7 天使の羽
今回のダンジョン攻略は時間が掛かった。早朝に潜り、もう深夜近い。いつものように、一度に2回攻略という離れ業はむりだ。今日は大人しく帰ろう。ということで、魔法陣で入口に戻る。もう遅いので攻略報告は、明日以降にしよう。
こうして僕らは屋敷に戻った。夜食に、バッグにストックしてあった暖かい皮付き豚の串焼きを食べたよ。皮はパリパリ、肉はジューシー。電子レンジで温めなおすよりずっと美味しいよ。この世界は便利だね。
翌朝、庭に出て、マリエラと宝箱から出た羽の検証を行った。
「何だろうね。」「どうやって使うんだろうね。」とお互い口に出しながら、色々いじってみる。それは、羽なんだから空を飛ぶための道具なのではあろう。
「持ってはばたくと、飛べるとか?」とやってみるがうまくいかない。
「もしかして、背中にくっつくんじゃない?」とマリエラ。
『なるほど。その発想はなかったな。』
僕がマリエラの背中に羽を近づけると、勝手に張り付き、大きくなった。
『わっ、天使みたいだ。』
「姉さん、天使みたいだよ。それで飛べる?」
マリエラは、・・・天使のようにゆったりと羽ばたき、ゆっくりと空中に舞い上がった。
『飛んだ!』
「姉さん、降りられる?」
マリエラは、ゆっくりと降りてくる。
『羽は、どうやって外すのかな。』と思っていると、マリエラが、両手を広げて、羽を手に収納する仕草をする。すると、羽は勝手に背中から外れて、その手に納まった。そのようにすべきと感じたそうだ。
「姉さん、すごいね。飛べる道具を手に入れたね。」
その昔、ヘルメスが、タラリアという有翼のサンダルを履いて、空を飛んだという。でもグリフォンの宝羽のように、飛びたいときに背中に装着できる方が便利だな。
「一緒に飛びたいね。次の休みに、14階にもう一度取りに行こう。」
早々に今度の週末の予定が決まったよ。
軽く空飛ぶ練習をしたあと、冒険者ギルドのトーリード支部に顔を出す。昨日は寄れなかったので、攻略報告をするためだ。
支部に着き、僕とマリエラは、受付で「14階攻略です。」と周りに聞こえないように囁くように伝えた。
受付嬢は、「しばらくお待ちください。」と奥に入り、僕らを「こちらへどうぞ。」と応接室に招き入れる。
いつものパターンだね。支部長が来るんだよ、きっと。
案の定、しばらくすると支部長のハンスがほかの職員を連れてやってきた。すっかり顔馴染みになったな。
ハンスは、「14階か。今度は、2人かい。階層の様子を詳しく教えてもらえないか。」と部屋に入る草々口を開く。
僕らは、ドロップアイテムを出しながら、「ケンタウロス、ガーゴイル、ユニコーン、ヒッポグリフにボスはグリフォンです。・・・」と階層の様子や魔物の強さなどの情報を事細かに伝えた。こうして話すと、結構な数の魔獣に遭遇したねと改めて思う。
「今回は、戦いにくい相手が多く、戦闘に時間が掛かりました。特に、グリフォンは相当の強敵です。ボス部屋に入って後悔しないように、皆さんに注意を促しておいてください。」と僕。
ハンス支部長は、「14階に挑もうなんていう連中は、まずいないよ。」と、「くっくっ」と笑いながら言った。
続けて、「宝箱から何が出たか聞いていいかい?」と尋ねる。
「空を飛べる羽がでましたよ。僕らが空を飛んでいても驚かないでくださいね。天使と間違えられて、騒ぎになるのは面倒ですので、あらかじめ伝えておきます。」と僕は答えた。
このあと、僕とマリエラは、支部を出でから昼食を済ませて屋敷に戻った。
そして、次の再攻略に向けて、一緒に武具を考える。
「防具は大丈夫だね。姉さんの魔盾の威力はすごかったな。包に込むようにして、身体を守っていたよ。痛くはなかったんだね。」
「そうね。つかまれても全然痛くなかったわ。」
「そうすると、問題は攻撃力だな。どうしようか。・・・」
「雷はあまり効かなかったけど、火はどうかしら。鷲とライオンでしょ。火に弱そうじゃない。」
『火か。そういえば、パイロキネシスは使えたけど、もっと強力な火炎球を攻撃に使える術式が遺跡文庫にあったな。それをインストールするか。可燃性ガスの成分を空中から抽出し、高酸素状態にして、ぶつかった時に爆燃焼を起こすように調整するのだな、きっと。』
「そうだね。ちょっと考えがあるのでやってみるよ。」と僕。
そのあと、その日は久しぶりに遺跡文庫をインストールして目が回った。
翌日からは、学園が引けた午後から、屋敷で火球を出す練習をしたよ。練習の甲斐があり、大きさが自在になった。
さあ、待ちに待った週末だ。14階層の再攻略に出発だ。
ダンジョンの入口から魔法陣で瞬時に14階層に到着した。今日は、少し飛ばしていこう。
2人でチェルニーに跨り、ケンタウロスやガーゴイルを蹴散らし、どんどん進む。ケンタウロスにビー玉程度の火炎球を試したら、連中、狼狽えてまともに戦える状態じゃなかったね。無数の火炎球を撃ち込んだので、熱い、熱いと飛び跳ねていたよ。
ガーゴイルは、石系だから火の攻撃は効かないよな、やっぱり。さあ、ユニコーンだ。火炎球を本格的に試してみよう。
前の時のように、草を食んでいたユニコーンの群れは、僕らを見付け、ドゥドゥドゥと力強く疾駆してきた。僕は、空中に直径30cmくらいの火炎球を作り、それを群れの先頭のやつに投げつけた。
「ドッカーン」と爆音がして、火炎球が直撃した個体のみならず、周囲の数頭が爆風で吹っ飛んだ。ほかにも、たてがみが燃えている個体もいる。結構な威力だ。この火炎球は、このように爆発させることもできる。また、包み込んで燃焼させることもできるのだ。
僕らは、群れが乱れた隙を狙い、おのおの武器を手に、群れに突っ込んだ。
「割と簡単に倒せたね。」と僕とマリエラは言葉を交わす。さて次は、ヒッポグリフだ。グリフォンを倒す練習になるな。
あっ、いた。ヒッポグリフだ。僕らを見付け、岩の丘から飛び上がり、3体で襲ってきた。
「さぁ、お見舞いだ。」僕は、直径50cmの火炎球を3つ作って宙に浮かせ、突進してくるヒッポグリフの頭部目掛けて撃ち込んだ。
グワン、グワン、グワンと3体の頭部に命中し、激しく爆発して燃えた。ヒッポグリフたちは、激しく頭を振るが、頭を覆う火炎は収まる気配がない。火炎球が頭から外れないのだ。
魔獣たちは、のたうち回り、そして頭を黒焦げにして絶命した。見ていて気の毒だったね。
さあ、ボス部屋だ。
いるいる。先週とお揃いのメンツだ。
従者には、直径1mの火炎球を作って、5体それぞれの頭部目掛けて撃ち込んだ。飛び立って躱そうとする個体もあったが、火炎球がふんわりとその動きに従って移動し、その頭を包み込む。そして爆発して燃える。逃げ回っても火炎はついてくる。逃げられやしない。
たいした戦いもせずに、5体の従者は黒焦げになった。焼き鳥の匂いが漂ったね。
さて、残るはボスだ。頭部だけで優に2mはあるな。相当大きな火炎球でないと威力がなさそうだ。僕は、ぐるぐると、宙に大きな火炎球を作る。ボスは、脅威を感じたのか、巨大な翼で羽ばたいて、作りかけの火炎球を消そうとするが、風なんかでは消えない。逆に、炎は勢いづいて激しさを増す。ゴーゴーと音さえし始める。
その時、ボスは、鋭く巨大な蹴爪で僕らに襲い掛かってきた。
今だ。僕は、3m近い大きさにも成長している火炎球をボスの頭目掛けて投げつけた。
グオォォォォォォーン。ボスの頭は、炎に包まれた。しかし、ボスは、消すすべもなく、激しく動き回る。僕らはその隙を窺いながら、ライオンの姿の下半身を徹底的に攻めた。切って切って切りまくる。
ドッドードッーン。轟音とすさまじい振動を立て、ボスは遂に倒れた。
大成功だったな。
さあ、お宝、お宝。やっ、期待通り、お揃いの白い羽が出てきた。よかった。これで、マリエラ姉さんと一緒に空の散歩ができるね。
その日から、僕とマリエラは、夜な夜な空の散歩を楽しんだ。季節もいいしね。月に照らされ、2人きりの散歩は気持ちよかったよ。もし目撃者がいたら、月の影に映る僕らの姿は結構シュールだっただろうね。