第11章 帝都を出発 1 ホヴァンスキ伯爵領の異変
帝都学園の前期が終了し、2か月間の夏休みだ。僕らは、エドモンド公領に帰郷するために、7日後に、帝都を発つことになった。途中、海岸寄りのホヴァンスキ伯爵領に寄って1週間程滞在する予定も組んでいる。マルファの帰郷に同行することになっているのだ。
エドモンド公領に帰郷といっても、僕には、公領には簡易な拠点があるだけで、僕とマリエラは、夏休み中も、多くは帝都の屋敷に滞在する予定だ。だから、屋敷の誰も連れてはいかない。道中は、エリザベート嬢の警護が目的なので、身一つだ。
その日、早朝、馬車を連ねて、ホヴァンスキ市に向かった。エリザベートの馬車には、マルファと僕が乗り込む。道中の暇つぶしには、一緒にいるのが最適だ。それに、エリザベートの馬車は、乗り心地もいいしね。
「この馬車は、揺れませんのね。座席も柔らかくて、こんな馬車は、初めてですわ。」とマルファ。
「アキラ様に、改良していただいたのですわ。」とエリザベート。
『泊めてもらうお礼に改造してあげようかな。材料は、ポケットに入っているし。』
僕は、「滞在中に改造して差し上げますよ。」とマルファに、改造点を詳しく伝えた。伯爵の了解を得ないといけないからね。
アベール河の渡しは、事前に予約をしてあったことから、河は順調に渡ることができた。帝都に来るときに通った街道を、途中で海岸地方の北西方向に折れて、そこをひたすら走れば、ホヴァンスキ市だ。途中のオルメス町で1泊は必要だが、案外帝都に近い。
海は、こちらの世界に来て初めてだ。泳いだり、潜ったりできる。色々とグッズは用意してある。存分に楽しもう。
オルメス町では、ホヴァンスキ伯爵家御用達の宿で1泊した。夕方は、町長宅に招かれて晩餐だ。魚介料理を堪能した。海が近付いていることを感じる。
翌朝、オルメス町を後にし、しばらく馬車に揺られて行くと、「もうここは、ホヴァンスキ市なのですよ。」とマルファ。まだ、昼時だ。案外早く着いたな。僕らは、そのまま、伯爵邸に向かった。ただ、街中のざわつき感が気にはなったが。
「何か起こっているのでしょうか。」マルファも、緊張感を浮かべて右往左往している人々に目を留める。
伯爵邸には、オルメスから伝令が届いており、僕らは盛大に迎えられた。
僕は、先に馬車を降り、エリザベートとマルファをエスコートする。
「ようこそお越しくださいました。当主の長男デミトリ・フォン・ホヴァンスキです。」
「エリザベート・フォン・エドモンドですわ。ごきげんよう。」
「アキラ・フォン・ササキです。お見知りおきを。」
あいさつを交わした後、マルファがデミトリに尋ねる。
「お父様は、おいでなのかしら? 領内で何かあったの?」
「実は、今朝、ギガオクトパスの目撃情報があった。またやって来たのかもしれない。そのための対策会議に出掛けている。」とデミトリ。
『ギガオクトパス?』
「ギガオクトパスとは、巨大なタコで、数年に1度、豊漁のときに、遠くの海から魚を追ってやってきて、魚介類を根こそぎ食べてしまうやっかいな海獣です。」と僕の疑問が聞こえたかのように、デミトリが答えた。
「退治はできないのですか。」と僕は尋ねる。
「海の中ですし、何しろ巨大で、船を出しても海中に引きずり込まれる危険があります。潜んでいる場所を見付けて、できるだけ離れて漁をするための対策しかできません。」とデミトリ。
『見に行こうか。』
「僕らで何とかできるかもしれません。よろしければ、海岸にお連れ願えませんか。」
こうして、僕らは、ギガオクトパスの退治に乗り出すことになった。
いったん用意してもらっていた部屋に落ち着き、僕とマリエラは、水着に着かえた。海に潜るのだ。以前、エドモンド・ダンジョンの13階層攻略のために作った完全密封の兜を使う。目がなくても見える、口がなくても空気が吸えるように、必要な発動式を念じ込んでいる優れものだ。
潜水用の足ヒレも用意してある。速歩の応用で、魔法陣を組み込んで、推進力を大幅に上昇させている。武器のモリも作っていたが、これは、普通の魚用だ。巨大なタコを相手には、到底無力だろうな。いつもの斧や剣を使おうか。タコが相手だと、巻き付かれるといけないので、姉さんは、魔盾は必須だね。
さあ、行こうか。それにしても、水着っていっても、普通の服に近いね。せっかくの姉さんも、色気が出ないよ。
デミトリに馬車で案内されて、海岸近くの対策会議が置かれている建物に着いた。
僕は、そこで陣頭指揮を執っていた伯爵とあいさつを交わし、「早速ですが、ギガオクトパスが目撃された場所を教えてください。ちょっと、様子を見てきます。」と口を開く。
そこに居合せた人たちは、何を言っているんだと、訝しそうな表情を隠さない。しかし、伯爵は、立場上、僕らがカイン河の怪物を退治し、帝都で皇帝に表彰されたことを知っているはずなのだ。
「今から案内させます。」と当然のように答えた。
海岸に出た。
「あの辺りです。」一人が、海から突き出ている大きな岩を指さした。
そこで、「行ってみようか、姉さん。」と、僕らは装備を整え、魔羽を装着し、空を飛んだ。
のっぺらぼうの兜だけでも奇妙なのに、羽で空を飛ぶんだから、みんな、びっくりしただろうね。
大きな岩の近くまで来て、『姉さん、ここから潜ろう。』と念話をした。そして、羽を仕舞うと、仲良くドボンと海に落ちた。
海を潜って泳ぐ。魚にでもなったかのように、足ヒレでスイスイ進む。実に快適だ。
『どこだろう、タコの怪物は?』と、海の中を見て回る。そういえば、タコって擬態するんだったな。背景に一瞬で溶け込むそうだ。ミミックオクトパスなんていうタコもいて、海の生物さえも真似てしまうらしい。
そこで、探索を掛ける。
そして、『姉さん、あちらの方向に巨大な生物の気配がする。近くに潜んでいるから気をつけて。』と、僕はその方向を指さした。
海底の丘と一瞬見分けが付かないが、よく見ると、そこには巨大なタコがいた。