第9章 謀略 1 部屋の主
豪華な部屋である。部屋の主は報告を聞いている。主の面前には、黒装束の3人の者が控え、そのうちの首領らしきものが、たった今報告を終えた。
「また失敗なのか。お前たちほどの手練れがのぅ。」
馬車の暴走も岩石の雨も、アキラという少年に簡単に防がれてしまった。ダンジョンの件では、公爵令嬢がターゲットであることを知る者も多くなってしまい、令嬢に対するこれ以上の直接攻撃は、あまりにも目立つ。ダンジョンの襲撃は、大騒ぎになればなったで、貴族の子弟を危ない目に遭わせたと、公爵を責めることができたのだが、上手に揉み消された。
「娘への攻撃は、しばらく中止だ。公爵でよい。ひとまずアキラからでもよい。潰す材料はないのか。探してまいれ。」
アキラは、神獣を従えており、エリザベートの護衛も担っているという。エリザベートに効果の薄い攻撃を繰り返しても、そのうち尻尾をつかまれるのがおちだ。作戦は変更するのが賢明であろう。
「御意。集めている最中でございます。もうしばらくお待ちください。」
「わかった。急げ。」
その言葉を最後に、黒装束の者たちは、その部屋を去った。
第三皇子がエドモンド公爵令嬢と婚約をしたのは、何年も前だ。皇帝が発意し、元老院で合議のうえ承認されたのだ。皇帝が発意をすれば、元老院の承認は形式である。
ここエルトパルト帝国では、元老院は、皇帝の諮問機関で、年齢は20歳以上、男子20人の議員からなり、大臣も議員から皇帝が指名する。大臣は、財務、内務、国防、司法の4分野にそれぞれ1名いる。元老院の議員は、上級貴族の世襲が基本だ。
高齢による辞任や死亡による退任で議員に空席ができると、元老院で人選して皇帝の同意のもとに決定する。お互いに自分の子息を議員にしたいがために、談合して次を決めるので世襲になる。10の公領の公爵と有力な5人の侯爵はほぼ指定席だ。あとの5席は、そのほかの侯爵家と帝都内の伯爵家が占める。
時折、議員の跡取り子息が資格年齢に達しないために、他の上級貴族が選任されるが、跡取り息子が資格年齢に達すると、その上級貴族は辞任をして席を譲る。裏では結構な金額が動くらしい。
貴族の跡取り息子以外は、男子であれば、入り婿にいったり、貴族出として役人、騎士、執事になったり、女子であれば、皇族や他家の貴族に嫁ぐか、やはり貴族出として、大商人などに嫁ぐ例が多い。
エルトパルト帝国は、帝都の皇族直轄地のほか、10の公爵領があり、公爵領ごとに、3~5の侯爵領、伯爵領、子爵・男爵領とピラミッド型に統治がされている。帝都には、皇帝の下に5人の伯爵がいて、それぞれ4~5人の子爵・男爵がいる。
アベール河の北側には4つの公爵領、帝都の南にはカイン河が流れ、その南側に6つの公爵領がある。帝都は、アベール河とカイン河に挟まれた一帯に広がる。カイン河は、下流でアベール河に合流する。
北部の特産品には、鉱物、毛皮、羊毛、木材などがあり、南部の特産品には、木綿、香辛料、甘味、オリーブ、塩、タバコなどがある。塩は国の専売品だ。最南端の公爵領のさらに南には、茶色く濁った大きな川を挟んで、帝国の支配が及ばない密林地帯があり、少数民族がいる。川の北側は、肥沃な穀物地帯だ。麦、コメ、サトウキビなどが栽培されている。
また、南部には海を越えたところに大きな島又は別の大陸があり、そこにも帝国の統治が及ばない地域がある。そこを拠点とした海賊もいる。したがって、南部の方が、兵力が厚く、防塁や砦も多い。帝国の統治が及ばない地の人族や海賊に攻められることもあり、貴族たちが有する騎士たちにも実戦経験者が多くいる。南部は血の気が多いので、領地間でも小競り合いが絶えない。そのために、隠密部隊を抱えている領主も多い。知力の北、武力の南と揶揄する者がいる所以である。
皇帝がなぜ第三皇子を最有力の公爵家の令嬢と婚約させたのかは、誰も知らない。第一皇子には、南方では最有力公爵家のウリザード卿令嬢と婚約させており、その令嬢は学園の2年生である。令嬢は、3年間の学園を卒業し、18歳になった年に正式に第一皇子と結婚することになる。武力の南を象徴するかのような逞しい令嬢だ。第二皇子は、帝都の有力な伯爵の娘と婚約しているが、皇帝を継承する意思も背景も見えていない。
年齢や結婚の相手、時期を考えると、第一皇子が次期皇帝の最有力候補だ。しかし、ウリザード公爵よりもエドモンド公爵の方が、公領の規模が大きく、また、武力は別だが、財政も統治力も政治力も格上だ。したがって、エドモンド公爵が後ろ盾になれば、第三皇子にも十分に脈はある。
そのため、元老院の議員の中では派閥争いがかまびすしい。第一皇子派、第三皇子派、中立と、ほぼ同数で3派に分かれている。第一皇子派は南部派、第三皇子派は北部派ともいえる。誰もが自らの権益を求めて派閥抗争を繰り広げている。
部屋の主は、そんな南部派の元老院議員だ。黒装束の者らが去った後、その豪華な部屋で一人椅子に座り、「北の思う通りにはさせんぞ。わしを邪魔する者は許さん。第三皇子との婚約は潰してやる。」と独り言を吐いた。