だ。会場の女性たちの称賛のどよめきが聞こえる。
『ダンジョン産だけあって、この世のものとは思えないほどだな。』と僕は思う。
最初は、皇帝のあいさつだ。若い人たちにこの国の発展を担ってほしいという内容であった。今日は、成人になったばかりの子息、令嬢のデビュー戦だからな。相応しい内容だよ。
次は乾杯だ。酒に毒が入っていないことを示すために同じ酒を皆に注いで盃を干すというのが、乾杯の起源だとか、そうでないとか。この世界では、そうなのだろうな。
各々、テーブルからガラスの酒器を手に取り、乾杯をした。飲み干すのが礼儀だ。
さあ、いよいよ舞踏の始まりだ。
楽団の演奏に合わせ、第一皇子アイザックが婚約者のイザベラ・ウリザードを伴って中央に現れた。イザベラは、南方で最有力公爵家のウリザード卿令嬢だ。第二皇子イオラントは、婚約者がいないと聞いていたので、誰を相手に選ぶのかと思っていたら、何と、それはマリエラだった。こうして見るとお似合いのカップルだ。でも、背丈はいいけど、身分が違い過ぎるな。第三皇子ウラノフは、もちろん婚約者のエリザベートだ。
イオラントは、ウラノフがアキラから記念品でもらってきたカメオを見せてもらって以来、そこに彫刻された女性が忘れられないでいた。
『何と美しく、何と麗しいのだ。』
「実在の女性か」とウラノフに聞くと、ウーンとうなって、「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。」と答えた。エリザベートの警護に似ている気もしたのだが、こんなに美しかったかなとも思う。護衛の顔を彫るはずもないだろう。社会経験の乏しいウラノフには、答えが出なかった。
それが、突然、今日の舞踏会に現れた。会場の警備用の窓から覗いていると、見間違いようもない、何と、あのカメオの女性がエリザベート嬢と一緒に入場したのだ。忘れられるはずもない、ビーナスのような横顔。イオラントが初めて心をときめかせた女性。長い金髪が純白のイブニングドレスに映える。心に描いていた以上の美しさだ。
イオラントは、すぐさま使いを遣り、ダンスパートナーの約束をした。
「イオラント様のパートナーは、どなたかしら?」
「きれいな方ね。どこの公爵家?」
「ドレスも素敵。見たこともないデザインね。エリザベート様のドレスとお揃いかしら。」
「舞いながら踊っているわ。なんて華麗なの!」
注目を浴びているね。さすがは姉さんだ。それにしても、2人のドレスは最高だね。
皇子たちが中央で踊り始めると、ほかの皆も、次々と踊りの輪に入っていった。