5 授爵
クロノス騒動からしばらくして、皇宮から通知があった。カイン河の怪物退治の功績で、名誉男爵位を授けるという内容だ。
『男爵か。世の中との接点が、増えるということではあるな。それによって、機会も生まれる。元の世界に帰れるきっかけができるといいな。』
『ゴールまでの道のりは見えないが、わずかではあれ、1コマ、1コマ上りに近付いているような気もする。まだ、手探りだけどな。』
『それにしても、こちらの世界に来て、もうすぐ1年か。身長も5cmは伸びたな。』
と感慨にふける。授爵式は1週間後、僕は、また学園を休むことにはなるが、特に予定はないので、お受けする旨の返答をした。マリエラにも金一封が贈られるそうだ。よかったよ。
皇帝としては、僕を男爵にでもして帝国に取り込むことを考えたのだろうと思う。僕としても、活動範囲が広がるし、アンダーカバーから脱皮もできる。グレンタール男爵のような輩に、からまれることも減るだろう。まあ、アンダ―カバーは、正直、自分でもどこか落ち着かなかったしね。これからは、堂々と名乗れるし、この国の貴族扱いだから安心だ。
授爵式の日が来た。
その朝、馬車に乗って出発する。マリエラも休暇をもらって一緒に連れ立つ。今日は、2人とも正装だ。豊かな金髪、整った顔立ち、抜群のプロポーションに輝くオーラを纏う。やっぱり姉さんは、最高だ。
30分もすると、皇宮に着いた。街中だと馬車も徒歩とで、掛かる時間はそう変わらない。それにしても、最近は、しょっちゅう来ているね。馬車を降り、マリエラをエスコートして、受付に立ち寄る。今回もそこから案内をされて、いったん待合室に入った。
しばらくすると、呼び出しがある。準備が整ったようだ。さあ、出掛けよう。
謁見の間に入ると、進行役が口上を述べる。今回は、僕とマリエラの紹介だよ。そして、僕らは、皇帝の前に進み、片膝を付きあいさつをする。
皇帝が口を開く。
「アキラ・フォン。ササキ殿およびマリエラ・スチュアルダ殿、貴殿らは、カイン河の怪物を退治し、帝国に平穏をもたらした。ここに、アキラ殿には、名誉男爵の爵位を授け、マリエラ殿には、報奨金、大金貨10枚を授ける。」
「ありがたき幸せ。」と僕らは、揃って答えた。
そして、「わたしどもは、帝国のために、変わらない忠誠を尽くすことを誓います。」と宣誓した。あらかじめ、こう言えって指示があったんだよ。言うだけならダダだからな。いいよ、ちゃんと言うよ。
こうして、授爵式は、すんなり終わった。
後日、授爵の返礼として、皇帝には、グリフォンの漆黒の羽根、妃たちには、ユニコーンの純白の羽根を、トーマス商会の仕立券を付けて贈った。皇帝はマントだね。妃たちはマントかドレスか好きな方にするといいよ。
返礼が届いた皇宮では、ちょっとした騒ぎだった。何せ、今度も、皇宮の宝物並みの贈り物だ。それも、王妃だけではなく、第二夫人と第三夫人の分まである。とても気が利く。王妃たちは皆、ユニコーンの際立つ純白の羽根に触れて、その質感と肌触りに、うっとりとした表情を浮かべた。
皇宮の上級鑑定人によると、重さを感じることなく、外部からの衝撃から身を守り、また、ワインを零しても汚れることがないという。
『やっぱりドレスがいいかしら。マントも捨てがたいわね。』と彼女たちの悩みは尽きない。
僕は、屋敷で、『授爵祝いをしないといけないな。』と考える。貴族は、お祝いがあると、権勢をひけらかすために派手に催しをするらしい。でも僕は、よそ者だし、一代限りの「名誉」だから、そんなことは気にしないのだ。学園の知り合いだけ呼んでささやかに行おう。もう間もなく、前期が終わり、夏休みに入ってしまうので、しばしのお別れも兼ねて、バーベキューパーティーでもしようか。
エリザベート、アマルダ、マルファ、アレクサンドロスに第三皇子のウラノフも招待した。そのほかにも、学友や、彼女ら、彼らの知人も含めて、50名くらいのささやかなパーティーだ。このくらいの人数であれば、僕の屋敷の庭でも開ける。
お土産は何にしようかな。女の子たちには、美容ポーションかな。最近では、珍しくはないけどね。男の子には、魔牛の角でペーパーナイフでも作ろうかな。身に着けているだけで魔力が上がるから、お守りにもなるしね。少しデザインしよう。
女の子には、魔牛の角で作ったカメオを付けてあげようか。図柄は、ビーナスがいいな。マリエラ姉さんをモデルにすれば楽に作れそうだからね。
そのあと、僕は、マリエラの横顔を見ながら、そのイメージを素材に刻み込み、ひたすらカメオを作り続けた。そして、姉さんのお陰で、一級品のカメオができあがったよ。モデルがいいと、芸術品に仕上がるね。
たくさん作ったから、男の子のお土産にも付けてあげよう。姉さんの宣伝になるからね。
そうこうしているうちに、バーベキューパーティーの日が来た。庭に、自分で作ったバーベキューコンロを並べ、黒牛、鹿、羊、それにエルフの里の川で獲ったマスが材料だ。屋敷の庭で見事になった野菜と果物も提供する。デザートは、焼き菓子とプッディングだ。
「本日は、お越しくださいまして、ありがとうございます。」と僕は、1人1人に声を掛け、招待客からは、「この度は、叙爵おめでとうございます。」と返答を受ける。しかし、誰もが、料理をセットしてある庭まで案内されると、驚愕の表情を浮かべた。
『今日は特別だからね。』
そこには、全長15mもある翼つきの竜、ドラゴンがでんと構えていたのだ。
ドラゴンのファーフナ―を知っているのは、エリザベートとマリエラだけだ。帝都で活躍する機会がなかったので、竜使いを標榜している僕としては、1度くらいお披露目をしておかないと、申し訳ないと思ったのだ。別に、誰に申し訳ないってわけではないけどね。警備も兼ねてだよ。ここでエリザベートが狙われると、厄介だ。何せ、第三皇子もいるからな。魔猫も警備はしているが、ドラゴンだと、どこからでも見えるからね。抑止力は抜群だ。
久しぶりに下界に出てきたファーフナ―には、とびっきりの美味しそうな子牛を与えた。
ファーフナ―は、『うまい、うまい』と食べていたよ。表情を見ればわかるよね。
メイドたちが総出で、肉、魚、野菜を焼く。そして、焼けたものから、招待客に配って歩く。
『メイドも増えたな。』もう20人もいるだろうか。ポーション作りも仕事だから結構忙しいのだ。
僕は、そんな様子を見ながら、『まだ3か月も経っていないのか』と、あらためて気付いたのだった。
感慨にふけっていると、マルファが、話しかけてきた。ホヴァンスキ伯爵の令嬢だ。マルファは、僕があげた赤いルビーのネックレスをしている。その目の色に揃って、とてもよく似合う。
「夏休みは、どうされるのですか。よろしければ、当領地にお越しになられませんこと。海もダンジョンもございますわ。」
僕は、「いいですね。お邪魔でなければ、是非、伺わせていただきます。」と喜んで答える。
「エドモンド公領まで、エリザベート様をお送りして帰りますので、その後、お伺いさせていただきます。こちらに来てから、海はまだ見たことがございません。」
「そうなのですね。それでは、エリザベート様もお誘いして、御帰りにお寄りになられませんか。」とマルファ。
こうして僕らは、エリザベートを交えて、ホヴァンスキ伯爵領を訪問する約束をした。
あとから、エリザベートに、「アキラ様は、男爵になられて、貴族の令嬢たちの結婚相手とみられることになりましたのよ。お1人で令嬢の元をお訪ねになるお約束をされるときは、気をつけてくださいませ。」と釘を刺されてしまった。うっかりしてたな。
僕は、パーティーの途中で、「串焼きは、ファーフナ―にあげてもかまいませんよ。たくさんありますからね。」と告げる。それようの大きな串焼きも用意してあるのだ。最初は及び腰だったお客も、次第に慣れてきて、われもわれもと、ファーフナ―に肉を与えるようになった。
「こんな機会は、二度とあるかわかりませんからね。遠慮なさらないでください。」と僕は、躊躇しているお客を促した。
こうして無事、バーベキューパーティーは終わった。
お土産も好評で、本日のお客さんには、よい思い出を作れたと思う。さあ、エドモンド公領に帰る日も間もなくだ。
その日、皇帝は、第三皇子から、パーティーの様子を聞いた。
「ドラゴンを披露したのか。噂だけではなかったのだな。」
そして、土産のカメオの彫刻を見て、『何と美しい横顔だろうか。』と思いながらも、『はて?』、何となく見覚えがあった。