表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/104

2 エルフの村

 僕は、村長から空いていた小屋を貸してもらったうえ、村民からはちやほやされ、上げ膳据え膳で大変居心地はよい。着るものは、ジャージがだぶだぶになってしまったので、民族衣装の布をもらって身体に巻いた。動いて落ちないように巻き付けるのも技術がいる。手伝ってもらった女たちは、僕のぎこちない着付けに大笑いだ。下着も一枚の布だ。褌のようなものだろうか。ぶかぶかのスニーカーは、革製の草履に履き替えだ。


 トイレには驚いた。木の上の家でどうするのだろうと思っていたら、何とトイレの穴を覗くとスライムがいた。聞くと、スライムがすべて処理してくれるそうだ。しかし、寿命もあり、1年もすると、突然消滅してしまうので、あらたに調達しなければならない。森の中に群生しているので、獲ってくればよいらしい。僕の世界の常識が通用しないよ。


 村長の娘のエミルっていう美少女が僕のお世話係になったみたいだ。少女って言っても、僕より背は高い。これからよろしくね。エミルは、人族を見るのが初めてだ。エルフは、随分昔に人族との交流があったとのこと。でも、今はない。人の身体がエルフとどう違うのか、興味津々だ。僕の着替えを手伝うときは、いつでも身体のあちこちに手を触れる。理科的な興味だね。きっと。


 それからの日は、ドラゴンが来るまでは、生活の知恵を身に着けておきたいと思い、男たちの狩りに連れて行ってもらったり、女たちの果実、野菜の収穫を手伝ったりして、しばらくの間は平穏な日が過ぎていった。農村留学みたいで、結構楽しい。


 ある日、狩りに連れて行ってもらった。森の中に分け入って、木々がまばらで開かれた場所に至ると、2手に分かれた。1班は、獲物を追い出す役割なので、獲物を見付けに駆け出して行った。もう1班はここで待ち構えて弓を射たり、槍で突いたりして獲物を仕留める。

猟犬は使わない。このときは、ちょっとした実験をしてみたかった。どうも、ここに来てから、念話もそうだが、何か特別の力が身体の中に湧きあがっていることを感じる。


 原始に戻ったから本能的な能力が目を覚ましたということかもしれないが、それ以上の何かが。ドラゴンと聞いてもなぜか恐れを感じない。前の世界では架空の存在だったせいで現実感がないというのもあるが、この身体に任せて安心感があるのだ。

 そこで、狩りでは、意識と無意識の境にわずかに感じる常ならざる能力を、本当に使えるものなのか試してみたいということがある。僕は、その辺の手ごろな太めの木の枝を拾って、棍棒がわりに握りしめる。


 狩りの獲物は、鹿、イノシシ、クマ、虎という大型動物とウサギ、ヤマドリ、山鶉、カモのような小物だ。今日は、鹿狩りだ。鹿はかなりの大型で角があるので、相応の危険が伴う。相当のスピードで巨体が突進してくるので、待ち構えの担当は危険だ。

 しばらくすると、大きな鹿が、こちらの狩場まで追い詰められてきた。見ていると2班の連携はたいしたもので、追い出し班も猟犬並みの動きをし、待ち構え班は、弓矢でその勢いを止め、槍を使って危なげなく獲物を仕留める。その組織的な動きは、見事である。

 この森の鹿を初めて見たが、動物園でみた蝦夷鹿より一回りから二回りは大きい。体重は、200~300Kgはあろう。大きな角を振りかざし、その突進する姿も、矢が何本も突き刺さり、槍で打ち取られてドッと倒れる姿も圧巻だ。


 僕の出番は当然のようになかった。と思ったら、大人に言われて、わざわざ危なげのない木の陰から見物していたにもかかわらず、イノシシが僕を見つけて突進してきたのだ。このイノシシも日本にいるものと比べてやはり同じように大きい。こんな迫力のあるやつに狙われるっていうのは、緊張する。だが僕は驚きはしない。わざわざこの場にいて、何も起こらないはずはないのだ。


 とっさに、左に身を躱して、右手に持った棍棒をイノシシの額に叩きつける。僕は、怪力の持ち主 か。もしかしてサムソンよろしく救世主か。イノシシはたちまち額を割られ、ブオーと末期の叫びを上げて、ドゥと倒れた。一発だった。獲物は、300~400Kgはありそうだ。異世界の最初の狩りか。感慨深いものがある。だが僕とイノシシに気づいた者たちは、状況を知って唖然としている。


 獲物はその場で血抜きをし、鹿は足を縛り、丸太で担いで皆で運ぶ。イノシシは、僕が1人で肩に担いで帰路につく。この時期の1日の狩りは、大物2頭で十分なようだ。村中で分配するそうだが、多く獲っても保存ができないので、必要な分しか獲らない。僕1人で皆より大きい獲物を倒したことは、彼らのプライドを傷つけるようで申し訳ないと思う。帰りは、軽々と大イノシシを背負って歩く僕の姿に、皆は声がでないようだった。


 狩りの獲物は、村に持ち帰って、すぐに解体場所に運んで解体を行う。僕は、今後の自活のために、解体の仕方をよく見て、解体ナイフを握らせてもらい、しっかりと学習をした。

鹿とイノシシがいたので、随分勉強になった。異世界に来てからの僕の身体は実によくできている。解体作業の仕方も一回で頭に入った。この後、何度も自分で狩ってきて解体の練習を積んだ。


 女たちは、森に入って、木の実、きのこ、野草、山人参、山芋などを採取する。今日は、僕はこれに付き合った。森の中で何が食べられるかを学習するのが目的だ。この世界でも女たちは、よくしゃべる。女たちは、コミュニティを円滑に維持するため、コミュニケーションと生活のプロセスを重視する。男たちは、獲物を狩ったかどうかの結果が重視である。それ以外は、相当の力仕事は別として、女任せだ。


 僕は、女たちから見れば完全な子どもで、話のつまみだ。「天から降ってきた」ということは皆知っており、それ以上にどこから来たかとは聞かれはしない。女たちにとって、僕の出発点は、「天」なのだ。

 先日のイノシシ狩りのことは皆知っており、分配された肉がおいしかったことやら調理法など話が盛り上がる。どうやって倒したかとか、一人で担いだのかなどは、どうでもよいことのようで聞きもしない。僕にとっては、よけいな詮索をされずに気楽でよい。


 ドラゴンから村を守るために降ってきた少年なので、少しぐらい特別な力があるのは当たり前なのである。当たり前のことを、当たり前のこととして疑わない姿勢には好感が持てる。たわいない話をしながら、僕は、食用キノコと毒キノコの区別、食用の野草、根菜、木の実の種類、生育場所など一つ一つパターンを脳裏に刻む。これから生活力を付けておかないと、早く国に帰れないのではないかと思う。一日一日の経験を大切にしよう。


 子どもたちと一緒になって、川に水浴びと魚取りにも行った。ドラゴンが出るので、監視役の大人も一緒だ。森の中の川は、清涼感が格別だ。川の水面に少し強くなった太陽の光が反射する。群れを成して悠々と泳ぐ魚の姿が、岸からも見える。少年が狙いを定めてモリを投げる。見事に命中する。モリには細い弦を巻き付けており、投げたモリは、岸からそれを引いて回収だ。獲物は50cmもありそうな大イワナである。この地の獲物はどれも大きい。


 何匹か仕留めて持参した大籠に入れ、ひと仕事終えた子どもたちは川遊びだ。男の子も女の子も衣服を全部脱ぎ捨てて、川の中ではしゃいでいる。僕もこの機会に川で一泳ぎだ。皆、僕のことをじっと見ている。人族の身体がどうなっているのか、珍しいからね。エミルは、僕を、独り占めにでもするかのように、ガードをするようにして、並んで泳ぎだした。エミルの掻いた水面に、太陽が反射し、きらきらと光った。そして、光をまとった美しい肉体には、何だか触れてはいけない崇高さを感じた。


 ひとしきり泳いだ後、川から上がり、思い付ついて、ここでも特殊能力を使ってみる。魚を引っ掛けて釣り上げるイメージだ。大物に狙いを定め、エアーで釣竿を引いて針を引っ掛け、勢いで岸まで釣り上げる。うっ、本当に釣れた。大ぶりの魚が目の前でぴちぴち跳ねている。サイコキネシスか。やっぱり変だ。元の世界では、あり得ないはずだ。しかしここでは、できないという気がしなかった。


 もしかして、この世界では、何事も見えるようには存在していないのかもしれない。まるで、不思議の国のアリスだ。それとも、プログラムが支配する仮想空間か。いずれにせよ、一つ一つの事象を検証しながら先に進むしかないのだ。

 そうこうしているうちに、夢の世界の日々は過ぎる。と、突然、『ドラゴンだ!』、男たちの叫び声が聞こえる。念話でも、それは「叫び声」だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ