6 トーリード・ダンジョン第14階層~その2
「きれいだ。」思わずつぶやく。
「ユニ」は一つ。「コーン」は角。額に長く伸びた金色に輝く一本の角。そして、純白のしなやかなボディー、豊かなたてがみ。ここのユニコーンは、天使のような羽まである。しばらく、うっとりと見とれる。こんなきれいな魔物がいるのか。
「きれいな魔物だね、姉さん。連れて帰れないのが残念だな。」と僕。
「そうね。街でこんなのを乗り回したら気分いいだろうね。空も飛べるし。まるで、おとぎの国みたい。」とマリエラ。ここは、もしかしておとぎの国かもしれないなと僕は思う。
しかし僕らの耽っている感慨にお構いなく、ユニコーンたちは、歩を緩めない。ダンジョンの餌にしようと、僕らに襲い掛かる。やつらは、角があるせいか、見た目と違って獰猛なのだ。
10頭ほどが、角を立てて突進してきた。『長い角だね。』
僕たちは、羽のマントでふわりと浮き、ユニコーンたちを眼下にとらえる。白い身体に、金色の角が映える。
僕らは、遠慮なく「えいゃ」とその首を目掛けて、斧と剣を振るう。
ユニコーンたちは、それを長くて堅い一角で応じる。「カキーン」と金属音がする。結構堅い。また、長いので角を振り回されると、接近できない。
『一頭ずつ、馬乗りになって仕留めるか。』
僕らは、魔獣に馬乗りになり、背後から首筋に武器を打ち込んだ。
ユニコーンは、次々と、ヒヒーンといななき、ドゥと砂煙を上げて倒れる。これを何度か繰り返し、最初の一群は、全滅した。
そこには、純白の羽根の塊や金色の角がドロップした。
羽根は、超高級ドレスやマントの素材になる。軽くて丈夫で美しい。着れば身軽になり、また、剣も弾くそうだ。でも市場に出ることは、まずない。皇族には、代々伝わる秘宝の中に、ユニコーンのマントというものがあるらしい。
『姉さんにもこれでドレスかマントを作ってあげたいけど、皇帝の妃たちに嫉妬されるのも困るな。いっそのこと、仕立券付きで、皇室に献上しようか。それなら、姉さんの分を作ってあげても角は立たないかな。』と僕は考えた。
角は、粉にして長い時間をかけて煮出せば、上級ポーションが作れる。上級ポーションは、欠損した身体まで回復させ得る万能薬だ。飲み続ければ、死さえも克服できるという。ただし、そこまでの量を手にすることは、まず不可能だ。一生に一度飲むのも、王族や上級貴族でさえ難しい。だから、実際に試したって話は聞かない。古い文献の記述によれば、との話だ。
今度の一群は、空からの攻撃だ。
僕らにお腹を見せたら負けだよ。空中のユニコーンの群れにめがけて、僕は、その腹にミスリル手裏剣を目一杯投げつけた。
空からユニコーンがドサッ、ドサッと落ちてくる。手間が省けた気分だ。羽根に角がドロップなのは嬉しいね。たくさんゲットしたよ。
僕らを襲うユニコーンの群れを次々に撃退しながら、なおも進む。
すると今度は、荒野に出た。膝まで茂った一面の枯草。立ち枯れの木々には、カラスが群れで羽を休め、カーカーと大合唱だ。風景とも相まって、気味の悪いものだ。
『あれは、何かな?』
そこの小高い丘に、奇妙な形をした馬を一回り大きくしたような魔物がいた。鷲のような頭、翼、足が付いている。身体の後ろ半分は、馬か。これは、ヒッポグリフだ。「ヒッポ」は馬、「グリフ」はグリフォン。グリフォンと雌馬の間にできたとされる怪物である。馬肉や人肉が好物と聞く。
一体が飛び立つと、近くの丘に止まっていたほかの2体も一緒に飛び立ち、3体が僕らに照準を合わせてきた。
頭上を周遊し、「グルルルルー、グルルルルー」とけたたましい。
手裏剣を放ってみたが、鷲のような爪によって、端から弾かれる。おびえた様子もなく僕らを警戒しながら、じわじわと近づいてくる。バサッ、バサッ、バサッっと、重量感のある羽ばたき。と見る間に3体揃って急降下だ!
僕らは、手に持った武具で、襲ってくる爪をしのぐ。ガリッ、ガリッという、引っ掻くような、つかみ損ねたような鈍い音をさせ、ヒッポグリフたちは、また頭上に飛び去る。
しかしマリエラが、そこを狙って、雷剣を食らわせた。ドガーンと打撃音がして、1体のヒッポグリフを直撃する。その魔物は、グギャといいながらも、空上に逃げ去った。
「何度か当てれば効きそうね。」とマリエラ。
そうだね。僕たちは、空中戦はできないからね。襲ってきたときに、根気強く雷剣で雷を当てればいいね。
僕らは、先に進むことにした。ヒッポグリフたちは、頭上で周遊しながら、僕らに付いてくる。少しずつ数を増やしながら、気が付けば、20体ほどの大世帯になっている。いきなり襲ってくるのかな。
と思っていると、案の定、「グワッ、グワッ、グワッ、グワッ、グワッ」と一斉に襲ってきた。
近接戦だと逆に楽だ。マリエラは、盾で攻撃をかわしながら、雷を放ったり、メイスでぶっ飛ばしたり、ヒッポグリフたちを弱らせる。僕は、斧を手に、最接近するまで我慢だ。そして、一閃。鷲のような前足を胴から切り離すのだ。
グオッーと叫び声を上げ、いったん空に逃げるが、しばらくすると力尽きて原野に落下する。僕らは、それを1体1体仕留めるのだ。
こうして、20体を仕留めたが、時間が掛かったね。
ドロップアイテムは、くちばしと立派な羽根だ。羽根は、黒光りしているので、男性用の羽マントかな。『くちばしって何に使うんだろう。』と思っていると、マリエラが、「グリフォンやヒッポグリフのくちばしは、上級ポーションの素材になるのよ。こんな珍しいもの・・・話だけで見たことなかったわ。」と、実家がポーションを扱っていたこともあり、感慨深そうに手に取った。
相当珍しいものだよね。ユニコーンの角は、主に怪我に効き、グリフォンやヒッポグリフのくちばしは、主に病気に効くとのことだ。グリフォンのものは、万能の解毒作用というオマケも付くらしい。それにしても、どちらも、そこらに売っているようなものではないよ。
今回は、戦闘にずいぶん時間が掛かっている。ボス部屋に入る前に、軽く食事にした。腹が減っては戦はできないからね。少し休んで気力、体力そして魔力を回復した。さて、いよいよボス部屋だ。何がいるかな。
ボス部屋には、巨大なグリフォンが鎮座していた。従者のグリフォンは、5体だった。
『ヒッポグリフ』の次は、やっぱりグリフォンだよね。グリフォンは、鷲の上半身と、ライオンの下半身の魔物だ。鳥の王者と獣の王者を合体させたので、その強さは比類ないとのこと。鋭いかぎ爪をしていて、このボスは、像くらいは簡単に捉えられそうだ。
これは、強敵だ。ここは、チェルニーに巨大化してもらって、支援してもらおう。
「チェルニーお願い!」と声を掛けると、たちまち像くらいの体高に巨大化した。
5体のグリフォンが唸りながらやってくる。マリエラの雷剣からバチバチバチと雷が放たれ、グリフォンたちは、一瞬、動きが止まるが、ダメージは殆ど見えない。
僕は、動きが止まった時を狙って、両手の斧を振りかざし1体のグリフォンに襲い掛かる。グォーンと、思い切り胸のあたりに斧を叩きつけた。『少し削ったか?』傷は付けたが、効いている様子がない。強いね。王級の魔物だからな。
マリエラの雷剣と僕の斧で休む暇なく攻撃する。わっ、くちばしで突かれて、後ずさりしちゃったよ。すごい威力だね。チェルニーも隙を見て、首に食らいつく。堅い身体だ。なかなか牙も食い込まない。僕らは、羽マントで舞いながら、グリフォンの背中に乗って、首筋に斧や剣で攻撃し、頭蓋骨をメイスで叩き、そこから飛び降りては、後ろ脚を攻撃するなど、絶え間なく、いろいろ手を尽くして攻撃した。そしてだんだんと、1体、2体と弱ってきたので、1体ずつ止めを刺した。
こうして、2人と1神獣で、5体のグリフォンを相手にして、ようやく最後の1体を仕留めたよ。時間のかかる戦いだった。
さて、ボスだ。なんと巨大なのだろう。こんなの倒すのには丸1日かかりそうだ。でも今日中に戻らなくちゃ。僕らは、ボスの3方から攻撃を繰り出す。雷と斧と牙だ。
像もつかめそうなかぎ爪だ。その大きさは、僕の何倍もある。そのかぎ爪で僕らをつかんで、くちばしで切り裂こうとする。
わっ、一瞬の隙にマリエラがつかまれた。
『あーあ、つかまれちゃった。』とマリエラは思った。しかし、つかまれても潰されはしない。痛くもない。魔盾も、マリエラの身体を守るように展開している。防御の指輪やネックレスだって、たんと身に着けている。そこのところは、安心だ。ボスは、マリエラをくちばしのところまで持ち上げ、くちばしを大きく開く。
『いまだ。』
僕は、ありったけのミスリル手裏剣を、ボスの口の中に撃ち込んだ。
「ぐわっ」とボスは、マリエラを放り出し、身もだえる。僕は、そこを羽マントで舞って、背中に飛び乗り、首筋の羽根をむしり取り、そこから斧をガンガンガンガンと高速で撃ち込んだ。ボスの抵抗は激しい。背中から振り落とされた。地面に降り経つと、今度は、身体の下に潜り込み、ライオン部分の腹を、何度も何度も切り付ける。するとボスは、ようやく首をうなだれ、ズズズズーンと、地に沈んだ。大変だったね。
ここでも、羽根とくちばしがドロップした。半端ない大きさと量だったけどね。
さて、宝物は何かな。
「うん? 羽?」
そこには、一対の白い羽が収まっていた。