第12章 タールダム領 1 領地の競売
タールダム男爵の領地は、アベールグラートから東、すなわちアベール河の上流の大森林地帯に向かって馬車で3日ほど行ったところにある。
土地は瘦せていて、林業が主な産業であった。帝都から、遠いというほど遠いわけではないのだが、街道からは外れており、産業も見るべきものがない。そのため、木材の取引に携わる関係者を除き、誰もその存在を意識する者はいなかった。
この領地は、タールダム男爵が治めていたのだが、基準となる税金も納めきれず、多くの借金を重ね、過労なのか心労なのか、ある日、その働き盛りの男の心臓は、突然停止した。後には、妻と14歳と11歳になる2人の娘が残された。
僕がエリザベートから念話の通話を受けたのは、エドモンド公領に戻ってから1週間も経ってはいなかっただろう。
『お父様が御用があるから、お越しいただけませんか。』
僕とマリエラは、早速、公爵邸に出向いた。
公爵の話はこうだった。
「タールダムという男爵がいて、アベールグラートから川沿いに100kmほど行ったところに領地を有していたのだが、後継者がいないまま、亡くなった。」
「本来、公爵か侯爵が、貴族の次男以下の家督を承継しない成人男子を見付けてきて、そのような領地を承継させるのだが、たまたま適任の男子がいない。地の利も悪く、特産品に乏しくて、借金も継がないといけないので、及び腰というところもある。そこで、皇帝がこの領地を取り上げて、競売にすることになったのだ。」
「貴族しか入札資格はないが、アキラ殿は男爵なので適格だ。貴殿であれば、領地の立て直しもできよう。支援は惜しまない。入札をしてみる気はないか。」
なるほど。僕が領地を手に入れれば、支援をしているエドモンド公爵もアベールグラートの東を押さえることができて、戦略的に有利なのだな。帝都とアベールグラートににらみを利かせることができる。
片や僕は、帝都学園で領地経営の講義を聞いて、自分もやってみたいと思っていたところだ。思惑は一致した。
「是非、入札させてください。」と僕は二つ返事でお願いした。
条件は、大金貨500枚の借金を引き継ぐことと、毎年領地の広さに応じた基準額の税金を納めることだ。代金は、帝国に有益なものであれば、お金でなくてもよい。最低入札価格は、大金貨1000枚(10億円程度か)相当となっている。
『現金じゃ勝てないかな。ダンジョンで採れたお宝がいいかな。値が付けられないって、よく聞くからね。』
僕は、トーリード・ダンジョン第14階層で収穫した、ユニコーンの角100本とグリフォンのボスのくちばしで競売に臨むことにした。そして、いったんワープで帝都の屋敷に戻り、入札の手続きを終えた。あとで払えないということがないように、入札者は、入札金または物をあらかじめ預託しなければならない。納付係に角とくちばしを出したら、係官は、さすがにびっくりしていたな。
「ユニコーンとグリフォンか。」と、入札の報告を受け、皇帝はつぶやく。
「はい。ユニコーンの角は、どんな怪我でも治します。身体の一部の再生さえも可能とされています。騎士団でアキラ殿が使用された例もあります。その時は、切断された右腕が元通りになりました。何の後遺症もないと聞いております。」
「グリフォンのくちばしは、どんな病をも癒し、解毒の効果も比類なく、また、若さを維持し、寿命さえも延ばすとされています。」と皇宮の上級鑑定人が答える。
『この国の在り方が変わってしまうかもしれんな。わしも不老長寿か。それも善し悪しだが、引退して後を皇子に任せればよいか。そのあとは、何をして過ごすかな・・・』
皇帝は、いつの間にか自分がグリフォンの秘薬を服用することを前提に、人生設計をしていることに気づき、ふっと笑みを浮かべた。
そして、「測り知れない価値がある。これ以上の価格で入札する者はおるまい。アキラ殿に落札させよ。」と皇帝は競売官に命じた。
数日後、帝都の僕の屋敷に皇宮から落札通知が来た。僕は、早速、皇宮の係に行って、手続きを済ませてきた。そして、証明書類もいただき、「僕もいよいよ領主になったのだ。」という実感が湧いてきた。
「へえ、領主様か。」とマリエラは軽口をたたくが、自分のことのように喜んでくれた。
さあ、領地に行こう!
タールダム領では、男爵未亡人アメーリアと、エミリアとマリアの2人の娘は、領地が競売に付され、どんな人がこの地を引き継ぐのかが心配で、不安な日々を送っていた。
「アキラ・フォン・ササキ男爵という方がこの領地を落札された、との通知が来ております。どのような方かは、まだ存じ上げませんが、ここを出ていくように言われないように、みなさんもしっかりお仕えしてくださいね。」とアメーリアは娘たちに注意を促す。
「はい、お母さま。」と2人の娘は、殊勝にも元気に返事をした。
新たに館の所有者となるアキラに退去を求められれば、従わざるを得ないのだ。しかし、借金は引き継いでもらえるので、債権者に身売りを求められることはなくなった。これまでは、この心配が一番大きかった。
『まだまだ心配事は尽きないわね。』アメーリアは、力なく微笑んだ。
僕とマリエラは、夜明け前に目を覚まし、貴族然とした服装に着替えて準備を整えた。翼を使ってタールダムに飛んでいくのが一番早い。人目に付かないように、薄暗いうちに近辺まで飛んでいき、そこからポケットから出した馬車で入領だ。御者は自分で務めないといけないが、貴族なら最初くらい馬車に乗っていないと格好が付かない。よしとしよう。
2時間ほど飛ぶ。帝都を後にし、アベール河を眼下に望み、タールダム領まで直線距離をとるので、相当時間を稼げる。領地が眼前に広がってきた。まだ薄暗い空から、領地を回ってみた。そこは、町というよりは、むしろ村に近かった。
『なるほど、林業だけか。荒れ地が広がっている。農地の作物も出来がいいとは言えないな。』と思いながら、眼下を望んでいると、小さな館が見えた。
「あれが男爵邸かな。姉さん。」
「そうらしいな。だが小さいな。貧乏領だから仕方ないんだな。」とマリエラ。
「そうだね。これから、どんどん発展させようね。姉さん。」
2人は、しばらく飛んで領地の入口の街道に近い人気のない林の中に降り立ち、馬車を出した。
「さあ、ここから入ろう。」
僕とマリエラは、2人で御者席に乗り、街道に出て街に入った。