第10章 帝都学園前期終了 1 皇帝の騎士団
帝都学園の前期は、4月から6月までの3か月間だ。いろいろな出来事があったが、この6月一杯で終了する。審問や決闘裁判やらで欠席した日数もあるが、おおむね真面目に出席して勉強した。もっとも、勉強が目的ではなくて、アンダーカバーの護衛が目的だから、休むわけにはいかなかったんだけどね。だんだん、真の目的を忘れてきたよ。
なにせ、エリザベートに魔猫のベリーを付けたら、もう安心なのだからな。
決闘裁判の翌日、学園に行くと、前日の決闘の噂話が聞こえてきた。僕が無類の剣使いだって噂だよ。やったね。予定通りだ。教室で隣に座った第三皇子も僕を見て、ニコニコしている。第一皇子に裁判の様子を聞いたのだな、きっと。
昼は、いつものとおり、アレクサンドロスが隣に座る。
「お前、昨日すごかったんだってな。父がそう言ってた。」
『法廷に父親がいたのか?』と考えていると、彼は「父は、議員席で見ていたんだ。議員ではないが、息子の学友が決闘を行うということで、特別に入れてもらったんだ。」という。
なかなかちゃっかりしているね。父と息子は、やはり同じDNAか。でもおかげで、僕の評価も広がることになるので、悪いことではない。なにせ、アレクサンドロスは、何でも話して回るのだからね。同じDNAの父親にも期待できるよ。
そんな平穏な日々に戻ったある日、皇帝の騎士団から書状が届いた。
『うん、皇帝の騎士団? 先日戦ったザラールは、男爵の騎士団だったな。』
皇族も貴族も自分たちや自領を守るために、騎士団を有している。
何の用だろうと、書状に目を通す。
それは、「剣技を披露してほしい。」という趣旨だった。皇宮の騎士が法廷で警備の傍ら、僕の決闘を見ていたからな。
『また、1日潰れちゃうな。まあ、いいか。宣伝になるしな。』
僕は、書状に記載されている日時を確かめ、「諾」の返書をしたためた。
その日、僕は、学園を休み、皇宮に出向いた。騎士団に面会だ。
「騎士団に呼ばれたのですが、どこに赴けばよろしいのでしょうか。」と受付官に尋ねる。
受付で案内が付き、皇宮の中を歩いていくと、体育館のような場所に着いた。
「こちらにご案内するよう承っております。」と、案内係は騎士団付きの若い係に取り次いだ。体育館では、騎士たちが剣や槍の訓練に励んでいる。
『早速、現場なのか。その前にお茶でも飲みながら挨拶でもするのかと思っていたけど、さすがに体育会系だね。』
その係に案内され、騎士団が訓練を指導している人物に引き合わされた。
「グレゴリオ副団長、アキラ殿がおいでになられました。」と案内人はその人物に声を掛けた。
その人物は、「皇宮騎士団副団長のグレゴリオ・マサッキオです。要請に応じていただき、ありがとうございました。本日は、団長が皇帝に呼ばれておりますので、わたくしが応対させていただきます。」と丁寧に挨拶をした。
僕は、「アキラ・フォン・ササキです。お招き下さり感謝に堪えません。本日は、わたくしの剣技をお見せすればよろしいのですね。早速、手合わせをさせていただきます。」と返す。
「お願いいたします。」とグレゴリオ。そして、訓練中の騎士たちを集め、「アルフレッド、お相手をしていただけ。」と申し渡した。
僕は、訓練用の木刀を手に、アルフレッドと対面した。双方とも、兜、簡易の鎧、籠手をしている。両手で木刀を持つため、盾は持たない。盾がないだけに、木刀でも当たれば大怪我をしかねない。訓練で怪我を避けるのは当然の配慮だ。
『まだまだ、これからの騎士だね。順番に倒していけばいいんだな。』
早速、礼をして木刀を構えた。
僕は、この間の決闘のときのように、右手で木刀をぶらりと下げた。甘い蜜には毒がある。アルフレッドは、誘いに乗って、打ち込んできた。「エィ」気合は入っているが、それだけだ。僕が右下から片手で振り上げた木刀の一撃で、彼の木刀は宙に飛んだ。そこで、僕はアルフレッドに蹴りを入れ、その身体を飛ばした。
剣の試合であっても、殴ったり、蹴ったりすることはかまわない。剣を落としても、体術で勝てばよいのだ。実戦的である。
「アルフレッドさんでしたね。隙が多いので、集中力を養うといいですよ。あと、相手の動きの意味をもう少し考えてみてください。」とワンポイントアドバイスを差し上げた。せっかくだからね。気付いたところくらい教えてあげるよ。
「次の方、どうぞ。」
教えを請いたい若者たちが、我も我もとアルフレッドに続いた。
「君は剣のスピードが足りないね。毎日、1000回素振りをするといいよ。」
「ちょっと身体がぶれるね。素振りを繰り返して、体幹を鍛えるといいよ。」
「瞬発力が足りないな。木を相手に打ちかかる練習をするといいよ。走って足腰も鍛えようね。」
こんな調子で、続けさまに10人くらいを相手にした。
タイミングを見て、グレゴリオが口を開く。
「アキラ殿。若手を訓練していただき、恐れ入る。ここで、騎士団のエースと模範試合を見せていただけないか。」
「結構ですよ。」と僕。
そこでグレゴリオは、「ハイネス。アキラ殿と模範試合をせよ。」といかにも剣の達人といった一人の騎士に命じた。
ハイネスは、先ほどからアキラの指導風景を見ていたが、『子どもが偉そうに・・・。わが騎士団がこれ以上舐められるのは我慢がならん。どうしてくれようか。』と内心苦々しく思っていた。
これ幸いと、「先ほどから拝見させていただいていれば、アキラ殿に木刀は物足りないように感じました。アキラ殿さえよろしければ、真剣で試合をしていただけないでしょうか。その方が、模範試合として騎士たちの得るところ多いのではないかと愚考いたします。」と口を開く。
物言いは丁寧だが、挑戦的だ。この場でのアキラの存在を面白く感じていないことが、皆にも伝わる。
僕は、すかさず、「結構です。お受けします。」と答えた。
『真剣の勝負は、先日したばかりだよ。縁があるね。』
こうして、僕とハイネスは、真剣で向かい合うことになった。
2人は、真剣を携え、向かい合って礼をする。
「始め。」の合図で、双方、剣を構える。最初は、中段の構えだよ。そして、相手の目を見据える。目を見れば、動きがわかるのだ。
『うっ、仕掛けてくるな。』
カキーン。余裕で剣を受ける。そして、後ろに跳ぶ。それから、カキーン、カキーン、カキーン、カキーンと何度も何度も剣を合わせた。ハイネスの剣は、鋭く重いが、僕には難なく受けられる。僕の剣は、練習のつもりだ。軽く受け、軽く返し、外から見れば、文字通り「模範」演技だ。
ハイネスは、軽くあしらわれているように感じ、剣に感情を込めてきた。これでもか、これでもかというように、勢いよく叩きつけてくる。
『力任せになってきたね。』
ハイネスの次の剣が襲ってきたとき、僕は、思わず、剣を握ったその右腕をスパッと切り落としてしまった。
その右手は、剣を握ったまま転がった・・・。