5 ホヴァンスキ・ダンジョン
滞在4日目、当地のダンジョンの第8階層に潜ることになった。ホヴァンスキ伯爵が、約束通り冒険者を紹介してくれたのだ。伯爵邸からダンジョンまでは、馬車で40~50分はかかる。早朝に出発だ。メンバーは、前日と同じだ。ペトルは、一緒に行きたいと伯爵に願い出て、僕がチェルニーや魔武具を見せて安全を保障したものだから、同行が許可された。すると、マルファも行く、エリザベートも行きたいということで、結局、皆で行くことになった。
伯爵が、ペトルの同行を許可したのは、この国では、領地を継がない次男であれば、自由に見聞を拡げておいた方が後に困らないで済むという考え方も背景にあるようだ。跡継ぎではない貴族の子弟には、冒険者になる者も珍しくはない。貴族も甘くはないのだ。
馬車に揺られて、ダンジョンの入口に着く。そこで、待ち合わせだ。
あっ、あの人だな。馬車の貴族紋を見て、こちらに近付いてくる青年がいた。
「おはようございます。初めまして。アキラ・フォン・ササキです。本日は、お忙しいところ、第8階層までご一緒していただけることになり、感謝しております。」
「アルフォンソ・リミニです。伯爵には、いつもお世話になっておりますので、お役に立てることができて、嬉しく思っております。」
早速、ぞろぞろと、魔法陣に向かって歩き始めた。
「本日は、第8階層にご案内するだけと聞いておりますので、私は、すぐに地上に戻りますが、よろしかったのですね。」とアルフォンソ。
「はい、結構です。わたしどもだけで探検してきます。日帰りの予定をしております。」
僕らは皆、外から見ると軽装だ。ナップザック程度しか背負ってはいない。
「第8階層は、半年前、僕らのパーティーが他のパーティーと組んで、20名で初攻略しました。殻の堅い魔エビや魔ガニがハサミをかざして襲ってきますから注意してください。」とアルフォンソが親切に注意してくれた。
「わかりました。ご注意をありがとうございます。」と僕は明るく答えた。
事前に予習はしているからね。心配はありがたいけど。
僕らは、入場料を支払い、第8階層行の魔法陣に乗り込むと、周囲が歪み、たちどころに目的地に到着した。そして、「それでは、御達者で。」とアルフォンソは、そのまま戻っていった。
『あんな若い子たちが、ダンジョンの、それも第8階層を遠足気分で散策って、よく伯爵が許可したものだ。でも自分の子どもたちも2人いる。何か裏があるのだろうか。』と理解が追い着かないアルフォンソであった。
僕は、チェルニーとベリーをポケットから出し、元の大きさに戻した。そして、警護係のマンモスのスローン、斥候係の灰色オオカミのヴォルカに大鷲のオレール、それからドロップアイテム収集隊のパヴィアンを召喚した。ダンジョン攻略のフルメンバーだ。
そして、様々な魔武具を取り出し、エリザベート、マルファ、ペトルに装着させた。完璧だと思う。
さぁ、出発しよう。
チェルニーには、僕とペトルにマルファ、ベリーには、マリエラとエリザベートがその背に座る。令嬢たちには、落ちないように、鞍を設置してある。絶対に落ちないから安心していいよと、彼女たちには言ってある。僕の前にはペトル、後ろにはマルファだ。
走り出すと、マルファは、「あれー」と言って僕の後ろから抱き付いてきた。温もりが伝わる。集中力が落ちそうだよ。
斥候たちが、次々に映像を送ってくる。
『しばらく行ったら、人の身長くらいの高さのカニが数体、口から泡を吹きながら待っているか。そのすぐ先には、今度は、巨大ロブスターがやはり数体だ。』
『甲羅が硬そうだから、下から攻撃かな。魔斧か魔槌の打撃系かな。』
と色々攻略方法をシミュレーションする。しかし、チェルニーとベリーは、足が速い。あっという間に、カニと遭遇した。
「グレートキャンサーだ!」ペトルが叫んだ。
僕とマリエラだけが、戦うために下に降りた。5体のカニが、威嚇して大きなハサミを振りかざす。バチン、バチンと、揃って大きな音を立てる。
「姉さん、ハサミの関節を狙って、雷剣で切断して。」
「あいよ。」
そして、マリエラが雷剣を振るうと、バチバチと雷光が走り、グレートキャンサーのハサミが、次々に切断されて地に落ちる。そして、10本目が落ちた。
あとは、叩き切るだけか。ハサミのないカニは、ただ食われるのみ。
僕とマリエラは、グレートキャンサーに近付き、そ下部から、腹を叩き切り、叩き潰した。
そこには、一辺5m、厚さ1mm程度の真四角の薄い板がドロップした。
「何だろう?」
皆も地上に降りて、それを眺める。
僕は、叩いたり曲げたりしてみるが、軽いうえ、鋼鉄のように堅く、また、柔軟性が高い。
『これは、すごい素材だ。加工が大変そうだけど、鎧にも、馬車や建物の外壁にも使えそうだ。』
1体当たり数枚ドロップするが、すべてバッグに回収した。さあ、次に進もう。今度は、魔エビのジャイアントロブスターだ。
イセエビはハサミがないけど、ロブスターにはハサミがある。こっちの魔エビは、ロブスタータイプだ。大きなハサミをガッチン、ガッチンと鳴らす。
『腹を見せないので、どこを攻撃すればいいのかな?』
「姉さん、とりあえず、ハサミを落として。」
「あいよ。」
バチバチと雷剣が唸り、ジャイアントロブスターのハサミがドサッ、ドサッと地響きを立てて落ちる。そこで僕らは、ハサミが落ちた魔エビの背に飛び乗って、胸と腹の間にそれぞれ斧と剣を刺し込んだ。
ピクリとして、ジャイアントロブスターは動きを止める。胴を切り離せばいいんだよ。エビの調理では、そうするよね。こうして、魔エビは倒した。
ドロップアイテムは、何かな? そこには、大きめのハサミと錐のような道具が落ちていた。
「何だろうね、姉さん。」
「もしかして、こっちのハサミで、さっきのカニ板が切れるんじゃない。穴もあけられて、便利な道具だよ、きっと。」
なるほど、僕は、先ほどのカニ板を出してもらって、その端をジャイアントロブスターのハサミで切ってみた。
「姉さん、切れたよ。こっちの錐で穴も開けられる。便利だね。」
カニ板とエビはさみ・錐がセットになった。セットで売り出せば儲かりそうだ。たくさんほしいな。
僕らは、その後に次々と現れたカニとエビを倒して、多くのセットをゲットした。
さらに進む。『何だ、この空間は?』
その歪んだ空間に入ると、海中でもないのに、水圧と水流を感じる。そして、周りには、魚が泳ぎ、海藻がなびいていた。