16 表彰式まで
それからの日々は、アルスとジルは、公爵邸を訪問して従者としての刺激を受けたこともあり、一層勉学に勤しみ、僕らは、10階層から12階層まで、牛尽くしのダンジョン攻略を何回かこなした。マリエラも魔物を倒せばそれだけ強くなる。帝都での護衛が待っているからね。そして、牛系のドロップアイテムやお宝をさんざんゲットした。牛一杯というところか。
11階層の魔牛の角は、使役獣であるヒヒのパヴィアンが一群を率いて拾ってくれたので、大いに助かった。ドロップアイテムは、一部買取に出した。これまで幾らになったことだろうか。最近数えてもいない。いつの間にか鑑定と代金受領がルーチン化してしまっていた。
公爵に紹介をお願いしていた商人であるトーマス商会からは、会頭のトーマス・ルールマンがお会いしたい旨の連絡があったので、早速、見本の美容ポーションを1ダース用意し、商会の本店に出向いた。トーマス商会は、ここエドモンド公領でも1、2を争う有力な商人で、幅広く商材を取り扱っているそうだ。
街の中心にあり、拠点からそう遠くないので、約束の面談日に、僕とマリエラは、徒歩でそこに出向いた。
店に入ると、応接室に招き入れられた。しばらく待っていると、大柄の壮年の男性が入ってきて、「トーマス・ルールマンです。以後お見知りおきを。」とあいさつをする。遅れて僕らもあいさつを返す。少し世間話をするが、トーマスは、僕らのことを何でも知っていた。
冒険者ギルドが買取をした、新規に攻略したダンジョンのドロップアイテムのことも知っている。きっと、取り扱ったんだね。あれだけ大量で金額も大きかったからな。
世間話の中でも、さりげなく情報を確認したり、関連する情報を得ようとしたり隙がない。さすがに大商人だ。
会話が一区切りついたので、僕は、「早速ですが、美容ポーションのサンプルをお持ちしました。お取り扱いいただけるかどうかご検討いただけますでしょうか。」と持参した箱を前に置き、使用法を説明する。
トーマスは、箱の蓋を開け、容器を1本取り出して眺める。
「ガラスに濁りがありませんね。中の液体は、薄黄色に澄んで輝いていますね。」と言う。
そして、コルクの蓋を開けて、少し手の甲に零して塗る。
公爵からも効果は聞いていたのだろう、満足気味に肯いて、「わかりました。1週間ほど頂戴できますか。ひいきのお客様にもお渡しして感想をお聞きしたいので。また、ご連絡を差し上げます。」と言った。
僕たちは、連絡を待つことにして、その日は店を後にした。そして、歩きながら「育毛ポーションはどうかなあ。」と誰にともなくつぶやいた。
そんなある夕、僕の部屋のテレパフォンが「ピンポン」と鳴った。あっ、公爵邸からだ。何かあったのかな、と魔石の部位を握り。『もしもし、アキラです。』と念じた。すると、『アルフレッドです。今日はお願いがあるのです。』と僕の頭の中で声が聞こえた。
用件は、アルフレッドを一度ダンジョンに連れて行ってほしいということだった。公爵の了解は得ているという。僕らがジルまで連れて行っていることを知り、公爵も僕らに頼めば安心だと判断したらしい。
そうだね。では、10階のミノタウロスにするか。一遍に大勢で出てこないので、剣の練習にもなりそうだしね。僕の作ったミスリルの剣と盾を使えば、未成年のアルフレッドでも何体かは倒せそうだ。貴族の男の子に剣の練習は必須だそうで、実際に剣を振るって戦ってみたいということもあるようだ。実戦の機会ってそうあるものじゃないからね。
こうして、アルフレッドをダンジョンに連れていくことになり、僕らは、潜る前日の午後、打ち合せと武具を渡すため、公爵邸に赴いた。
アルフレッドと、公爵邸の談話室で打ち合せをする。エリザベートも興味があるらしく、同席した。わっ、髪にすごく光沢が出て、一層きれいに見える。僕がそう言うと、エリザベートも嬉しげだ。美容ポーションを使っているんだね。一目で効果がわかるよ。献上のし甲斐があるというものだ。
早速、僕らは、10階層の様子を代わる代わる説明し、ミノタウロスとの戦い方を伝授する。そして、ミスリルの剣と盾そして兜や防御用の指輪、ネックレスを渡して、「明日は、これをお貸しします。10階層のミノタウロスならこれで相手ができます。」と伝える。
武具を差し上げて、自分だけで勝手にダンジョンに潜られると困るので、あくまで貸出だ。成人したら、そのときはお祝いにプレゼントしよう。
その日は、公爵家で夕食をご馳走になり、翌早朝、ここから皆して馬車でダンジョンに向かうことになった。夕食時は公爵夫人も一緒であったが、夫人も一層きれいになっていたよ。
この製品、絶対売れる。トーマス商会から大量発注がくるね。早速、量産の準備をしよう。
翌朝。館を出発する。今日の予定は、せいぜい3時間、朝早く出掛けて、昼前には戻るつもりだ。アルフレッドは、冒険者の格好をしているが、さすがに服装は上質だね。
ダンジョンに到着、さあ、魔法陣に入り10階層に出発だ。
10階層に着いたら準備をする。まず、チェルニーとベリーを呼び出し、アルフレッドの警護を任す。アルフレッドには、マジックバッグを貸し、身の回りの物を仕舞わせ、ドロップアイテムはそこに入れるように指示する。そして僕は、オペルを飛ばし、装備を確認して、一歩を踏み出す。
「イーグルアイ!」と唱える。この辺りにはまだミノタウロスはいないな。あと50mほど言ったところか。僕は皆に、50m先の警戒を告げる。両側から襲ってくるぞ。ワンパターンだけどね。
アルフレッドには、まず、僕らが1体ずつ倒すのを見物してもらう。それを参考にして、自分でも倒してみよう。マリエラの方が参考になりそうなので、彼女が倒すのを見てもらおう。ミノは、とにかく力任せに斧を振るう。マリエラは、それを右、左と軽やかに躱す。そして隙を見ては、跳躍し、また、潜り込んで、ミスリルソードで所かまわず切り刻む。ミノの動きが段々鈍くなる。ミノは思い切り斧を振り下ろす。その途端、マリエラは、跳躍して喉笛を切り裂く。ドォと地響きがし、ミノが倒れる。
まぁ、こんな感じだ。大きな身体で実に可憐に舞う。見ていて飽きない。まるで、剣舞だね。さぁ、アルフレッド、やってみよう。
アルフレッドは苦戦している。ミノの斧をやっとの思いで避けている。跳躍の指輪も貸してあげているのに、剣舞になっていないね。リズムが足りないよ。あっ、と思ったら、彼はミノの斧を盾で防いだ。その途端、ミノの体は弾かれた。そこだ、と思ったけれど、彼もその場を持ちこたえられないで、尻もちをつく。ここは学習か。次があるからね。
と、僕はそのミノに突っ込んで短剣の一撃で喉を突いた。ドォと地響き。
「こうするんだよ。」と、僕はアルフレッドを見てにこりとした。先輩は実力を見せないとね。でも僕の虎徹は、短いのは見た目だけで、本当は長剣よりも伸びるんだ。彼の目には留まらなかっただろうけどね。内緒だよ。
しばらく進んで、またアルフレッドに戦わせてみる。僕らは親切なんだ。期待を裏切らないように教えながらも、励みになるようにやらせてみるんだ。さあ、今度はどうだろう。
次にミノが出てきたときは、アルフレッドは一人で立ち向かい、何度も転びながらも、ミノを倒した。よくできたね。これで強くなるよ。初の獲物のドロップアイテムは、記念に持ち帰るといい。
彼は、嬉しそうにマジックバッグにドロップアイテムを収納した。そのあとも、さすがに公爵の子息だね、確実に腕が上がり、何体かのミノに止めを刺したよ。
こうして進みながら、僕らはボス部屋に着いた。
ボス部屋は、アルフレッドには難しいかな。無理はさせてはいけない。公爵も僕らを信頼して、大切な跡継ぎを任せてくれたんだ。ボス部屋では、魔物の格が違うので、くれぐれも立ち向かわないように言い含めた。
過信は禁物だよ。なにせ諸刃斧を振り回すからね。ボスは、それを両手でだよ。僕だって初めてのときは苦戦して二人がかりでやっと倒したからね。今では、12階層でもらった魔道具の斧でさほど苦も無く倒しちゃうけどね。僕も進歩するんだな。僕だって学習しないと、到底この国最強なんて言えないね。
僕らは、ボス部屋に入り、慣れた手つきで、次々にミノを倒す。ボスだって、可愛いもんだ。何せ、この斧は12階層のボスにもらった武器なんだから、半端じゃないよ。おととい来な。
こうして、ボスもあっけなく倒れた。宝箱には、黄金のミノタウロス立像があったよ。これは、アルフレッドの記念品だね。ボスのドロップアイテムも一緒に持たせて、ダンジョンの入口に戻った。
アルフレッドは、母親が心配しているだろうから、ここで貸与した武具を戻させて、待機していた馬車で館に帰した。今日は、きっと家族は、さんざんアルフレッドの武勇伝を聞かされるよね。
翌日からは、トーマスさんと商品の打ち合わせをしたり、表彰式用の礼服の仮縫いの調整に仕立屋に出掛けたり、また、11、12階層に潜って何度も往復したり、忙しい日々を過ごした。公爵からも直々にテレパフォンでアルフレッドのお世話とお宝のお礼もあったよ。
その他にも、時間を見付けて、遺跡文庫の術式をインストールしたり、魔法陣の転写をして魔道具を作ったりと忙しい日々であった。
そうこうしているうちに、いよいよ表彰式が翌日に迫った。その夜、明日に備えて僕たちは風呂に入る。湯船に一緒に浸かりながら、マリエラが話し出した。
「私ね、夢があったの。いつか、実家が雑貨屋をしているって言ったでしょ。ここよりは帝都に近いけど、何もない田舎でね。そこで、普通の生活ができるくらいのお店をしているの。」
「3つ違いの弟がいて、丁度アキラの歳ね。だから、アキラが弟に見えるのね。」
「お店は弟が継ぐから、私はどうしようかなって考えて、成人になった時に冒険者になって稼ごうと思って家を出たの。村では、一番の力持ちだったしね。」
「稼いで、帝都にお店を持つのが夢だった。冒険者の女の子のためのお店なの。防具もポーションも揃えて、いろんな相談にも乗ってあげるの。そんなお店。」
「帝都でお店を持つのはお金がかかるから、この3年間、一所懸命働いた。何でもした。護衛でもダンジョンでも。」
「でもお金って、なかなか貯まらなかった。アキラと出会うまではね。」
「ところが、アキラと知り合った途端、生活が一変した。もう帝都でお店を何軒も開けるくらいのお金が貯まったわ。」
「でもね、そうなると、お店を持つのが本当の夢だったのかって思っちゃうの。私の夢って何なのかしら。贅沢だっていうのはわかっているんだけどね。」
姉さん、こんなこと考えていたんだ。小さな幸せが本当の幸せなのかもしれないな。苦労の末にようやく夢を叶えるっているのは貴いことだね。僕は、そんな姉さんの小さいけれど幸せな夢を潰してしまったのかもしれない。今まで考えたこともなかった。自分の基準でしかものを見てなかったな。どうせ前の世界に戻ってしまう自分の・・・。
その夜は、姉さんをベッドに寝かせ、ことさら念入りに、全身にポーションをすり込んだ。両手で温もりを感じながら、ゆっくりとゆっくりと。償いなんだ。姉さん、全身を僕の手にゆだね、気持ちよさそうに身をくねらせていたけど、わかってくれたかな。