15 トーリード男爵
日曜日の朝、姉さんとベッドでゆっくりしていると、テレパフォンが鳴る。
『お早うございます。どうされましたか。』
『今から迎えに行くから、一緒にトーリード男爵邸に赴いてほしい。』と公爵。
公爵からの連絡だ。すぐに手を打つのはさすがだが、何で僕が一緒?
僕の疑問を見越したかのように、『昨日の目撃者であることが口実で、トーリード・ダンジョン15階層で神獣を使ったとして、男爵にチェルニーを見せてほしい。その目で見れば、逆らってはいけないという牽制が働くからな。実は男爵の立ち位置が完全に読めているわけではないのだ。』と言う。
なるほど、なかなかの策略家だな。公爵も。
『わかりました。お待ちしております。』と僕は答えた。
僕らは、朝食を急いで済ませ。公爵の馬車が到着するのを待つ。マリエラは、エリザベートの護衛役を務めるために、一足先に公爵邸の自室に戻った。
公爵の馬車が到着する。マリエラは、騎馬でこれに続く。馬車には、公爵とエリザベートが乗っている。神獣の白猫ベリーも一緒だ。僕は公爵の馬車に乗り込んだ。
「男爵には、私から説明する。アキラ君は、私の指示に従ってくれればいい。」と公爵。
「わかりました。」と、馬車内で打ち合わせをしている間に男爵邸に着いた。
「ようこそお越しくださりました。」執事やメイドたちが、僕らを迎える。
なかなか訓練されている。こんなちょっとしたことで、主人の人柄や手腕が窺えるものだ。
客間に通され、すぐにトーリード男爵と令嬢アマルダがやってきた。
「昨日は、ありがとうございました。とても素敵なネックレスも頂戴して、お礼の言葉もございません。」と首に掛けたネックレスに手をやりながら、アマルダがあいさつをする。
ネックレスは、防御用だが、普通にしていても素晴らしい品である。碧い瞳に合わせてサファイアを選んである。上品で可愛らしいアマルダにとてもよく似合う。個人的な贈り物でないのが残念だ。
あいさつを交わして、アマルダはエリザベートをいざない茶室に向かった。
公爵が男爵邸を訪れるというのも招待された場合を除けば異例だ。客間には、男爵に公爵と僕が残る。人払いをし、護衛も室外に立つ。
「公爵が真っ先に動かれるというのは、狙われたのはエリザベート様ということですか。」と男爵は、ストレートボールを投げてくる。頭の回転が速い。公爵相手に度胸もある。
「察しのとおりだ。」と公爵。しばらく沈黙の後、公爵は、表面的な事実をかいつまんで話した。
「アキラ殿、貴殿は落石がすぐに襲撃であることに気が付かれましたね。なぜ、引き返しませんでしたか。」と話をひととおり聞き終えた男爵が、僕に向かって尋ねる。ギルド支部長も同じ質問だった。誰もが聞く質問か。
「証拠品は、すべて回収いたしましたので。」僕は涼しい顔で答える。
そして、「男爵が私の立場でしたら、安全が確保されていながら、襲撃されたからといって戻られますか。」と聞き返す。
「・・・安全確保が条件ではあるな。」
「それでしたら、Sランクの冒険者2名、各自に防御のネックレス、それに・・・・。」
僕は、ここぞとばかり、神獣を呼び出した。「チェルニー!」
「この子も付いておりました。」
そこには、巨大な黒ピューマが姿を現していた。
話しには聞いていたはずだが、さすがの男爵も息を呑む。慣れている公爵でさえも、一瞬引く。漆黒で巨体のチェルニーは、それだけの迫力を漂わせている。
僕は、チェルシーに近寄り、その顔を撫でまわして、男爵に紹介する。
「僕の従者です。一緒にいると安心ですよ。あと、同じ神獣で白のベリーがいますが、いつでもエリザベート嬢を警護しています。先日もそうでした。今もですけど。」
「わ、わかった。わかりました。上策でしたな。貴族の子弟ばかりのパーティーがダンジョンで襲撃されたとあらば、事は国を挙げての大事となる。相手の思う壺だ。」と男爵は、思わず吐息を漏らした。
そのあと、僕はエリザベートたちがいる茶室に案内され、公爵と男爵は、2人で客間に残った。
茶室では、エリザベートとアマルダ、そしてその妹と弟が談話の最中だった。エリザベートとアマルダの冒険談を、妹たちが目を輝かせて聞き入っている。子どもは、冒険談が好きだからね。アマルダは、妹イゾラと弟ウミールの3兄弟である。皆、貴族としての品位がある。男爵は、子育てもしっかりしているな。味方であれば、頼りになりそうだ。公爵は、味方に引き入れるための工作をしている最中だろう。
「お姉さまに素敵なネックレスをくださったアキラ様ですね。」とイゾラは女の子だけあって、ませた物言いをする。
続けて、「お姉さまは、美容ポーションできれいになって、ずるいのです。」と、ネックレスが、あたかも美容ポーションのお陰ででもあるかのようなことを言う。アマルダは、恥ずかし気にうっすら頬を染める。『あっ、可愛い。』姉妹のやり取りって、聞いていて面白いね。
しばらくの間、こうした雑談に花を咲かせ、それから男爵邸を後にした。
公爵たちが去って、男爵は一人、書斎で葉巻をくゆらす。南方からの高価な輸入品だ。同じ男爵でも、帝都の、それもダンジョンを有するトーリード領の男爵は、別格だ。地方の伯爵レベルの権勢をほしいままにしている。
『エドモンド公爵とつながりを持つのは悪くない話だな。』
『それにしても、アキラ殿の胆の据わり方は見た目からは到底想像できない。能力も異質だ。神獣もそうだが、娘に与えたネックレスは、皇族でも手に入れるのが困難な品だ。護衛何人分もの働きをする。それも眺めて飽きないほどの凝った意匠と見事なサファイア。それをパーティーメンバー全員に贈ったとは・・・。』
男爵は、しばらくの間、思考が行ったり来たり、繰り返しになっていることに気づき、ふっと笑って頭を振った。脳裏に刻まれたアキラの姿は、そんなことでは到底追い払うことなどできなかったが。