第8章 帝都 1 帝都に入る
この国の正式名称は、エルトパルト帝国だ。現在、アレクセス二世が皇帝としてこの国を統治している。皇子は、第一から第五までの5人、皇女は3人いる。第一夫人が王妃で、第一皇子アイザックと第二皇子イオラントの母だ。第二夫人が第三皇子ウラノフと第五皇子オルバルト、第三夫人が第四皇子エレファストの母だ。
皇位継承者は、まだ決まっていない。第一皇子が18歳で最有力候補だが、17歳の第二皇子、15歳の第三皇子までは、皇帝への道をほぼ一直線に並んで走っている。皇帝はまだ50歳代なので、引退するころには、今の状況が変わっていることも十分に考えられる。
エリザベートが第三皇子と婚約をしていることから、最有力公爵家とつながりができる第三皇子の線も有力だ。
もしかして、勢力争いの一環としてエリザベートは狙われたのではないだろうか。誰でも考えそうなストーリーだ。でも殺そうとはしていない。大怪我をさせて、婚約解消を狙った可能性もある。そうだとすると、婚約解消の手段は、本人の怪我に留まらないので、物理的な警護だけでは、攻撃は防げないかもしれない。情報網を張っておかないと、どこで足をすくわれるかしれない。
それにしても、黒幕は誰だろう。他の皇子ではなく、大臣や地方の有力者かもしれない。
とはいえ、そのように犯人像を絞り込むことも早計だ。単に公爵に恨みを持つ者が嫌がらせをしただけかもしれない。でもそれにしては、犯人は手慣れている。只者ではないので、そのような者とつながりがあるのは、やはり、かなりの有力者であることは間違いなさそうだ。
こんなことを考えながら、筏に乗って向こう岸に渡った。途中、転覆を狙われないか警戒したが、そのような気配は針の穴ほども感じなかった。それどころか川の半ばで、カワイルカたちがお迎えをしてくれたよ。
さあ、いよいよ南側の河岸の町アベールブルグに着岸した。ここも大きな町だが、素通りする。帝都から北の領に出るときには、こちらに来たときのように、この地で待たなければならない。街の見物はそのときだ。
アベールブルグからは、帝都中心部にある公爵別邸まで、5時間ほど馬車で走ればよい。最後まで気を抜かないようにしよう。
帝都は、皇宮を囲んで貴族、官僚、大商人の館があり、一つの街ができている。その周りを城壁が囲み、城壁の外にさらにいくつもの街ができ、周辺に農村部が広がっている。
そうこうしているうちに、城壁内の公爵別邸に到着した。
エリザベートから、「今回の馬車の旅は、アキラ様のおかげで快適でした。お礼を申し上げますわ。」と言われた。
帝都の侯爵別邸には、公爵の第二夫人と2人の間の娘が2人いる。12歳のマルファと10歳のクララだ。エリザベートと皆は、仲が良いとのことだ。
「エリザベートお嬢様お帰りなさいませ。アキラ様、ようこそお越しくださいました。」と、執事、メイドたちが声を揃えて一斉に出迎える。第二夫人と娘たちもお出迎えだ。
わっ、壮観だね。さすが帝都の別邸だ。公爵の本邸ではないにしても身構えちゃったな。普通にしてなくては、アンダーカバーがばれちゃうよ。
僕は、エリザベートの後に続いて、屋敷に入った。さすがに別邸でも公爵の屋敷は大きい。
まずは着替えだ。部屋に案内されるが、応接できるテーブルと椅子まで付いた大きな部屋だ。部屋付きの2人のメイドがてきぱきと僕の身づくろいを手伝う。さっそく風呂に案内される。旅行中は、部屋で身体を拭くだけだったからな。ゆっくり風呂に浸かれるのはありがたい。わっ、公爵館のときと同じだ、2人のメイドに身体中を洗われたよ。
風呂から上がったらお茶の時間だ。軽いお昼も兼ねる。旅行中は、ほとんど1日2食だったね。中世では1日2食が当たり前だったみたいだ。3食が贅沢なのか。
さっそく、試すことがある。テレパフォンで公爵館とこの別邸をつなぐこができるかどうかを。ダンジョンの第15層のボス、トリケラトプスが落とした角の先端部分を30cmくらい切り取り、魔石大を埋め込んで、1対のテレパフォンを作った。これだけの魔物の角であれば、かなりの長距離がつなげるのではないかと考えたのだ。公爵から、本拠と帝都の屋敷を是非つなぎたいという強い希望があった。帝都で起こったことをリアルタイムで知ることのメリットは計り知れない。金に糸目はつけないとのことだったので、特上素材を使ってテレパフォンを作ってみたのだ。
茶室で早速試してみる。エリザベートに、公爵館との通信を促す。エリザベートは、魔石の部分に手を置く。すると、しばらくして表情が変わる。何か頭の中で話しをしているようだ。角を握りながら頷く様子でそれがうかがえる。
そのうちエリザベートは、角から手を放し、「お父様とお話ができましたわ。とてもよく聞こえましたわ。」と明るく言った。
よかった成功だ。大金貨30枚を返金しないで済んだ。ほっとした。
テレパフォンとは別に、エリザベートには、念話の腕輪を渡す。ダンジョンで再度ゲットしたものだ。腕にはめて、僕らの腕輪と合わせて魔力を通す。
これで3人の間では、それぞれ念話で会話ができる。警護には、とても有効なはずだ。
僕は、公爵邸に数日滞在し、その間に僕の屋敷を買い取る契約をして、大金貨200枚を支払った。売主は仲介機関を使ったので、その足で、僕は仲介の人たちに屋敷を案内され、居抜きの人たちに対する説明を終え、翌日には引っ越して来る段取りを終えた。
翌日、予定どおり、僕はここに引っ越してきた。マリエラは、エリザベートの護衛なので、公爵屋敷に残った。でも、週末はここに泊まるといいね。姉さんの部屋も用意しておこう。
僕の屋敷は3階建てだ。ある男爵が2年くらい前に、第二夫人のために購入したのだが、その夫人が先日病気で亡くなり、もう屋敷は使わないので売りに出した。それをエドモンド公爵に内々で買い手がないか打診したらしい。おおっぴらに売りに出すと変に勘繰る人もいるので、信用できる人に話をしたということらしい。
女性が丁寧に使っていたらしく、屋敷の中は、清潔だ。荒々しさがない。メイドたちもしつけがよい。庭師と馬丁は、それぞれ庭隅の小屋に家族で住んでいる。執事とメイドは、屋敷内に住込みだ。執事が1人に、メイドが4人いる。メイドたちが料理人も兼ねていて、主人と住込みの自分たちの分を作る。公爵邸と比べていかにもこじんまりしている。僕にとっては、丁度良い規模だ。
使用人たちは、今度の主人がどんな人か心配だったようだが、僕を見て、一度びっくりしたあと、カバーストーリーを聞いて二度びっくりした。そして、僕が「よろしくね。」と言うと安心した顔で、「ご主人様、よろしくお願いいたします。」と丁寧に返事をした。
「ご主人様」か、メイド喫茶にも行ったことがない僕としては、いたく落ち着かない。早く慣れないとね。
ヴィオレッタ一家も連れてきている。ヴィオレッタは料理人だ。アルスは執事、ジルはメイドの手伝いだ。勉強を続けたければ、この地の寺子屋に行かせてあげてもよい。落ち着くまでしばらく様子を見よう。
その日の夕食は、屋敷で取る。ヴィオレッタがメイドたちに補助をしてもらって、夕食を作る。ここでは、主人の僕が先に食べ、それからほかの者たちが順次食べることになっている。早めに終えないと皆の食事ができない。僕も落ち着かない。
初めてのことは、精神が高ぶっているので、疲れるよ。その日は早めに床に就いた。
翌朝、食事を終えて庭に出た。もう季節としては3月か。早速庭に畑を作って薬草を植えようと庭師を呼ぶ。やってきた庭師に構想を伝えると、「わかりました。」と僕を案内して「この辺でいかがでしょうか。日当たりもよろしいですし、土も悪くありません。」と言う。
僕は、「いいですね。ここに4アール(400㎡)くらいの畑を作ってほしい。」と指示を出し、「いつごろまでにできますか。」と聞く。
庭師は、「今日中に畑にします。植えるものは何ですか。市場で苗を買ってきましょう。肥料もいりますし。」と言う。
そこで僕は、「わかった。植えるのは薬草だよ。苗と肥料は、僕が用意をするから、畑だけ作っておいてほしい。」とお願いする。
庭師は、少し不思議そうな顔をして「わかりました。」と作業に入った。僕は、部屋に戻って、植物育成の魔法陣を作ることにした。
次の日は、朝早くから魔石大を使った強力な育成の魔法陣を畑の中央に設置した。そして、これまで採取して空気ポケットにしまっておいた各種の薬草を、あらかじめ取り出して畑の脇に置き、あたかもどこかで購入してきたかのように見せかけた。それから庭師を呼んで、一緒になって畑に植えていった。
週末、マリエラが泊まりに来たので、庭を案内した。すると、畑には既に、ここぞ狭しとばかり、薬草が繁茂していた。幹は太く、葉は大きくて艶があり、見るからに薬効がありそうだ。早速2人で美容ポーション用の葉を積み、部屋でポーション作りをした。
実は、エドモンド公領で、トーマスから在庫がなくなりそうということで、追加で1000本のオーダーが入っていたのだ。エドモンド公爵夫人とエリザベートが貴族たちのお茶会でポーションの効果を披露し、貴族のご婦人間ではポーションの奪い合いとなっているそうだ。それを知った富裕層の商人のご婦人たちからも注文が殺到して、嬉しい悲鳴とのこと。
でも、僕らは、もうその時には作る時間がなくなっていた。そこで、帝都で作って、トーマス商会の帝都支部に卸すと約束したのだ。
1000本を作り終わる。素材のせいか、何だかポーションの美容効果が高くなっているような気がする。まあ、いいか。僕とマリエラは、都見物を兼ねてトーマス商会に卸に出掛けた。
そのあと、街でゆっくりお茶を飲んだり、店を覗いたりして、久しぶりに姉弟の穏やかな時を取り戻せた。マリエラ姉さんには、春先の外出着を買ってあげたよ。帝都の最先端のファッションだ。とてもよく似合う。まるでモデルだね。