2 ギガオクトパス
タコって、墨を吐いて逃げるんだよ。まるで、煙幕で身をくらます忍者みたいだ。でも、この兜は、どのみち目が付いてないんだな。でも見えるようにできているのだ。だから、煙幕なんて効かないよ。お気の毒様。
僕らは、ギガオクトパスに少しずつ近づいていった。
『あっ、気付かれた。』
早いね。8本の足が、勢いよく動き始めた。
このタコは、逃げるどころか、襲ってきそうな勢いだ。
『どこから攻めるかな。』
タコに「伏せ」は効きそうもない。海の中だし、そもそも「伏せ」の言葉を認識さえできない知能では、使役しようもないのだ。タコは、背骨のない脊椎動物にしては賢いそうだが、基準が違うな。よし、害獣の駆除だ。倒すに限る。強いものが勝つのだよ。
すると、ギガオクトパスの足が素早くマリエラに伸び、彼女をくるんだ。一瞬のことだった。しかし、マリエラは、魔盾でガードされているので、何ともない。持っていた剣で、内側から足を切り落とした。僕は、その足をポケットに収納する。煮つけにして食べたら美味しそうなので、勿体ないからね。
だが、タコの足は再生するのだ。何本切っても元の木阿弥である。それにしても、水の中って戦いにくいな。水中で手裏剣を発射しても、残り7本の足で、たちまち撃墜された。攻撃が頭に当てられない。
『丸ごと空気ポケットに入れちゃうっていうのも、中途半端だしなあ。』
『あっ、そうだ。いい手があるじゃないか。』
僕は、クロノスを海中に召喚した。そして、『クロノス、あのタコ、食べちゃって。』と身振りで伝えた。
ギガオクトパスは、クロノスと同じくらいの大きさに見える。でも格が違うよ。クロノスの頭部は、5mもあって、裂けた口には、鋭い歯が並んでいるのだ。たかが大きなタコくらい、余裕で嚙みきれるよ。
クロノスは、たちまち、逃げようとするギガオクトパスをとらえ、その胴に食らいついた。海竜の4本の脚ヒレは、実に強力だ。これがあれば巧みに泳ぎ回ることができる。海中での、反転も急降下も急上昇も、思いのままだ。
クロノスは、ギガオクトパスを咥えたまま急上昇して海面に向かい、そこから空中に大きくジャンプし、その頭を大きく何度も振った。獲物の息の根を止めるための仕草らしい。獲物の骨がバキバキになるからね。もっともタコみたいな軟体動物では意味はなさそうだが、習慣なのであろう。仕草が格好いいしね。
海岸から様子を見ていた伯爵たちは、今度は巨大な海竜が、ギガオクトパスを咥えて、海中から勢いよく現れたことに、度肝を抜かれた。
「今度は何だ? 海竜か。大ダコを咥えているぞ。」皆、口々に叫ぶ。
ただ、伯爵だけは、『もしかして、アキラ殿が皇宮で皇帝に披露したアベール河の怪物か?』と見当を付けた。
クロノスは、再び、勢いよくその身を海中に投じる。大きな水しぶきが起こる。そして、海中に戻ると、悠々と泳ぎながら、美味しそうに大ダコを食い尽くした。
さあ、食事は終わった。岸に帰ろう。
『クロノス、背中に乗せてって。』
僕らは、クロノスに乗って、岸に向かった。
岸に近付くと、僕らは兜を外し、クロノスの背から、「終わりましたよー!」と叫びながら、海岸にいる人たちに向かって、手を振った。
クロノスは、砂浜に着地し、僕らは背から飛び降りる。小山のような高さだけどね。何ともないよ。
海岸で僕らを待っていた伯爵らは、さすがに唖然とした表情だ。
「タコは、このクロノスが食べてしまいました。僕の使役獣です。」そして、念のため「皇帝公認ですよ。」と付け加えた。
「クロノス、ご苦労だった。戻っていいよ。」
僕が言うと、クロノスは、たちまち姿を消した。
そして、「あっ、これお土産です。」と言って、マリエラが切断した、タコの巨大な足をポケットから出して、その場に置いた。
そのあと、伯爵に連れられ、漁業関係者など、あちらこちらで、ギガオクトパスを倒した状況を説明して回った。僕とマリエラしか、説明できる人はいないから仕方ない。方々で感謝されたが、伯爵と一緒でなければ、僕の話なんか誰も信じなかっただろうね。
そのあと、伯爵邸に戻り、ゆっくり風呂に浸かった。体中から海水を洗い流してさっぱりしたよ。海の家って、いいね。
夕食は、伯爵一家も交えての晩餐だ。伯爵のほか、伯爵夫人アレクシア、長男デミトリ、長女マルファ、次男ペトルという顔ぶれだ。
冒頭、伯爵は口を開く。
「アキラ殿とマリエラ殿には、改めてお礼を申し上げる。ギガオクトパスが来ると、漁ができなくなるばかりでなく、魚がいなくなってしまうのだ。」
「今回も、しばらくの間は、漁師も仕事にならなくなるところだった。ところが、丁度、ギガオクトパスが目撃された当日に、アキラ殿たちに当領を訪問していただけた。おかげで、被害はほとんど生じなかった。本当に幸運だった。まことに感謝のしようもない。」
「マルファもよくアキラ殿たちを連れてきてくれた。明日から、ゆっくり領内を案内してくれ。」
そして、「当領には、どうかゆっくり滞在してほしい。自慢の魚介料理も堪能していっていただきたい。」と冒頭の話を結んだ。
さすがに、海の領地、魚介料理が豊富である。ムール貝のワイン蒸し、魚介類のサフランスープ、舌平目のムニエル、スズキのグリルなど、魚介尽くしだ。
「これは何だかわかるかな。」と、伯爵はサイコロサイズの炒め物料理が食卓に出てきたときに、皆に尋ねた。
「オリーブオイルとニンニクで炒めていますわね。この四角いのは何でしょう。」とマルファは、おそるおそる料理を口に運ぶ。
それを見て、伯爵は笑いながら、「これはな、ギガオクトパスの足だよ。」と正体をばらした。
誰も食したことはない。皆、驚きながらも口にする。
「美味しいですわ。」とエリザベート。
実際、その巨体に似合わず、柔らかくて美味しかった。
僕は聞きたいことがあった。
「ダンジョンのことをお聞きしたいのですが、やはり海がテーマなのですか。」
伯爵は、「海に関連する階層は、やはり多いのではないかな。エビ、カニ、タコ、イカ、海蜘蛛、海蛇、シャーク、エイ、大ヤドカリ、シャコガイなどは、よく話に聞く。相当の高層になると、海竜や半魚人などというのも、いるという噂だ。」などと答える。
長男のデミトリは、もう17歳なので、低層階ではあるが、ここのダンジョンに潜った経験がある。しかし、次男のペトルは13歳なので、まだなのだ。でも、男の子だけあって、ダンジョンの話題には、興味津々の様子で聞き入っている。
ペトリは、今日、兄弟では1人、海竜と大ダコが戦う現場を見逃してしまったので、残念がっていたのだ。
『クロノスが海面を飛んだ一瞬だったけどね。印象的な様子ではあったと思うよ。』
僕は、「8層まで攻略されていると聞いておりますが、7層か8層に連れて行っていただける冒険者をご紹介いただけませんでしょうか。」と伯爵にお願いした。
伯爵は、「問題ない」と紹介を約束してくれた。
面白そうだな。何がドロップするか楽しみだ。
よし、マリエラ姉さんと、派手にいこうか。待ってろよ。