第2章 カラティアへの旅 1 旅立ち
次の目的地がどこなのか、おおよそのことしかわからない。距離もわからなければ、ファーフナ―の飛翔スピードもわからないので、一体どれだけの日数がかかるのかわからない。
途中、食用の獲物を狩ったり、水を補給したりする必要もあり、ずっと飛んでいられるわけでもない。天気だって、風のない晴天ばかりではなかろう。何事もそうであるが、準備が全てである。ことが命がけである以上、「想定外」は、あってはならない。
いくら空を飛ぶとはいえ、旅客機ではない。ファーフナ―だって、疲れるしエサもとる。最高速度はせいぜい30~50Km/hrか。僕だって時折地上に降りないと我慢ができない。いいところ、1日、午前中3時間、午後2時間として、150Km位は進めるか。
本州縦断でおよそ2,000Kmなので、感覚に過ぎないがその半分として、1,000Kmで7日か。そして、雨で飛べない日も2~3日予定しておかなければいけないので、10日分くらいの野外キャンプの準備は必要そうだ。
人が生きるためには、衣食住が必要だ。着替えは、人に会うわけでもなし、2着もあればよかろう。雨に備えて、なめし皮のポンチョも用意する。飛行中の風よけにも使えそうだ。履物は、革の草履を何足か持つ。
食は面倒だ。肉や魚の燻製のような携帯食と、水、野菜、果物、薬草を適当に用意しよう。それから、持参する獣の肉塊や途中狩った獲物を調理するナイフやバーベキューセットも是非ほしい。住は、雨をしのげるテントだが、工房に鹿革の簡易なものを作ってもらおう。
木の食器類も整えた。そのほか、火打石、松明、物を包んだり、尻を拭いたりする葉っぱ、物を縛る縄など、必要そうなものを洗い出す。
準備を手伝いながら、エミルは寂しそうな表情をする。別れが近いことを感じているせいだろうか。僕が朝起きたときにエミルの顔が近くにあることも、最近は多い。僕の顔を覗き込んで、何を考えているのかな。
エミルは、アキラが落ちてくるまで、あまりにも当たり前の日々が繰り返されることに飽きが来ていたのだ。そして、せっかくできた外との繋がりが、ここで儚く消えてしまうことに、どうしようもない寂しさを感じていたのだった。
それでも、準備は着々と進む。荷物は大きな籠に分けて入れ、僕も草で編んだ大きなリュックを担いだ。水は、革で作った大きな水筒だ。大量に入る。動物の皮で作るものが多く、獣は生活の必需品だ。僕は、加工のお礼として、鹿、イノシシ、熊を獲り、現物を置いてきた。準備は完了だ。
ここに来て、もう2か月は経つ。世話になった皆に別れを告げて、さあ出発だ。
村長からは、餞別に翡翠の短剣をもらった。半透明の深緑の刀身、柄は木と革、鞘は革でできている。見るからに、ただものではない気品を感じさせる。翡翠はこの世界にもあるのか。元の世界では、特に古代中国で珍重された玉と呼ばれる宝石である。これがほしくて戦争さえ起こりかねない貴重な品だ。僕は、何度も礼をいい、短剣を押し戴いた。
朝早く、ファーフナ―に飛び乗り、村の皆に別れを告げた。エミルは涙目で僕をしっかり抱きしめ、お別れを言ってくれる。後ろ髪を引かれながら、僕は、一回振り返って思い切り手を振り、そして太陽に向かって飛んだ。眼前、眼下には広大な森林地帯が広がる。目に入る一面が緑一色だ。遠方は霞んで見える。日の光は結構眩しいが、新しい一日に挑んでいるといった、わくわく感が心底からこみ上げてくる。
飛べるときは、なるべく高速で飛びたい。風が身体全体に当たって心地よい。この地は、まだ夏の終わりだ。日照がじりじりと肌を焼く。ひたすら、ただひたすら飛ぶ。3時間くらい飛んだであろうか、川が見えてきたので、その辺で一休みをしよう。川辺の開けた場所に舞い降りた。
昼食の時間には少し早いが食事をする。ファーフナ―には、近場で自由に狩りをさせる。一日分の食事をするがよい。僕は、朝作ってもらった弁当を食べる。堅パンと干し肉に果物だ。そしてそのあと、1時間ほど昼寝をする。目が覚める頃にファーフナ―も満腹の様子で戻ってきていた。では、出発だ。後半も3時間は飛んだが、ドラゴンも満腹だとスピードは落ちる。どうだろう、今日1日で200kmは進んだだろうか。
初日は順調だ。だが、明るいうちに野営のサイトを見つけてテントを張らないといけない。まだ時間は早いが、森の中に開けた場所を見つけ、そこに降りた。テントを張り、調理用の石板をセットし、1回分にカットした葉っぱで包んだ鹿肉を、石板で焼く。500gくらいか。癖がなく、低カロリーであっさりしているので、このくらいの量ならペロリだ。
火を起こして、石板を熱してから焼くので準備に時間がかかる。明日の朝分のウサギ200g、昼のイノシシ200gも一緒に焼いておくことにしよう。岩塩と香草で味付け(兼傷み防止)をしているが、バーベキューにすると実にうまい。早めに寝よう。ファーフナ―は、既に横になっている。僕は、火の始末をして、テントで寝た。旅の1日目というものは、往々にして充実しているものだ。
旅の2日目である。薄曇りであるが、日の昇る方角はわかる。昨夜焼いたウサギを食べる。ウサギは、鶏に近い味か。昔は、数え方も1羽2羽だった(味とは関係ないが)。食後直ちにテントを片付けてファーフナ―に跨った。時間が惜しい。天気が崩れないうちに行動しよう。
前半3時間飛ぶが、天気のせいか寒さを感じ、昨日ほどは進んだ印象を受けない。ファーフナ―には、狩りの時間だ。僕は、昨夜焼いたイノシシ肉を食べて昼寝だ。イノシシは、豚より肉々していて噛み応えがある。噛めば噛むほど旨味を感じる。
後半は、2時間余の飛行であった。今日も昨日と同じ、どこまで続いているのかわからないほどの森林の上空を、飽くことなく飛んだ。天気の変化が心配だったので、早めに野営地を探して降りた。雨を心配したが、何とかもった。食事は昨日と同じだ。調理器具は、バーベキュー用の石板だけなので、やむを得ない。煮込み料理も食べたい。早く目的地に着きたいものだ。
旅の3日目、朝から小雨だ。まだ3日目なので、小雨の中、ポンチョを着て飛ぶ。だが、2時間で限界だ。今日はこれで終わりにしよう。まだ、半分も来ていないのではないかと感じるが、ここで無理をする必要はない。ファーフナ―には、好きに狩りをさせて、僕は狭いテントで身体を休める。夕食は、雨で作れないので、干し肉をかじる。
旅の4日目。晴れた。朝は干し魚をかじりながら、テントをしまい、出発する。昨日の分も距離を稼ぎたい。4時間、ぶっ続けで飛ぶ。森林、小高い山々、所々の平原、川、湖など、変化が現れてきた。湖畔が見えたので降りてみる。透明度の高い美しい湖だ。湖面を眺めると、マスに似た30cmくらいの魚が群れをなして泳いでいる。
魚を獲って串焼きにして食べたい。僕は、急いでエアー釣り竿で10匹ほどを釣り上げる。森で串用の手ごろな枝を翡翠の短剣で切り落し、また、薪用の枯れ枝を集めた。そして、釣った魚の腹を裂いてわたを抜き、串に刺して焚火の周りに並べた。これが香ばしくて美味しいのだ。採取したキノコも一緒に炙る。また1匹、また1匹と、たちまちのうちに5匹は食べたか。さすがにお腹は一杯だ。
ふと気が付くと、ファーフナ―は、湖の真ん中あたりで下の様子をうかがっている、と見る間に急降下して、大きな生き物を捕まえた。あれは何だ。ジュゴンに似ているが、湖にそんな生き物がいるのか。人間の倍近い大きさで、丸々としており、100kgは超えそうに見える。ファーフナ―にとっては大変なご馳走だ。ジュゴンは美味しいと聞く。僕も一口食べてみたかったが、ペットの餌を横取りするのも沽券にかかわるので、機会を待つことにした。
予定の半分くらいは来たし、湖畔の空気や光があまりにも心地よいので、今日は、もうここでテントを張って休むことにしよう。湖畔を散策し、キノコを採取し、大いにリフレッシュした。夕食は、飼主権限でファーフナ―に命じてジュゴンもどきを獲らせ、僕の分として5kgの塊を切り分け、あとはファーフナ―に下げ渡した。霜降りのクジラ肉に似た豪勢な味であった。きっとほ乳類だな。絶滅危惧種でないことを祈る。
旅の5日目。引き続き晴天だ。昨日焼いた魚の串焼きを頬張り、出発した。森は続くよ、どこまでも。初日と同じく、前半3時間、後半3時間で順調に一日を終えた。いったんテントを張ったが、夕方になって暗雲が立ち込めてきたので、近くの岩山の麓の洞窟に避難することにした。大きな洞窟だ。入口は、ファーフナ―が寝転ぶスペースもある。食事は、ジュゴンもどきを焼いた残りだ。冷めても美味しい。目的地まで7割方制覇か。