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8 決闘裁判

 そうこうしているうちに、決闘裁判の呼び出し状が届いた。2週間後の日時、場所の記載がある。場所は、決闘法廷だが、代官所内に設置されているという。その他、呼び出し状に、代わりに戦う代理人、すなわち代闘人を立てるか否かの問い合わせがあったので、僕は、代闘人を立てないことを回答した。

 ここまで来ると待ち遠しい。まるで、タイムスリップして、ヨーロッパ中世の行事に参加しているみたいだ。映画の主人公の気分だな。

 それから、法廷は公開だっていうから、丁度いい。僕の強さを見せつけてやるよ。2度と僕らにちょっかいを出さないようにね。


 いよいよ当日になった。

 代官所の前では、多くの傍聴希望者が集まっている。最初は、何事があったのかと思ったくらいだ。群衆という表現が似合いそうなほどの人数が押しかけている。傍聴席数が限られているので、これから抽選がある。この世界は、娯楽が少ない。そして、人は、戦いを見物するのが好きなのだ。それも、あまり行われない決闘裁判であれば、なおさらだ。人気が高いはずだ。


 決闘裁判は名誉をかけた戦いだが、職業的な代闘人もいるらしい。訴追側の代闘人は帝国所定の代理人リストから選定される。代理人リストに載ることは、強さの証明であるうえ、国のために命を懸けることを意味するので、大変名誉なこととされている。もちろん軍隊や騎士団のトップクラスの実力者が名を連ねる。


 紛争の解決を、第三者の判断に任せることなく、命を懸けた自己責任のもとに決闘によって達成するというのは、野蛮である反面、フェアでもある。力が弱い人は、代闘人を雇うこともできるのだ。ハンディを与えることもあるらしい。婦人が代闘人を立てないで自分で戦うことを選ぶ場合は、その夫人には剣を与え、相手は素手で戦わせたりすることも認められているそうだ。

 人が決めたのであれば、納得がいかなくても、自分の雇った代闘人が負ければ、天が見方をしなかっただけだと、諦めもつく。天災だったわけだ。


 僕は当事者なので、群衆をかき分け、受付官に伝えて、決闘法廷に入った。

 そこには、円形の決闘場があった。そこを囲んで、席がある。100人くらいは優には入れそうだ。代官席、皇族・議員席、当事者席、関係者席のほか傍聴席が置かれている。グレンタール男爵は、本日は出頭する。責任者だからね。当たり前だよ。この際、しっかりと、僕を敵に回してはいけないことを記憶してもらわないとね。


 僕は、被告側の当事者席に着く。訴追側の当事者席を見ると、見慣れない貴族風の男がいた。『グレンタール男爵だな。』と思って見ていると、男爵もこちらを見た。目が合い、睨み合った。僕が睨むのは道理だけど、男爵が睨むのは筋違いだよ。『仕事でやってんだろ。感情を出すなよ。』と言いたくなる。まだ、未熟だね。それとも、裏があるのか?


 皇族・議員席に、第一皇子と議員が数名着席する。その中に、エドモンド公爵の顔も見えた。彼らは、天命を見果たすために臨席するのだ。僕の従者らは、関係者席に着く。こちらは応援団だ。マリエラ姉さんも関係者登録をしておいたので、姿を見せた。僕の晴れ姿を見てほしい。

「アキラ~、頑張って。」とマリエラから緊張感のない声援が飛ぶ。場内によく通る声であった。僕は、マリエラに微笑みを向ける。法廷で手を振るわけにはいかないからね。

 そのあと、抽選に当たった傍聴人がぞろぞろ入ってきて席に着いた。50人くらいか。今日の決闘裁判を傍聴できる幸運な人たちだ。

 さあ、時間だ。


 廷吏が立ち上がり口上を述べる。

「これから神聖なる裁判が始まる。起立せよ。」それを聞いて全員起立する。皇子もだ。天に敬意を払う儀式でもあり、皇族といえど、天に逆らうことはできないのだ。

 続いて「フィリップ・グレンタール男爵の訴えに対し、アキラ・フォン・ササキ殿が、決闘をもって天の真意を聞くことを選んだ。代官はこれを認め、本日の裁判となった。」

「この決闘を妨害する者は、天に逆らうものとして、右手を切り落とされるであろう。」

「それでは、着席されたい。」

 こうした廷吏の口上に続き、代官が手続きを説明する。


「決闘は、この円形の決闘場で行う。代官所で用意した剣を武器とする。魔法での攻撃は禁止する。ただし、身体や武器の強化に魔力を使うことはできる。」

 そして、傍聴席に向けて、「決闘の妨害行為があれば、即刻身柄を拘束し、重罰に処する。なお、声援は、妨害とはみなされない。」と注意を述べた。

「それでは、グレンタール男爵代理人のザラール・ドメニシオ殿とアキラ・フォン・ササキ殿、中に。」との代官の発言を受けて、僕らは、決闘場の中に入った。

『ザラールって知らない人だけど、それなりの遣い手なんだろうね。』

 アキラは知らないが、ザラールは、男爵が抱える騎士団の指南役でもあるトップクラスの剣士である。男爵の騎士団は、強豪ぞろいであることが知られている。男爵側では負けられない裁判であることが、この人選からもわかる。


 場内に運び込まれた台にロングソードが2本並べてある。鉄製の品質的に中位の剣だ。どちらも細工はなされていない。個人の立場である僕が先に剣を選べる。どちらでも同じだけどね。

「これで結構です。」と僕は、近くにある方を選んだ。ザラールがもう1本を手に取り、しばし眺めている。

『剣の状態によって戦い方は変わるからね。』


 それから、宣誓をする。

「天に誓い、名誉を掛けて、正々堂々と戦います。」と唱和する。


 そして台が取り払われ、僕らは、決闘場で対峙した。

「降参するか、怪我または死によって、いずれか、または双方が立ち上がることができなくなれば終了とする。それでは、はじめ。」と代官が宣言した。


 僕は、自然体で正面から剣を両手で構えた。ザラールも同じく正面から剣を構える。はじめは、「こんな子どもが。」という顔をしていたが、その顔は、すぐに真剣な表情に変化した。

『隙が無いね。』

 どちらも動かず、しばらくの間、正面から対峙する。

『力技なら、圧倒できそうだけど、どうしようかな。持久戦だと観客が飽きちゃうだろうしな。少しは格好付けて勝たないとな。』

 あまり長く対峙するのは避けようと、相手の剣を誘おうと考え、右手で剣を持ちぶらりと下げた。僕の正面が空く。

 と、ザラールは、いきなり踏み込んできた。


 僕は、素早く右手に躱し、一歩飛んでザラールが先ほどいた位置に着く。ザラールは、僕のいた位置に着き、僕の方を向く。場所を交換したようなものだね。それを2度、3度繰り返すと、ザラールの息が乱れてきた。力の入れすぎだよ。息が乱れたら負けだ。観衆は、僕が相手を、余裕で翻弄しているように見えているだろうね。


 僕は、そろそろかなと考え、目にも留まらぬ速さでザラールの懐に飛び込み、左手で彼の持ち手を抑え、右手にある剣の柄をその鳩尾に叩きこんだ。

 ザラールは、苦しそうにその場にくずおれ、そのまま動けなくなってしまった。

 傍聴人には、何が起こったかわからなかったに違いない。しばらくの静寂のあと、「ワーワー」と満場の歓声が起こる。そこに「ア・キ・ラー」との声も混じる。あっ、この声はきっと姉さんだ。

 歓声が収まると、代官がおもむろに「勝敗は決した。アキラ・フォン・ササキ殿の主張を認め、グレンタール男爵の訴えを棄却する。これにて閉廷。」と宣言した。

『勝ったよ。格好もよかったしね。めでたしだ。』


 当初、ザラールは、『こんな子どもと剣を交えるのは名誉にもならない。叩き切るのも大人げないし、みねうちにでもしてくれるか。』と余裕であった。しかし、剣を持って対峙すると、アキラは全く隙を見せない。ところが、しばらくして、剣を右手にぶら下げて正面を空けた。

 ザラールは誘われるように、素早く撃ち込んだ。『これは罠だ。』と直感するが、身体が思わず動いてしまったのだ。案の定、軽く躱された。そして、同じように何度か翻弄されて調子が狂わされてしまった。次第に焦りが生じ、だんだんと集中力が途絶えてきた。

 そこに、自分には捉えられない速さで懐に飛び込まれ、鳩尾に剣の柄を撃ち込まれたのだ。実際、自分の目にはアキラの動きが見えなかった。

『自分は、もう引退の時期かもしれない。』

 ザラールは、心も同時に打ちのめされてしまったのだった。


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