2 姉弟デート
入学から1か月ほど経ち、学園生活も落ち着いてきた。気候も穏やかになり、人の着るものも薄手になってきている。元の世界では、ゴールデンウイークあたりの気候かな。
今日は、学園が休みでマリエラもオフの日曜日だ。姉さんの季節に合った外出着を買ってあげよう。
僕は、週末はいつも通り昨夜から屋敷に来ているマリエラと一緒に朝食を取り、馬車に乗って屋敷を出た。
城壁内は、貴族や大商人の屋敷が並ぶだけあって、高級店が多い。登録人口も3万人程度はいる。登録というのは、人頭税を課すために、住民は登録を義務付けられているのだ。また、各住民には、建物や馬車を有している場合には資産税、雇用するメイド等の数に応じた雇人税、奴隷を有する場合は奴隷税、商人には流通、物品税、農民は耕作面積に応じた耕作税等を課すために、それらの事項も登録させる。
登録事項は、毎年、定まった日に更新がされ、あらためてその内容に従った課税となる。そのため、その日の何日も前から手続きのために役場が混雑をする。
公領間の大量又は高額の商品の移動には、移出の際に流通税がかかる。移出先の地で関税や物品税を課すのに、産地で課税できないとすると、産地では自領で売れば可能な課税の機会を失うことになるのだ。そのため、他領からの移入品は、税金の上乗せで、価格が高くなる。しかしこれが、自領の産業保護にもつながることになる。
登録証がないと、城門を自由に通ることもできない。登録証を有さない外部から来た者には、通行税もかかる。そのような者が、街の中に商品を持ち込む場合は、それにも通関税がかかる。そのほかにも鉱物を掘り出す採掘税、宿に泊まる宿泊税、飲食店で飲食をする飲食税などもある。ダンジョンの入場料も一種の税金だ。
どこの世界でも税金のオンパレードだ。
まず、トーマス商会に立ち寄る。ここでは、最初に美容ポーションの売れ具合を確認することになる。お互い商売優先なのはやむを得ない。僕たちが店に入ると、早々に支店長のエルンストが応対に出る。
「ポーションの売れ行きは、順調でございます。貴族、大商人の奥方、ご令嬢だけではなく、最近では、女性冒険者やメイドたちまで、お買い求めになられます。」
女性冒険者は、マリエラやシルビアの姉さんたちを見れば、自分でもほしくなるよね。切り傷、かすり傷なんて、仕事柄しょっちゅうだろうけど、きれいに治ってしまうからな。
「1瓶小金貨4枚と高級品なのですが、メイドたちであれば、1瓶で1か月は持ちますので、給金の半分を注ぎ込み、頑張った自分へのプレゼントといったように、働くことの励みにしているようでございます。空瓶を中銀貨5枚で引き取る雑貨屋もございます。」
励みになるのは嬉しいけれど、僕が彼女らの給金を半分も取り上げてしまっているようで、良心が疼く。空瓶が売れるといっても1割程度だ。
「彼女たちは、ご自分の価値を上げることにもなり、それで給金が上がったり、他家から高給で引き抜かれたりすることもあるようですので、アキラ様がご心配されることではございません。」
先手を打たれたよ。トーマス商会の帝都支店長ともなると、やはり頭の回転が速いな。
ちなみに、僕の家のメイドには、普通の給金のほかに、月1瓶のポーション付きだ。待遇がいいね。作るのを手伝わせておいて、あげないのは気の毒だったこともある。真剣な顔をして、出来上がった製品をじっと見つめていたからな。
「そういえば、ある女性冒険者から妙なお話をお聞きしております。美容ポーションの空き瓶に、身体回復ポーションを入れておくと、目に見えて効果が高くなるというのです。実話のサンプルが多くあるわけではありませんので、どこまで信用できる話なのかはわかりませんが。」
あり得る話だ。なにせ容器は、トーリード・ダンジョンの15階層産だからな。魔素が濃いはずだよ。
情報交換を終え、服飾部門に案内される。マリエラは、ここで既成の外出着を何着か揃え、同じく訪問着をオーダーする。金髪の豊かな大柄の美人なので、何を着ても似合う。夏服から覗く二の腕は、無駄なく引き締まり、また、肌艶も際立っている。
試着は、まるでファッションショーみたいだ。格好いいね。ほかのお客さんも、ちらちら、こちらの様子を窺っている。僕の姉さんだからね。自慢の姉さんであることを再認識したよ。
靴、帽子、アンダーウェアその他小物もこの店で揃えた。トータルファッションだ。
購入した服は直しがあるから、あとからまた店に寄ることとし、僕らは、馬車を残して徒歩で街を散策する。日曜日でもあり、人通りが多い。城壁内は、騎士の見回りも頻繁で、治安が良く保たれている。
書店、魔道具店、食品店など、歩きながらウインドウから中を覗く。店内も、結構賑わっている。この世界には、どんなものがあるのか、今度ゆっくり調査をしようかな。
「あれっ、ここって?」ぶらぶらするうちに、先日シルビアと買い物をした武具屋「リザードマン」に行き当たった。僕らが倒した恐竜の革製鎧を売っていた店だ。マリエラにも記念に買ってあげようと、中に入る。
「いらっしゃいませ。トカゲの革製品は、新しいものが入ってきていますよ。」と店主は僕を覚えていて声を掛ける。
「それは、ダンジョン産?」と念のために尋ねる。
「もちろんです。皮がたくさん採れたので、お値段もお安くなっていますよ。」と店主。
『いっぺんに卸すと値崩れするのか。でも、皆が買える値段になるのなら、それでもいいな。』と考えながら、「見せて下さい。」と言って、僕らはそれらを手にする。革鎧、籠手、バッグ、ベルト、靴、帽子などなかなか出来が良い。
僕の造形の力は、これらの物が作れるわけではない。アクセサリーや容器のような、染め縫いが不要なシンプルな造形だ。出来上がったものがシンプルというわけではない。工程がシンプルな場合に限るのだ。革の加工になると、一枚皮を三角や四角に切り出したり、なめしたり、スライスしたり、はく製を作ったりするのがせいぜいだ。はく製は、実物の模型を作って、剥いだ皮を着せるだけなので、製作の工程が複雑というわけではない。
「姉さんに似合いそうだね。」いろいろマリエラに当ててみる。
「記念品だから、気に入ったものを頂いていかない?」と、マリエラと恐竜を倒しながらダンジョンを駆け回ったときのことを思い出し、彼女の目を見て微笑んだ。マリエラも同じことを思い出して微笑み返す。
マリエラには、頭から足まで恐竜トカゲの革製品一式を買い揃えて、店を出た。
そのあと、遅いお昼に食事処に入り、川魚のカレー味スープ、チーズたっぷりのポテトグラタン、子羊の腿のソテーと豪勢に食事をした。食後は手をつないで街をぶらぶらし、トーマス商会で直した服をピックアップして、夕刻に馬車で屋敷に戻った。姉弟デートの楽しい一日であった。