3 実験農場
翌日、午前中に役場を訪問し、新領主としてあいさつをした。
「総括官のシモン・オルストです。こちらからごあいさつにお伺いしなければなりませんのに、お越しいただき恐縮です。」
総括官というのは、役場のトップマネジメントとのことだ。経験豊富そうな男性職員である。役場には、徴税、警察、土木・建築、産業など、いくつもの部署があり、それぞれに部統括官がいる。
役場内を回って、一通りのあいさつを終えたが、どんよりした空気が支配している。その後、たっぷり午前中一杯かけて、これらの官吏から、領地の現状、業務の内容、問題点と提案の聞き取りをした。そして、予算がひっ迫していて、何もできない状況だということがよくわかった。給料も下がったまま、今後の目途も立たないまま日々の業務に追われていたようだ。
『仕事をする気もなくなるよね。この役場の空気がそれだな。』
そこで僕が、「わかりました。みなさんの給料は、今週の支払い分から元に戻します。いままでの不足分は、まだお約束はできませんが、何とかしたいと思っています。領民のために、引き続き頑張ってください。」と告げると、官吏たちから安どの吐息が漏れた。
『給料の支払だけでも結構な出費だな。やっぱり、競売になるような領地の経営って大変だな。借金の返済や支払いで、お金がどんどんなくなっていくよ。ダンジョンの獲物をお金に換えないといけないかな。』と、これまで考えもしなかったことに気を使う。
午後は、産業部の部統括官のアイザックに案内されて、林業ギルト、農業ギルド、畜産ギルドを回った。役場で事前説明は受けていたが、現場では、もっと切実だったということくらいで、事実の再確認に終わった感がある。現場では打開策が見つからないまま、じり貧状態に陥ってしまっているのだ。先立つものがなければ、解決策も浮かんではこない。
夕方になったので、館に戻った。そして、夕食時に皆にアイデアを話して、意見を聞いた。
「まず、農地改革をしようと思います。今ある農地には、ダンジョン産の肥料を投入します。それから、新たに畑を開墾します。開墾のために、僕が水牛を用意します。牧草地にも肥料をまけば、牛、羊、山羊がその育った牧草を食べて、大きくなって、乳もたくさん出せるようになります。肉やチーズ、バターも流通量が増えます。帝都を始め大きな町に販売するための流通ルートも検討したいと思います。これが第一歩です。大都市に産物を販売できれば、農民も領地も収入が上がります。地元でも、食生活が、ぐんと豊かになります。」
「次に新しい産業です。養蜂業を進めたいと思います。ほそぼそと行っている業者がいるそうですが、大々的に行います。採取できる量が大幅に増えるように道具を改良することができますので、時間はかかりません。蜂蜜は傷みにくいので、商業取引にも向いています。蜂蜜酒も作れますので、領地の特産品になると思います。」
「それから薬草を育てます。体力回復、病気や怪我の治癒、虫よけ、それから育毛ポーションも作りたいと思います。原材料費はあまりかからないうえ、高く売れるので、利益が出ます。この地を、ポーションの里と呼ばれるようにします。」
「まだ、ダチョウ牧場、ワイン製造、工芸品、木材加工などいろいろアイデアはありますが、一度に行うには、お金も人も不足していますので、効果が出やすいところから始めます。」
「いかがでしょうか。」と僕が尋ねると、皆黙りこくった中で、マリエラが「いいね。いいね。面白そう。農地改革を担当するよ。」と真っ先に手を挙げた。
「わたしどもも、何か担当させていただきたいのですが、何にも経験がなくて・・・」とアメーリアが言うと、エミリアが「私やるわ。養蜂のことを教えてくださいませ。」と積極的な反応を見せた。
この夜は、ああしよう、こうしようと皆で盛り上がりを見せた。
『人が必要だね。ポーション作りがわかっている人と商売ができる人がいる。帝都の館から何人か連れてこよう。』
僕は、早速、帝都の屋敷とタールダム領の館を移動できる魔法陣を設置し、御側付きのアンナとエルザを含む何人かを呼び寄せた。ヴィオレッタ一家にも来てもらって、館に料理人が採用されるまで、料理をお願いすることにした。館は、あっと言う間に随分にぎやかになった。
まずは、館の周辺で、実験農場を始めよう。
館の周辺は、荒れ地が広がっている。まず、ここを1ヘクタールほど開墾して、ダンジョン産肥料を撒こう。農業ギルドの人たちにも5人ほど指導に来てもらって、朝からの作業だ。役場の総括官のシモンと産業部の部統括官のアイザックにも、今後の参考にしてほしいので、来てもらっている。人から聞いても絶対に信じられないことを、これからするのだ。役場の責任者に見ていてもらわないと、計画は進まない。
僕は、バッグから、東の大草原でバッグに入れておいた水牛を30頭ほど召喚し、テイムをした。そして、1頭1頭、皆で手分けをして犂を装着させる。帝都の屋敷から呼んだアルスとジルは、今日の手伝いだ。その様子をじっと見てから、自分たちでも水牛に犂を装着させることができた。
それから、50匹余のヒヒ軍団を召喚し、農業ギルドの人たちの指導の下に、牛耕の仕方を教える。畑のこちら側から向こう側まで真っすぐに曳かせるだけだ。また、耕し終わったところから、ダンジョンの肥料を細かくして投入する。荒れ地の石や切り株は、ヒヒたちが取り除く。こうして往復すれば、立派な農地の出来上がり。あとは、種を撒くだけなのだ。
ヒヒ軍団は、優秀だ。このくらいのことなら、難なくできる。そして、畑の向こう側には、根菜や果物を置いてあり、そこまでいけば、食事にありつける。水牛もそれは同じだ。動物は、ご褒美が必要だ。人間でも内容が違うだけで、本質は同じではあるが。
ちなみに僕らのお昼は、パンにチーズとハムを挟んだお弁当を、館で作って持ってきてもらった。お茶はいつでも飲めるようにポットに入れて置いてある。労働しながら外で食べるお弁当は本当に美味しい。
水牛とヒヒで埋まる大地は、壮観である。その中で、マリエラが、ヒヒたちに采配を振るっている。ときどき横に逸れそうになると、真っすぐになるように、力づくで元に戻す。翼を付けて飛びながらなので、効率が良い。
エミリアとマリアは、僕に付きっきりで、次に何をするか興味津々の様子で眺めている。
「すごいですわ。」
彼女たちは、荒れ地がみるみるうちに畑になる有様に、目を見張っている。
水牛とヒヒたちが、向こう側まで行って食事をして一服し、また、同じようにこちらに戻ってきた。耕し残しはもうない。こちらでも、野菜、果物をたっぷり与え、水牛はいったん収納し、ヒヒたちには、引き続き、種まきや苗植えを手伝ってもらった。種や苗は、各所で採取または購入してあった。
これもまた、農業ギルドの指導を受けながら、玉ねぎ、にんにく、人参、じゃがいも、さつまいも、キャベツ、とうもろこし、トマト、カボチャとスイカに薬草を作付けした。また、オレンジ、桃、スモモ、ブドウなどの、こじんまりした果樹園も作った。実験農場なので、あれやこれやと、多くの種類を育てることにしたのだ。
こうして、農業ギルドの人たちの支援もあり、順調に作業が終わった。彼らは、驚き通しだったようだけどね。でも領地の将来に明るさを感じてもらえたようだ。
作業がすべて終わった時には、夕方になっていたので、館の人たちも呼んで、その場でバーベキューパーティーを催した。この地では珍しい海の幸も振舞ったが、とても好評だった。
共同して物事を成し遂げると、急速に関係が深まる。ワインも開けて、楽しいバーベキューだったな。みんな、食べては飲んで、意見交換をしたり、交流を深めていたよ。シモンとアイザックは、興奮した表情で、領地の産業のことを論じ合っていた。
これからが本当に楽しみだ。