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2 帝都へ

 早朝に出発する。先頭に公爵令嬢の馬車、次に荷馬車、最後にヴィオレッタ一家が乗る馬車だ。帝都に大きな館があり、学園に通うために必要な人や物は、既にそこで準備がされている。エドモンド領を出発するのは、こじんまりした一行だ。

 令嬢の馬車には、お付の執事とメイドに、僕も一緒だ。僕は、貴族の旅着を身に着けている。汚れや皺の目立たない素材色の服に、黒いマント付きだ。ここからもう、カバーの始まりだ。もちろん令嬢の警護も兼ねている。

 荷馬車には、マリエラが冒険者のスタイルで乗り込んでいる。ヴィオレッタの馬車には、襲撃に備えて、2匹の神獣猫を待機させた。


 エドモンド公領から帝都までは、5つの宿場町を通る。馬車の速度は、せいぜい10km/hrなので、1日5時間程度乗っているとして、帝都まで250~300Kmくらいか。東京から名古屋までの距離は直線で260kmくらいだから、そんな距離感か。参勤交代の大名行列は、1日10時間もの強行軍だったそうだが、公爵家は、宿場町ごとに社交もあるので、そんな真似はできない。

 宿場町ごとの道のりが50Km程度であれば、徒歩でも10日もあれば何とか帝都までたどり着く。駅馬車も出ているが、徒歩の旅人も多いらしい。宿場町の間には、小さな町や村もあり、そこでも食事や宿泊はできる。街道は、思いのほか人の行き来がある。


「この馬車は、全然揺れませんことね。」とエリザベートが嬉しそうに呟く。

「車輪と地面の衝撃が、乗っている人に伝わらない仕組みになっているのです。サスペンションと言うのです。また、車輪の接地する部分には柔らかくて丈夫な蛇皮を使っています。」と僕が答える。

「この国にないものを作れるのですね。アキラ様のお国にあったものなのですか。」

 カバーが始まっているので、エリザベートも僕をアキラ様と呼ぶ。

「はい、そうなのです。一般に普及していました。」と僕は事もなげに答える。さすがに蛇皮じゃないけれどね。


 途中1回、峠の茶屋で休んだが、5時間ほど馬車に揺られて最初の宿場に到着した。エドモンド公爵領に入る前に訪れた町だ。ここも公爵領だが、統治は侯爵に任されている。この地は、ヘルムート・フォン・フォルスター侯爵が治めるので、フォルスター市と呼ぶらしい。定宿のエルミナ亭に馬車を停める。


 今夕は、フォルスター侯爵主催の晩餐会が開かれる。エリザベートの歓迎会だが、僕もヒノノボルクニの王族アキラ・フォン・ササキとして随行する。マリエラは、可哀そうだけど警護として同行だ。


 侯爵の館に着く。「ヒノノボルクニのアキラ・フォン・ササキでございます。お目に掛かれて光栄でございます。」と僕は、フォルスター侯爵にあいさつをする。フォルスター侯爵は、頭は少し剥げ上り、でっぷりと太った巨漢だが、僕らを歓迎するその態度に嘘はない。好感触の人物だ。公爵も信頼を置いていると話していた。

「早速で申し訳ないが、神獣を見せてもらえるかな。公領で、話題になっていると聞いている。」と侯爵。

 話が早くて助かるね。僕はその場で「チェルニーとベリー!」と、体長2mの彼らを呼び出した。

 途端に「キャー!」と叫び声。最初はどこでもそうだ。話には知っていてもいざとなると怖いよね。

「大丈夫ですよ。皆さん、頭を撫でてみてください。可愛いですよ。」と僕は皆を誘う。

 最初にエリザベートがニコニコしながら彼らを撫でる。それからは、皆が一歩引きながらも彼らを撫でたがった。

 晩餐会は大いに盛り上がり、それがお開きになると、僕らは上機嫌の侯爵に見送られ、馬車でエルミナ亭に戻った。


 その後も、帝都に向かって馬車はひたすら走る。同じように宿場町で歓待され、同じように「キャー!」と叫ばれ、ようやく5日目に最後の宿場町に着いた。われわれの馬車は、どこかで敵に見張られているのだろう。しかし、襲撃の気配はない。危険なことは何も起こらなかった。


 最後の宿場町は、アベール河のほとりにできたアベールグラートという大きな町だ。アベール河は、この国を南北に分断するように流れる大きな川で、南北の川沿いにそれぞれ大きな町がある。

「これまでの宿場町とは違う大きな町ですね。入るときに入町税を徴収されるのですか。」と、僕は街の入口で順番を待っているときに馬車の中で呟いた。

「大きな町に入るときは、大抵入町税を納めなければいけないのですわ。」とエリザベート。続けて、「帝都につながる向こう岸には、橋がないので、船や筏で人や馬車を運ばなければいけませんの。その順番を待ったり、天候が悪くて船が出ないときもあるので、この町には何泊もしなければならないことがありましてよ。また、南の商人が、北の産物をこの町で仕入れることも多く、町は凄く賑わっていますわ。」と言う。

 僕らも順番待ちで、2日は滞在しないといけないらしい。街をぶらついてみたいな。

 順番が来たので入町税を納め、僕らは、最後の町、アベールグラートに足を踏み入れた。


 ここでの定宿は、トリニティ亭だ。うん、トリニティって三位一体?この国って、宗教があるんだろうか。これまで見かけなかったけれど。まあ、関係ないけどね。ニーチェの「ツァラトゥストラはこう言った。」の方が僕には合っている。神より自分を信じろってね。

 さて、馬車を宿に停め、僕らは宿に入った。


 公爵家の大きな町の定宿だけあって、さすがに立派だ。5階建てのレンガ造りの建物、広いホール、エルミナ亭の何倍もありそうだ。宿では、あらかじめ僕らの場所を渡す筏の予約をしてくれており、ここに2泊もすれば向こう岸に渡れる手はずにはっているらしい。今夕は、例のごとく晩餐会なので、明日は1日、街を見て回れるね。


 翌日、朝食後、僕らは街に馬車で繰り出した。馬車の窓から店を眺める。

「何だろうあれは、人形店かな。見たことがないな。」と僕が呟くと、エリザベートが、どれどれと僕の方の窓からその店を見る。

 そして、「わたくしも初めてですわ。ちょっと、ここで馬を停めてくれませんこと。」と言うと、執事が御者に指示をして馬車を停めさせた。

 そこで僕らは馬車を降り、その店に入っていく。

『操り人形か。人形劇場でもあるのかしらん。』と僕は考え、店主に尋ねる。

「この人形たちは、どこで使うんですか。劇場でもあるんですか。」と。

 店主は、「人形芝居だね。広場でも劇場でも盛んだよ。人形芝居用の話を作る人が増えてきて、人形作りも仕事になっているんだ。」と教えてくれる。

 庶民の娯楽ってなかなかないからね。お芝居って最適かもしれない。

 僕は、人形の作りをよく観察し、操り方を教えてもらい、30cmくらいの人や動物の木製の彩色された人形を何体か買い込んだ。あとで、姉さんを楽しませてあげよう。今は、外で見張り番だからね。


 人形は馬車に積み込み、しばらく歩いて回ることにした。

 あっ、本屋がある。この国では、まだ本は高価だけど、店を構えるほど売れるのかなと思いつつ、エリザベートを誘って入ってみる。

 高価だけれどよくできている。1冊1冊手書きだね。まだ印刷技術はないようだ。試しに何冊か買ってみようか。人形芝居の台本に使えそうな物語、ポーション作りと魔法の種類に関する本をあわせて5冊ほど買い込んだ。

 広場に向かう。広場を廻り出店が並んでいる。いいね、こういう風景は。活気がある。

 広場の反対側の通りは、何か雑然としている様子がうかがえる。面白そうなのはそっちの方だけれど、僕は護衛だからね。エリザベートが危ない目に遭っては困る。

 そろそろ、昼食時だ。待たせていた馬車に乗って、僕らは宿に戻った。


 何事もないね。街中では、気配を探索したのだが、それらしきものを見付けることはできなかった。帝都が主戦場かもしれないな。それまで、放って置かれているのかもしれない。

 宿で昼食を終え、各自の部屋に戻った。エリザベートも連日の晩餐会で疲れているようで、午後は休息をとる。僕は、安全をみて、白い神獣猫ベリーをエリザベートに遣わした。


 僕は、早速買ってきた本の内容を観念に翻訳し、人形劇の練習をした。それから、魔法の種類の本を開く。魔法っていろんな種類があるんだな。詠唱は、その魔法を発動しやすいパターンがあるらしい。詠唱って要は呪文か。魔法の呪文は、「ちちんぷいぷい」しか知らなかったな。でも結構万能な呪文かもしれない。「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでいけ」ってやれば、子どもは、けろっとするからね。

 魔法は分類すれば、火、水、風、土などが典型か。治癒や精神のもあるし、念話、念力や雷というのもあるので、使える魔法は人それぞれなのだな。でも、どんなのがあるか知っておけば、防御もしやすい。本に載っている例は、頭に入れておこう。


 夕食は、野菜スープ、マスのマリネ、川魚の蒸し焼き、子羊の香草炭火焼きなど、豪華であった。

 夕食後は、皆を集めて、僕の人形劇だ。両手で人形を操り、先ほど仕入れたおとぎ話をダイジェストにして演じたよ。拍手喝采だった。マリエラ姉さんも涙を流して笑っていた。僕も嬉しいよ。


 さあ、次の日はいよいよ帝都だ。


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