6 アランの情報
今日は、これから攻略する10階層の予習のために、ギルドに行くことにする。効率的に魔物を倒したいので、予習が大切だ。僕とマリエラは、早速ヴィオレッタに朝食を用意してもらう。朝は、焼きたてパンとオムレツと野菜スープだった。卵も高級品だが、僕の好みなので、肉屋で買っておいてもらった。食堂と調理場は、大勢いる冒険者パーティーが使えるように広くできている。今日から5人で一緒に食事だ。子どもがいると、にぎやかだ。それにしても、さすがに元料理人だね。プロの味だったよ。僕らは、朝食を終えてギルドに出掛けた。
ヴィオレッタは、アキラとマリエラが出掛けた後、アルスとジルに朝の片づけを手伝ってもらいっていた。「母さん、これはここにしまっていいの?」などと、家族の穏やかな空気が漂う。すると彼女は、思わず感極まって2人を抱き寄せた。
「ありがとう、アルス、ジル・・・。」言葉にならない。それでも気持ちは通じる。一家は、抱き合いながら、しばし涙を流した。
さて、僕は、ギルドの受付で10階層のことを聞きたいと申し出たところ、アランという調査室の職員を紹介された。調査室に赴き、自己紹介のあと、10階層のことを尋ねた。しかし、それ以上の階層の攻略者はまだいなくて、マップもなく、魔物はミノタウロスということまではわかっているが、強さやドロップアイテム、お宝など皆目不明とのことだ。
数年前の9階層の生き残った攻略者が、10階層に出てから戻る際に、ミノタウロスを目撃したとの情報が唯一のものらしい。
30階層もあると言われているのに、9階層までしか攻略されていないのか。この時代は、どれだけ初期なんだ。はて、ではどうして30階層あるってわかるんだ。それを尋ねると、アランは、「魔法陣の数なのです。30階層分あるのですよ。でもどういう仕組なのか、いったん足を踏み入れたことがある人とその連れしか、その階層の魔法陣は発動しないのです。」との説明がある。
なるほど。でも、結局次は、地図なし、ミノタウロス付きなのだな。
それから、アランは、僕たちに9階層の様子を尋ねる。最初から話していくと、最後に「9階層のボス部屋がどんな状況になっているのか教えてほしい。」と聞いてきた。そこで、ボス部屋は、従者のトロールが50体いて一斉にかかってくるので、相応の準備が必要であること、喉笛が急所のひとつであること、ボスは最後に偉そうに登場すること、鋼の斧と棍棒を猛スピードで操るので攻略に困難であること、最後は剣で切り裂いたなど、詳しく説明してあげた。
すると、「ボスの身体は、相当硬くて並みの剣では傷も付かないと言われているのですが、どんな武器を使ったのですか。お持ちであればお見せ願えませんか。」とアランは尋ねる。
ここならいいか、と僕たちは目を合わせて頷きあい、空中からそれぞれ、短剣とミスリルソードを取り出した。アランは、興味深そうに武器を見つめ、まずミスリルソードを手に取り、じっくりと眺める。
「すごい剣ですね。ミスリルで出来ていますが、強度と遣い手の威力を数倍に増し、防御まで付与されている・・・。でもダンジョンで出るものではありませんね。人為的な魔道具ですか。これまで見たことがない。」とアランは思考を口にする。
「見ただけで、そこまでわかるのですか?」と僕は驚く。
「ええ、仕事がら、上級の鑑定持ちですからね。」とアランは言って、次に僕の翡翠の短剣を手にする。手にしたまま動かない。真剣な顔だ。声を掛けづらい。ようやく顔の表情が和らいだと思ったら、その口が開いた。
「国宝級の幻術品ですね。芸術品でもありますが。」
えっ、何のこと。聞けば、短剣の作りは人間業ではないので、もともとはダンジョンの相当の高位階層で生成されたと思われること、長い間に遣い手の魔力が蓄えられていること、夥しい数の獲物の血を吸っていて、剣を振るうと意思があるかのように伸びたり縮んだり、遠くのものや広い範囲を切り裂いたり、自由自在に振舞い、まさに「幻術」であることなどを教えてくれた。
そして、「文字通り魔剣です。」と言い切った。
うっ、思い当たる節はあるが、魔剣で小枝を切ったり串焼用の魚を開いたりしていたよ。意思があるのかな。リベンジされないかなと不安になる。この短剣には、敬意を込めて、虎徹って名付けよう。「今宵の虎徹は・・・」って言うからね。
それから、あともう一つ気になることがあったので聞いてみた。
「魔道具?魔力が蓄積?魔力って何ですか。」と、これまで自分の中でもやもやしていた疑問を投げかけてみる。魔石や魔法陣なんてものがあるくらいだから、この世界には、「魔力」というものがあるのだろう。僕の超能力とは違うのだろうか。
アランは、魔力のことを今さら聞く?といった表情をしたが、まじめに答えてくれた。
「魔力とは、この世界を形成する基本的な元素の一つ「魔素」の働きのことを言います。この元素は、非定型な働きをしますので、どのような応用が可能なのかは重要な研究テーマになっています。」と。明快だ。中世とは思えない。まるで理科の授業だ。元素と考えるとわかりやすいね。それにしても元素なんて知られているのか。意味が違うのかもね。
「では、魔法もあるんですか?」下手に聞くと魔女の火あぶりにでもなりそうなので、恐る恐る聞く。
「はい。魔素は普通に体内にもありますし、また、魔石を使ったりして、火や水を出したり、風を起こしたりできる人も多くいます。持って生まれた能力や経験もありますので、誰もが誰も、というわけではありませんがね。特に貴族は、もともと強い魔力を使って国に認められてきた人たちなので、子孫を含めて、魔力を使える人が多いですね。魔力の表現方法が魔法でしょうか。」とアラン。
うん、この国では魔女は貴族に多いのか。火あぶりにはされそうもないね。中世とはずいぶん違うな。
「魔力はどうやって発動するのですか。剣みたいに物を通してなのですか。」と更に聞く。
「はい。多くはそうですが、詠唱をして火を出したりすることができる人もいます。上級者ですね。訓練もありますが。」とアラン。
詠唱か。僕のは詠唱をしないので、超能力か。でもイメージが明確な方が強力なので、「伏せ。」とか言うよね。あれも詠唱の一種か。魔法と超能力は紙一重かもね。学術研究をしているわけではないので、ここはこれくらいでいいでしょう。
「最後にいいですか。魔石ってどうやって使うんですか。」ここは肝心な質問だ。是非識者に聞いておきたい。
「そうですね。色々あるのですが、魔法陣と組み合わせるなどして、火を付けたり、ランプにしたり、畑に撒いて肥料にしたり、ポーションを作ったり、道具に組み込んで魔道具を作ったり広く使われています。応用分野も色々研究されていますよ。」とアラン。
「ポーションって何ですか。」と聞きなれない言葉が出たので聞いてみる。
「薬の一種です。病気や怪我を治療したり、体力や魔力の回復飲料としたり、女性が顔や手に付けて肌を整えたりと、色々な用途があります。上級ポーションにもなると、失われた器官を、徐々にではありますが、再生できることもあります。」
そうか、今日は勉強になったね。アランと知り合えてよかったよ。マリエラにとっても新しい知識だったようで、真剣な顔をして聞いていた。知識は重要だ。ポーションって化粧水になるんだね。今度作って姉さんで試してみよう。
別れ際に、アランに「明日は、10階層を攻略します。」と告げたら、顔を輝かせて、「検討を祈ります。成功したら、階層初達成なので表彰がありますよ。」と言われてしまった。これは冒険者ギルドのインセンティブか。目立たちたくないのに。
そのあと、買取窓口に一昨日の戦果の買取価格を聞きに行ったら、別室に通された。そこで職員から「黄金の棍棒、ボスの鋼の斧と棍棒2セット、魔石中273個。大金貨16枚ですが、よろしいですか。」と告げられた。そこで、「前回より低いですね。」と言ったところ、「前回は、黄金の鎌と斧がセットになりましたので、評価が高くなりました。もう、好事家の貴族から引き合いが来ているんですよ。なにしろ、これまで出たことのないお宝ですから。貴族には、ダンジョンのお宝マニアも珍しくないのですよ。」と係の職員はにんまりした。
そうか、今回は、本当のお宝は、黄金の棍棒だけだから迫力を欠くか。一番レアのマジックバッグはマリエラ姉さんに残したからな。それでもこの金額になるのだから、せっせと集めた魔石中やドロップアイテムも莫迦にならない。
その場で代金をもらって、僕らはギルドを後にした。
帰宅の途中、マリエラがボソッと聞く。「あの短剣って気になっていたんだけど、どこで手に入れたの。あっ、でも秘密なら言わなくていいわ。」
「姉さんに秘密はないよ。エルフの里さ。村長からいただいたんだ。」と僕が答えると、「えっ、エルフって・・・本当にいるの?」と驚いている。知らないのか。そちらの方が驚きだ。聞くと、伝説上の存在で、昔、人族が色々教えてもらったことがある、トイレにいるスライムもエルフが教えてくれたもの、との言い伝えが残っているそうだ。まあ、交流がないとは思っていたけどね。そのあと、公爵令嬢の護衛中にマリエラが目撃した竜はそこで出会ったことも姉さんに教えてあげたよ。僕が空から落ちてきたことはまだ内緒だけどね。でも僕が「日の昇る国」からやって来たのは事実だよ。
拠点に戻り、僕は引き籠って傾向と対策だ。武具作りとその使い方のシミュレーションが必要になる。その後、皆を集めて、作戦会議だな。早速始めよう。あっ、その前にお昼だ。ヴィオレッタさんに作ってもらい、朝焼いたパンにヤギのチーズと野菜を挟んで食べた。ヤギの乳も飲んだよ。少し獣臭がするが滋養はありそうだ。
僕は部屋に引き籠り、武具の製作に入る。作るものは、盾とヘルメットだ。アルスたちには、ミスリルで短剣を作ってあげよう。これからは一緒に住むので、管理ができる。
盾はミスリルだ。ミスリルの延べ棒を取り出す。薄く延ばし、身長に合わせた大きさにして、丁寧に整形する。格好よく模様も付けよう。竜が絡まっている意匠がいいかな。攻撃されても同じ強さで跳ね返すことができる発動式を埋め込もう。でもそうすると、持ち手の反動が激しいかな。反動がないような身体強化を付与しておく必要もありそうだ。これまでは、貴石を介していたが、ミスリルなら素材に直接埋め込めるかな。やってみよう。
こうして僕は、夕食の時間になるまで延々と作業をした。姉さんは、その間、庭でアルスたちを鍛えてもらったよ。明日は本番なのでほどほどにね。
その日は、夕食後、作戦会議をして武具の使い方を伝授し、早めに就寝した。