2 ハイネスの右腕
『大変だ! ハイネスの右腕が無くなっちゃったよ。どうしよう・・・。ちょっと、やり過ぎちゃったな。』
そこには、無くなった右腕を見て呆然としているハイネスがいた。
『もう剣は、握れないのか・・・・』と。人は、失ったときに、その存在の大きかったことに初めて気付くものである。月並みではあるが、実に真実を言い表している。
真空切りだ。切り口が鋭かったので、大量の出血には至っていない。痛さもあまり感じていないはずだ。しかし右腕を失ったら、当然ではあるが騎士は引退しなければならない。
『しかし困ったなあ。そこまでするつもりはなかったんだけどな。はずみだよ。』
ハイネスだって、真剣勝負を挑んだときには、僕の片手くらい切り落すつもりだったんじゃないのかな。自業自得だよ。
「ちょっとしたはずみ」という事がある。それで、後悔する事は決して少なくはない。
「あのとき、ああしていれば。」などと考えるのが、人間だ。時間は決して巻き戻せない。
誰もがわかっていながら、慎重に行動しない。つい口が出る、つい手が出る。この「つい」という、一瞬の気持ちの芽生えによる行動は、「後悔」の芽吹きだ。自分の「はずみ」を後から考えるのは、自分としても許せない。だからその後には、なお悪いことに、自己正当化と開き直りが続く。
僕だって、時間を戻すことはできない。だが、実は、この場を収めるために、とても役立つものを持っているのだ。
「早く救護班を呼べ! 応急手当をしろ!」という副団長の怒声が響き、場内はちょっとしたパニック状態である。
そんな状況の中、僕は、「ちょっとそこを通して。」と、ハイネスの周りで応急措置をしようとしている騎士たちに、そう言いながら近づいた。
『腕が切り離されても、傷口が奇麗だと、元にくっ付くらしい。』
そんなことを聞いた記憶があるので、早速、試してみよう。
「誰か、そこに転がっているハイネスさんの右手から剣を離して、元の腕に切れた面を接着させて。」と僕が頼む。
すると、青い顔をして腕を縛り止血をしようとしていた騎士が、僕の言うとおりに、その右手から剣をもぎ取り、腕の断面をハイネスの元の腕の切り口にくっ付けた。
『この騎士、何をしているかわかってないよね。これだけでくっ付くなんて思っていないよね、絶対に。でも好都合だ。頭が働いていないから、人の言うとおりに動いてくれている。』
そこで僕は、おもむろにバッグからポーションを取り出し、その傷口に少しずつ掛ける。
すると、掛ける度に「じゅわ」「じゅわ」っと音がして、みるみる傷口が消えていく。そして、何度目かに1瓶全部を掛け終わった時には、切り口はすべて塞がった。どう見ても、切り離された痕跡は見当たらない。腕を持っていた騎士が驚愕の表情を浮かべる。ハイネスももちろん動揺し、驚いた表情を隠そうともしない。
目の前で奇跡が起こった時って、こんな感じなんだろうな。僕は、キリスト様並みの奇跡を行ったってことだよ。
『アキラは、その切断された腕に、どこからともなく取り出した液体を注ぎ、その者の身体を、元の通りに戻した。』と書けば、物語になりそうじゃないか。
『成功だな。』と思い、「ハイネスさん、右手を動かしてみて。」と言う。
ハイネスは、驚きの表情が消えないまま、右手をゆっくり開いたり握ったりする。
「そこの剣も握ってみて。」と僕が言うと、彼はおもむろに、そこに落ちていた自分の剣を握ってみる。
「大丈夫だね。念のため、ポーションをもう1本あげるから、今度は飲んでみて。」と僕は、もう1本ポーションを取り出し、ハイネスに渡す。すると、彼は、早速右手を使ってそれを飲み干した。
「よかったね。もう大丈夫だよ。これは、ユニコーンの角で作ったポーションだから、このくらいの怪我なら、たちどころに治るよ。腕は今まで通りだよ。」
実は、先日ダンジョンで大量に入手したユニコーンの角で早速ポーションを作っていたのだ。そして、どこかで試せないかなと思っていた。それこそ、丁度良い機会だった。
ハイネスの腕を切り落したのは、もしかして、無意識にこのポーションを使ってみようと思っていたのかもしれないな。実験台にされたのでは、たまったものじゃないけれどね。
「でも首を落とされたら、もう治らないから、今度から気を付けてね。」とハイネスには釘を刺しておいた。僕に真剣勝負など挑まないようにだよ。ここにいる騎士たちにも、僕の意図は伝わったよね。
騎士の皆は、誰も見たことがないユニコーンのポーションで、切り落された腕が元通りにくっ付いた様子を目の当たりにして、言葉を失っている。
そこにやってきた救護班は、何が起こったのか、また、何で呼ばれたのかわからず、怪訝そうな顔をしていた。
ようやく、グレゴリオが、「ハイネスが軽はずみなことをして失礼した。それに、高価なポーションまで使って治していただいたことに、深くお礼を申し上げる。」と言葉を発した。
『何言ってんだい。止めなかった責任は、自分だろ。』と思いながらも、僕は、「いいえ。できることを、当然に、したまでです。」と聖人のような受け答えをした。
ハイネスもようやく自我を取り戻し、目元に涙さえ浮かべ僕に深謝したよ。
アキラが帰った後、ハイネスは、グレゴリオから、アキラが使ったポーションが大金貨数十枚でも買えない品だと聞いて、再び顔を青くした。
『大変な借りを作ってしまった。』
しかし、その右手は、剣を振っても何の痛みもなく、さっき切り落されたことが嘘のように、これまでと同じ動きだ。試しに、グレゴリオと少し打ち合ってみたが、何ともない。
「すごいものだな。このポーションは。」とグレゴリオ。
ハイネスとグレゴリオには、このポーションにそれだけの価値があるということが、容易に実感できるのだった。
その日の午後、グレゴリオ副団長は、アルノルド団長に起こった事態を報告した。
団長は、「ユニコーンのポーションを惜しげもなく使ったか。騎士団にも常備できていれば、戦い方も変わるかもしれんな。治ると考えて無謀な戦いをしてもらっても困るが。」とつぶやき、「わしも会ってみたかったな。アキラ殿と。」と口にした。
グレゴリオは、団長と協議をしたうえ、試合の様子を第一皇子にも報告した。報告は、マストであると団長も判断したのだ。
「ほう、切り離された腕が付くのか。ユニコーンのポーションなのだな。」と皇子。
続けて、「文献では、読んだことがあるが、実際に聞くのは初めてだ。」とつぶやく。
『それにしても、アキラ殿は、とんでもない物を保有している。先日の献上品もさることながら、今度は、ユニコーンのポーションか。どこを探しても無いものばかりではないか。きっと、まだ色々ありそうだ。背景がまだよくわからない不思議な人物だが、決闘裁判では、天も味方をしている。敵ではないだろう。早急に帝国に取り込むべきだ。皇帝と話をせねばな。』と第一皇子は思念した。