第7章 帝都に出発 1 公爵領での最後の時間
帝都の学園が始まるのは、4月1日だ。その1か月前には、準備のために帝都に入る。しかし、ここエドモンド公領でも帝都に行くための準備をしておかなければならない。それにまだ、トーマス商会との打ち合わせも終わっていない。ダンジョンの15階層も攻略しておきたい。すべきことは山ほどあるが、時間は待ってくれてはいない。もう1月も余裕はない。ないない尽くしだ。
僕たちは、手始めに、復習のためダンジョンの13階層と14階層を再攻略した。13階層のうるさいライオンのために、僕は顔をすっぽり覆って外の音や振動が響かない兜を作った。目も口も耳もない、のっぺらぼう型だ。耳だけ塞いでも骨に響くのであれば意味をなさない。それであれば、顔全体を覆ってしまうしかないと考えたのだ。
兜の内部は、目がなくても見える、口がなくても空気が吸えるように、必要な発動式を念じ込んだ。マリエラとは念話ができるから耳がなくても平気だ。姉さん用には、髪を収納できるように少し後頭部がこぶになったけどね。誰が見るわけでもない。
14階のボス鳥の対策には、鬼の金棒を3本融合して、密度の高い超合金の特製メイスを作った。長いし相当重いよ。打撃部分の頭部には、突起をたくさんつけた。これで叩けばイチコロだ。
さあ、13階層と14階層のボス部屋で試してみよう。
13階層のボス部屋で、特製兜をかぶる。見える!呼吸ができる!ボスライオンがいくら吠えてもびくともしない。
『姉さん、やっちゃおう。』
こうして難なく再攻略をしたよ。13階のお宝に、ダイヤモンドがちりばめられたティアラが出てきたので、僕のカバーストーリーに利用させてもらうことにした。
14階では、特製メイスの威力が爆発した。宝箱から出た羽毛のマントは姉さんのとお揃いになったね。
トーマス商会と美容ポーション商品化の打ち合わせもした。僕としては、どうしても売りたいというわけでもなかったので、少し後回しになってしまった。トーマス商会からは、何度も連絡が来て、この日の打ち合わせとなったのだ。
トーマスから、「美容ポーションは、試供品を使われたご婦人たちには、とても評判がよく、早くほしいと矢の催促がきております。」と実情を明かされた。そこで、トーマス直々の交渉なんだな。ご婦人たちがきれいになるのはいいことだからね。僕も早速作ってあげたいよ。
そこで、見込販売量、売価などを話し合う。
「上代で1本、小金貨2枚というところでしょうか。」とトーマス。
えっ、ご婦人方は、1週間で小金貨2枚か。旦那さんにしかられないかな。でも顔と手の甲だけなら、1か月くらい持つかもしれない。ちょっとした贅沢で豊かな気持ちになって、人からは「きれい」と称賛を受けるんだから、貴族や富裕層には安いものか。夫婦円満の秘訣でもあるね。
「掛け率はどうしますか。」と僕は聞く。
「6掛けでいかがでしょうか。」とトーマス。
卸値は、1本あたり小金貨1枚と中銀貨2枚か。
しばらく考えて、「わかりました。結構です。3日後に1000本納入します。また、容器を入れる箱は、そちらでお願いします。」と僕。
「それから販売の条件があります。個人がご自分で使う富裕層だけにお売りしてください。小売りだけです。転売は禁止です。また、商業用の利用も禁止です。」と続ける。
こうして条件の合意ができ、僕とトーマスは、契約書に調印した。
マリエラ姉さんは、いつもと違う弟を見付けたという顔で僕を見ていたよ。強いだけじゃないんだよ。だてに受験勉強したわけじゃないんだから。いいとこを見せられたな。
その日はその足で材料を購入し、拠点に戻って、総出でポーションを作りまくったよ。そして約束通り、3日後に納品を終え、代金を受け取った。最初の取引は成功だね。それにしてもトーマス商会は、1000本も売りきれるのかな。
今日は15階層の攻略だ。早速ダンジョンに潜る。
そこは、草原と森と小高い山々だった。そして、そこは、恐竜の世界だった。
いるいる。大型のティラノサウルス、タルボサウルス、背中に帆のあるスピノサウルス、群れを成すアロサウルスその他大勢だ。空にはプテラノドンもいる。どれも強敵だな。歯も爪も鋭いし、皮膚は硬いし攻め方が難しい。テレビで恐竜同士が首に食らいついていたのを見た記憶がある。首か。切るより刺すに近いか。斧を首に叩きこむか。剣は突きだな。よしやろう。
斥候はオペルに行かせる。僕らは、お揃いの羽毛マントを着て、チェルニーたちに乗って移動する。パヴィアンたちは、ドロップアイテムの回収だ。さあ、出発!
最初にアロサウルスの群れか。こいつら時速60kmくらいで走るんだよな。チェルニーたちに乗れば、僕らだってそのくらいのスピードで走れるけどね。アロは、10体ほどが向かってくる。まあこいつらなら、顎に注意すれば、その首を切れる。
僕が手裏剣を飛ばすと、アロたちは、次々と前のめりになって倒れる。そして、せっかく起き上がろうとしたときに、僕は両手で斧を振り、その首を狩って仕留め、マリエラはミスリルソードを首に突き立てる。ドロップは、牙と皮か。全て回収だ。
試行錯誤をしながら、大物も含めて次々と倒して進む。試しに、タルボサウルスの頭に超合金棒の特製メイスを叩きつけたが、「ウゴッ」って声を上げただけで致命傷にはならなかったよ。皮膚も骨も超硬いね。でもタルボが驚いて顔を上にあげた、その喉笛にメイスを持ち替えて両手で斧を叩きこんだけどね。
今度はティラノサウルスだ。でっかい顔だね。首の太さも半端じゃないよ。僕と姉さんで、右から左から、尾の攻撃を避けながら、羽毛マントのお陰で軽々と動き回り、喉を狙って何度も何度も攻撃し着実に倒した。
大きい牙と皮がドロップした。皮は鎧かな。牙は武器になるのかな。やっぱり、つるはしか。それとも彫刻でもしようかな。
こうして多くの恐竜を倒し、ボス部屋に到着した。力技で戦ったので案外時間が掛かった。もう4時間くらい経ったか。さぁ、部屋に入ろう。そこには、巨大なトリケラトプスの従者10体を従えた、超巨大なトリケラトプスのボスがいた。いや、ここのトリケラトプスは、背中にステゴサウルスのような板がある。ハイブリッドだ。
トリケラトプスって草食だよね。ボスだとは思わなかった。頭部全体が兜のようで、正面はえらが張っているし、4つ足だから、首は狙いにくいね。背中に板が生えていて、尻尾もあるし、どこから狙えばよいのだ。上からの手裏剣は効きそうもない。と考えている間に従者が突進してきた。
正面攻撃が効きそうもないので、一辺には倒せそうもない。羽毛マントで飛び上がり、手ごろな1体の背中に飛び乗る。板のない、首に近い場所に陣取って、背部から首を左右からめった打ちにする。大きな振動とともに倒れる。と、次の個体に飛び移る。同じように倒す。
まるで、義経の八艘飛びだ。でも義経は、平家の軍船の漕ぎ手を弓で撃ち殺したんだ。一般人だよ、漕ぎ手は。戦術としては正しいのかもしれないが、武士の美学に反するね。僕は、美学を大切にしたいんだ。なんだかんだこうして、僕と姉さんは、次々に従者を倒した。
ドロップアイテムの背中の板は、軽くて強い。鎧や盾になるか。建材にもいいかもね。鼻先と頭の角は薬になるのかな。角類は、いろいろ手に入れた。基本は、カルシウムだろうけど、効能は異なるのかな。魔素なる元素が含まれていれば、それぞれの種類で性質は異なるだろうね。
さあ、ボスだ。全身が鎧だ。
試しに正面から手裏剣を打ち込むが、案の定すべて簡単に弾かれる。正面は、やっぱりだめだね。こちらの攻撃は効かないし、隙が無い。
僕とマリエラは、ボスの周りを羽毛マントで飛び跳ねながら、角の攻撃を躱し、尾による攻撃を躱し、えらの後ろ側の背中に乗り移ろうと隙を窺った。僕が小刻みに攻撃して、ボスが僕の方に気を取られている隙に、マリエラが背中に飛び乗った。やったね、姉さん。
と思ったら、ボスは背中の板を振るわせて、振動と風でマリエラを飛ばし落とした。簡単ではないな。それでも何回目かの挑戦で、うまく首の後ろに乗ることができた。
そこでマリエラは、えらの後ろから首筋にミスリルソードを刺しては抜き刺しては抜き、繰り返し思い切り刺す。そのうち、ボスは背中に気を取られ、僕への注意がおろそかになった。こうして、ようやく僕もボスの背中に飛び移ることができた。
二人で首筋を攻めれば、怖いものなしだ。僕も一所懸命、魔斧を叩きこんだ。
ボスは、暴れに暴れて、僕らを振り落とそうとしたが、ようやく、ドドドゥと地響きを立てて倒れた。魔石超特大と巨大な角3本、背中の板、それと大きく頑丈な皮を残して。
さぁ、宝は何かな。箱を開く。そこには、ミスリルと思しき剣が一振り鎮座していた。
観賞用ではなさそうだ。青白く光る様子は、妖剣か。危ないので、僕が先に振ってみる。すると、バチバチと青白い火花が散って、ガラガラガガンと離れた場所の壁を破砕した。まるで落雷のようだ。
僕は、「雷剣だ。姉さん、これからこの剣を使うといいよ。」とマリエラにその剣を渡した。
僕が姉さんのために作ったミスリルソードは、ここに、雷剣にその地位を譲り渡した。お役目ご苦労さまでした。
そのあと、2~3時間ほど、戻っては恐竜たちを倒し、再度ボス部屋に入り、2度目のボスを倒した。マリエラは、雷剣を使ったが、凄まじい威力だったよ。人類最強かもね。
2度目の宝箱は、王冠、王杓、マントの豪華な王様3点セットだった。これは、僕のアンダーカバーに使えるかもしれない。僕らだけの秘密にしよう。
これが、僕らのエドモンド公領滞在中の最後のダンジョン攻略となった。
その後は、公爵たちと、帝都の打ち合わせを重ね、僕のカバーストーリーの詳細を詰め、それに合った服装その他の備品を準備した。貴族は、自分の領地のほか、帝都にも屋敷を構えている。僕もどこかその一画に屋敷が欲しい。「ヒノノボルクニ」の王族として学園に入学するのだから、そのくらいしないと体裁がつかない。公爵は、その屋敷も探してくれていた。
丁度、ある貴族が2軒ある屋敷のうち小さい1軒を売りたいという打診を、公爵に内々にしてきたようで、それをどうかと僕に尋ねる。馬丁、庭師、執事、メイド、調度品もそのままの居抜きだ。代金は、大金貨200枚程度だが、使用人が多いと税金も高いので、維持費もそれなりにかかる。だが僕は即決した。
当初公爵から頂戴した謝礼、ダンジョン関連の買取で稼いだ僕の取り分や遺跡周辺の鉱山で採取した宝石の原石をトーマス商会に買い取ってもらった代金が、ほぼそのまま貯まっているので、そのくらいのお金は余裕で出せる。
「お願いします。」これで住まいの問題は片付いた。
ヴァレリー一家は、帝都に連れていくことにした。馬車を一台購入し、帝都までの御者に冒険者を頼んだ。公爵令嬢の馬車の列の最後尾につくことになる。馬車は改造し、サスペンションと車輪に蛇皮を付けて揺れを抑え、内側に恐竜の皮を張り、仮に転倒しても壊れないように頑丈にした。腰掛はダンジョン産の羽毛クッション付きの最高級の馬車だ。でも公爵令嬢の馬車より上等というのは居心地が悪いので、公爵家の馬車を軒並み改造してあげたよ。公爵夫人からは、随分感謝された。これまで結構我慢して乗っていたんだね。
最後に、このエドモンド公爵領に拠点を残しておく必要がないかを考えた。僕は、ワープですぐに戻ってくることができる。公爵は僕の後ろ盾だ。ここにはトーマス商会の本店もある。目立たないように、こちらで打ち合わせることもあるかもしれない。勝手知ったるダンジョンに潜って、アルバイトでお宝を増やしてもいいかな。
そうすると、目立たない場所に拠点があると何かと便利だ。そう考えて、今の拠点から少し離れたアパルトマンの一室を購入することにした。
不動産ギルドに寄ると、目立たない路地に入った5階建ての最上階に、手ごろな物件が見つかった。大金貨40枚だったが、そのくらいはダンジョンに潜れば1回で稼げる。即決で購入した。部屋には、いつ来てもよいように、生活用魔道具その他の備品を一通り揃えておく。
そして遂に、拠点を出発の前日に引き払い、最後の夜は、皆で公爵家に厄介になった。いよいよ明日は、王都に出発だ!