3 休日
今日は、休みだ。目覚めると、姉さんの胸があった。その上を見ると顔があった。穏やかな顔をしている。いい夢を見たんだな。よかった。しばらく眺めていると、姉さんも目を覚まし、ニコッと笑って僕を抱きしめる。暖かい。お互い、寂しい心が癒される。
昨日のダンジョン攻略は、色々反省することがある。頭の中で、攻撃防御場面を思い出し、あらためてどんな方法がほかにあったのか、シミュレーションをする。念のため、武具もあらたに作りたい。今日は、そのための準備の日だ。朝は、近くのカフェに行き、静かに向かい合って、焼き立てのパンと野菜スープ、そしてお茶を飲む。穏やかな時間が過ぎる。
さて、動き出そう。まず、ギルドに寄る。参考までに、朝一番で、クエストの内容を見ておこうと思ったのだ。何か面白い情報もあるかもしれないし。ギルドの建物に入り、クエストの掲示板を見る。掲示板からクエストの張り紙を引きはがして受付に持っていく冒険者もいる。こうやって、クエストを受けるのか。
どんなものがあるのかな。護衛が多いね。魔獣の討伐もいくつかある。魔獣なんか人里に出るのだろうか。姉さんに聞いてみると、あまり強いのはいないけど、たまに人里近くで見つかるので、安全のために狩っておくそうだ。そこの村や公爵からの依頼になるそうだ。Fランクだと雑用ばっかりだね。宅配や引っ越しの手伝い、人探し、清掃、買い物なんかだ。薬草採取もあるか。森林地帯で調査の補助なんかもあるね。どんな調査をするんだろう。危険だよ、森林地帯は。
と、そこに2人の少年少女がやってきて、「ドロップアイテムの回収補助はいりませんか。」と叫ぶ。
「あれは何?」と僕は姉さんに尋ねる。
「戦いながらドロップアイテムを回収するのは、時間も体力も無駄になるので、代わりに拾ってもらう人がいると便利なのよ。それを仕事にしている子どもたちがいるの。でも本当は危ないのよ。」
そうか。そう言えば、僕たちも拾いきれなかったな。安全さえ気を付ければ、役に立ちそうだ。そこで、「マリエラ姉さん、雇っていいかな。」と断って、僕はその子らに声をかけた。
「君たち、ちょっといい?」と、僕らは、子どもたちを近くのカフェに連れて行った。
「なんでも食べていいよ。」と、その子たちに言うと、途端に顔を輝かせて、腹に溜まりそうな串焼きやソーセージを頼んだ。お腹がすいているんだね。豊かな公領でも、みんながみんな豊かであるはずはないよね。料理が来たら、美味しそうに食べている。
「ところで、名前と歳を教えて。」と聞く。
「アルス13歳」「ジル11歳」と、男の子と女の子は、口々に答える。「兄妹なんだ。母が病気で働けないので、割の良い仕事を探しているんだ。」と少し悲しげに、そして「ダンジョンは、3階層まで潜ってドロップアイテムを回収したよ。」と少し得意げに、兄が答える。
そうか、明日は、もう一回9階層に潜って、トロールを効率よく倒したいと思っていたが、たくさんドロップした普通のトロールの魔石は拾いきれなかったからな。よし、明日、お願いしよう。
ふと見ると、アルスとジルは、食事を少しずつ残している。僕が「食べないのかい。」と聞くと、「母に持って帰ってよろしいでしょうか。」と聞く。あぁ、そうだったのかと思い、「帰りに買ってあげるから、ここでは食べてしまいなさい。」と僕が促すと、2人は嬉しそうな顔をして、最後の一口を頬張った。
こうしてアルスとジルは、僕らの補佐となった。
ギルドの帰りに、アルスたちを伴い、武具屋に向かう。彼らにも防具は必要だ。また、僕たちも適当な武具があれば手に入れたい。そもそも、人がどんな武具を使っているのかも興味がある。最初にダンジョンに入る前にも武具屋には寄ったが、そのときはダミーのものだけでよかったから、あまり考えなかった。
店に入った。長剣、短剣、槍、弓矢、斧、棍棒か。得意な得物を選ぶのだな。当たり前といえば、当たり前か。武器の中でもランクはある。ミスリルソードなんか滅多にお目にかからないようだ。防具は、盾、籠手、革鎧、金属鎧か。籠手と革鎧はあってもいいか。盾はあってもよいが、重そうだな。あとで、ミスリルで作るか。
「ご主人。革鎧の皮は、何でできているの。」と僕は尋ねた。
「色々ありますが、一番丈夫なものは、龍皮です。お値段も張りますがね。あとは、クロコダイルも堅いのでよく使われています。」と主人は答えた。
造形の参考も兼ねて、全員分の籠手とクロコダイルの革鎧を購入した。子どもたちには少し大きいか。と言っても、アルスは僕と変わらない身長をしているけどね。そこで、スモールサイズを調整してもらうことにし、夕方取りに行くことにした。全部で中金貨6枚だ(60万円くらい)。クロコダイルは、南の地方から輸入しなければならないから、やっぱり高いね。でも、質感がいい。あとでコーティングをして、もっと強度を上げるよ。
そのあと、あいさつを兼ねて、どんな所に住んでいるのか、子どもたちの家を訪ねることにした。行きがけに、約束通り、食べ物を買ってあげることにする。子どもたちに「お母さんに、煮込みのような、消化によいものを買ってきてあげて。それから、君たちのお昼に好きなものを買っておいで。」と、お金を渡すと、勇んで屋台に走っていった。
2人が住んでいる辺りは、公領内では貧民層の居住地域だという。子どもたちは、その一画の長屋に母と一緒に暮らしていた。子どもたちの「ただいま。」に続き、僕が「ごめんよ。」と一緒に入る。貧しい家だ。家の中にはめぼしきものは何もない。一人の女がやせ細って床に臥せっている。名前は、ヴィオレッタだそうだ。子どもたちは、早速母親に、事情を説明して、買ってきた食べ物を食べさせる。ヴィオレッタは、子どもたちから食事を受け取り、美味しそうに口にする。
僕は、その女を観察する。特に何かの病でもなさそうだ。栄養失調ではないだろうか。
食事が終わるのを見計らって、僕は母親にヒーリングを掛ける。少しは体力が回復するはずだ。段々、血色がよくなってきた。だが、基本的には栄養が足りていないので、これからも食べるものが必要だ。
ヴィオレッタは、一息ついて、「ありがとうございました。見知らぬ私どもにこんなことまでしていただいて。」と僕たちに丁寧にお礼をいう。その頃には、もう起き上がることができるようになっていた。
僕は、「いえ、アルスたちに僕らの仕事を手伝ってもらうことになったので、あいさつがてらにお伺いしただけです。」と、いきさつを説明する。ヴィオレッタは、ダンジョンに潜ると聞いて心配を口にしたが、子どもたちの決意を知り、最後は「わかったわ。やってみなさい。」と、子どもたちを励ました。
ヴィオレッタは、以前は腕の良い料理人として、ある食堂で働いていたそうだ。でも、その食堂が廃業してしまったため、その後、決まった働き先が見付からないまま、いつの間にか床に伏してしまったそうだ。料理人か、いいね。ウチでもこれから必要だ。
そこで僕は、早速その場で、「家を構えたばかりで、丁度いい機会だから、住み込みで料理人と家事全般を見てくれませんか。」とお願いしをした。ヴィオレッタは、急な話でびっくりしていたが、涙を流して、「ぜひ、お願いします。」と深々と頭を下げた。翌日はダンジョンなので、早速明後日から拠点に住み込んでもらうことにし、その住所を教えた。
マリエラからは、「それにしても、アキラは、何でも決断が早いのね。」と言われた。僕は、「これは運命だよ。僕は、運命には決して逆らわないからね。」と答えておいた。
夕方。僕たちは、武具屋に寄って、防具の調整の出来を確認した。そして、追加加工のため、アルスたちのものも僕が持ち帰り、あすダンジョンに入る前に着替えさせることにした。アルスたちとは、翌朝の待ち合わせの打ち合せをし、解散した。
その夜、購入した防具には、革の間に薄く伸ばしたミスリル板を挟み込み、防御力を向上させた。また、アルスとジルには、貴石を3つ吊るした超強力な防御用のペンダントを作った。この際、見た目は気にしない。そして僕の新兵器には、ミスリルの棒手裏剣を大量に製作した。