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6 シルビア大姉さん

 翌朝、トールウォールの拠点では、沈んだ空気と高揚した空気とが入り乱れた、表現しにくい雰囲気が漂っていた。

 自分たちだけでは、12階層のボスに全く手が出なかったという挫折感と、リーダーが昨日帰りがけに寄った冒険者ギルドで、買取を求めた獲物が、まだ正式ではないにせよ、大金貨20枚にもなりそうだという話を聞いてきたことによる。それも、マジックバッグを含めない金額でだ。一回でこれだけの収入は、これまでにない。

 しかし、自分たちの命が助かったということも、これだけの獲物を得ることができたことも、シルビアが連れてきたアキラたちの参加という全くの偶然であったという頼りなさは、皆の気持ちをさいなんでいる。


「あれがSランクの実力か・・・・。」とアルバートが呟く。

「あの少年・・・、Sランクだったんですか?」と誰かが尋ねる。エドモンド公領のダンジョン攻略のことを、ここの誰もが知っているわけではない。アルバートは、自分の知っている、そこでのアキラとマリエラのダンジョン攻略のことを皆に話して聞かせた。

「そんなこと、おくびにも出さないで、せっせと獲物を回収したり、僕らに暖かい料理やビスケットまで用意してくれていたんだね。」と誰かがぼそりと呟いた。

 そうこうしているうちに、拠点のドアがノックされ、アキラが元気よく飛び込んでくる。


「シルビアさんをお迎えに上がりました。」と僕。

「昨日はありがとう。シルビアも身体を治してもらって感謝のしようもない。」とアルバート。

 それから僕らは、奥のシルビアが横になっているベッド脇まで行く。

「用意はできてる?行くよ。馬車まで負ぶってあげるよ。」と僕。

 シルビアは、くすっと笑って「昨日はありがと。用意はできているわ。行きましょう。」と僕に負ぶさった。荷物は、リュック1つだけだ。また戻る予定だからね。

「すぐに帰ってくるからね。待っててね。」とシルビアは皆にあいさつをして拠点を後にした。


 馬車で帝都中心部にある僕の屋敷に着いた。

「着いたよ。」と言うと、馬車の窓から顔を出す。

「こんなところに住んでいでるの?」と一瞬引く。

「そうだよ。シルビアさんには、3階の部屋を取ってあるよ。」と、僕は、玄関に着けた馬車から、シルビアを背負って、3階まで一気に駆けあがった。

「ここが僕の部屋、その隣がマリエラ姉さんの部屋、そしてその隣がシルビアさんの部屋だよ。」と部屋の中に入る。

 ベッドに寝かすと、シルビアは、「何このふわふわのベッド?」と落ち着かない様子で身体を揺する。

「ダンジョンで落ちたふわふわの羽を使って作ったベッドだよ。特別製だ。」と僕は、説明する。シルビアからは、声がなかった。


 昼食と夜食は、シルビアのベッド脇に運ばせて、僕も一緒に食べた。

「どれも美味しいわね。」とシルビア。

「料理人が優秀だからね。どんどん食べて栄養を付けて。」と僕。

「・・・何でこんなことまでしてくれるの?」シルビアは真顔になって尋ねる。

「マリエラ姉さんの先輩でしょ。だからシルビアさんは、僕の大姉さんになるんだ。大姉さんを大切にするのは当然だからね。」と僕は普通に答える。


 シルビアは、わかったような、わからなかったような顔をしながらも、何も言わなかった。

 夕食時に、「食後にお風呂に入るといいよ。ダンジョンの埃は、しっかり流しておかないとね。」と僕はシルビアに伝えた。シルビアが、「風呂があるんだね。入りたいよ。」と答えたので、僕はあとで呼びにくると言って、いったん部屋を出た。湯加減を見に行ったんだけどね。


「シルビアさん、お風呂が沸いたよ。そのままでいいから出てきて。」と僕はドアを叩きながら言う。シルビアがもう動けることは、先ほど確認済みだ。シルビアは、自力で出てくる。

「着替えは、客人用のものを風呂場に用意してあるから、案内するよ。」と、僕は、シルビアを1階の風呂場まで案内した。

「どうぞごゆっくり。」と言って帰ろうとすると、シルビアから、「ねえ、背中を流しっこしない。」と誘われた。女冒険者ってパターンが似ているね。それとも、背中に自分の手が届かないだけのことなのかな。

 ともかく、ついでに大姉さんの傷も治してあげようと思い、僕は、「いいよ。」と返事をして一緒に風呂場に入った。


 シルビア大姉さんの背中も広いね。その背中を擦りながら、『やっぱり身体中に傷跡があるね。』と、いろいろ見付ける。そこで、マリエラ姉さんにしてあげたのと同じように、ゆっくり治してあげようと、「シルビア姉さん、傷が随分あるからあとでベッドに寝かせて治してあげるね。ついでに美容ポーションを塗ってあげるよ。身体中が輝くよ。」と言うと、シルビアは、ニコッとして「お願いするよ。」と二つ返事で頷いた。


 そのあと、2人でゆっくり湯船に浸かり、大姉さんの身の上話をいろいろ聞いてあげた。

 農家の4人兄弟の2番目で、あとの3人は男だそうだ。下の弟は、僕くらいの歳だという。農家は、日照りや雨が続くと、食べ物にも事欠き、中には口減らしで子どもを売る家もあるという。どこも同じか。日本にもそんな時代があったね。


 村一番の力持ちだったシルビアは、成人になって、お金を稼ぐために帝都に出て冒険者になったそうだ。やっぱり、村一番の力持ちか。マリエラと同じだ。

 そして、「でもね、なかなか思うようにはいかなくて・・・。」とシルビアから弱音が口から漏れる。僕は下の弟がわりなのだな。精一杯頑張って来たけど、やっぱり寂しいんだね、シルビア姉さんも。


 風呂から上がり、ガウンで部屋まで戻って、僕は、ベッドの上のシルビア姉さんの身体中の傷を優しくさすりながら治してあげた。淡い光がぼわっと出て、傷はみるみる消えていく。脇腹の大きな古傷も痕跡は残らない。それから、美容ポーションの全身塗布だ。細かい傷はこれで治るよ。全身に、両手でしっかり塗り込める。シルビア姉さんは、くすぐったいと笑いながら身体を捩った。

 その夜は、僕が抱き枕にされて、シルビア大姉さんと一緒に寝たのだった。


 翌朝、僕の前に胸がある。見上げると顔があった。銀色の豊かな髪は、光沢が増し、メタリックのように輝いている。全身を眺めると、傷一つない艶やかな肌が息づいている。

 きれいだ。しばらく魅入っていると、シルビアは目を覚ます。

 僕は、「すごくきれいになっているよ。」と、姿見を見るように勧める。

 そこでシルビアは、自分の身体を鏡に映し、思わず恍惚の表情を漏らす。そして、古傷の痕を何度もさすり、自分の目に信が置けないかのように、痕跡がないことを確かめている。

 しばらくしてシルビアは、満足した様子で「ありがとう。アキラ。」と、そのままの姿で僕に抱き付いた。


 朝食は、下で一緒に食べた。野菜スープと茹でた大きなソーセージに焼きたてパンだ。

 食べながら、シルビアに言う。「明日は、ダンジョンの12階に潜るよ。」

 すると、シルビアは、話をしている正面の僕に向けて、口に入れたスープを、ぶわっと吹き出した。話をしている僕の口に入るよ。姉弟って、スープを口移しにする仲だったかな。


「一昨日行ったばかりじゃないか。それもこんな目に遭って。」とシルビア。

「獲物を狙って自分がやられたら、なるべく早く、やり返さないと苦手意識がしみつくそうだよ。シルビア姉さんの身体はもう大丈夫だよ。それに、武具を強化するからね。マリエラ姉さんも一緒に行くし、今度は日帰りだよ。」と僕。


 シルビアは、その場で手足を動かし調子を確かめ、「動くか・・・。行くか。」と何となく納得してしまったようだ。傷一つない身体も自信を生んだのかもしれない。そうだ、今日はシルビアに新しい冒険者の服を買ってあげよう。それから、僕が武具を作ってあげよう。


 それから街に出て、連れ立って武具屋「リザードマン」に行く。ここでは冒険者服も売っている。シルビアの好みも知っておきたい。

「いらっしゃい。」と店主。シルビアは、ここでよく買い物をするらしい。

「最近、トカゲの鎧が出回っているんですが、いかがですか。エドモンド公領のダンジョンで出た高品質のものですよ。」と店主が商品を案内する。

 それって、僕とマリエラが回収した恐竜の皮じゃないか。もう加工されて出回っているんだ。手に取ってみる。軽くて頑丈そうだ。上手に加工してあるね。シルビアに買ってあげようか。

「姉さん、1着買っておこう。どれが好き。」と僕は、シルビアに尋ねた。

 そして、服と鎧の他こまごまとした物を購入し、店を出た。


 屋敷に帰って、その日はシルビアのために、ミスリルソード、リフレクションの盾、予知力のある兜のほか、防御のネックレスを製作した。

 ネックレスを首に掛けてあげたら、嬉しそうな顔をしていたシルビアは、一瞬怪訝そうな顔になった。きっと、ネックレスの声が聞こえたんだね。いつものことだよ。


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