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2 出会い

 出発の朝、皆に見送られ館を後にする。今日は普段着だ。馬車で冒険者ギルドまで送ってもらった。公爵お墨付きの身分証明書をもらってきたので、冒険者登録には問題なかろう。従者にお礼を言って、ギルドに入る。結構賑わっている。あとから聞いた話によると、朝と昼下がりは人が多いらしい。ダンジョンに入る人とそこから帰る人だ。朝は、新しいクエストも張り出されるので、一番人が多い時間帯だそうだ。


 さて、登録はどこかな、ときょろきょろしていると、いきなり後ろから、「少年、こんなところで何をしているのだ!」と声を掛けられ、そのまま抱き着かれた。防御の術式が発動しないので、きっと好意の抱き着きだ。まるで、いたずらっ子だね。

 これはあの冒険家風のお姉さんだな。ここにいるということは、やっぱり、冒険者か。


「お久しぶりです。ここで冒険者登録をしようと思って、受付を探していたのです。」と答えると、「そうか、こっちだ。」と案内してくれる。マリエラという名前だそうだ。親切だな。公爵令嬢の護衛を任されるだけあるか。裏表のない、真っすぐな性格と見受ける。この人からダンジョンや冒険者のことを色々教わろうと、僕は決めた。こんなちょっとした出会いが人生を彩るのだ。


 登録は、公爵発行の証明書のおかげですんなり終わった。冒険者登録証をもらう。Fランクからスタートらしい。ダンジョンの攻略度やクエストの達成度に応じてランクアップされるそうだ。一通り説明は聞いたが、わからなくなったらお姉さんに聞こう。


 さて、次は拠点づくりだ。宿は、造形をするには不便だ。一軒家がいい。マリエラに、「拠点とする一軒家がほしいのですが、どこで借りられますか。」と尋ねた。マリエラは、「えっ、少年。一軒家を借りるのか。」とまたびっくりだ。びっくり尽くしだよ。この先が、思いやられる。

「うん、公爵様からたんまりお礼をいただいたからお金はあるよ。一軒家を借りるから、よかったら、余っている部屋を使っていいよ。」と答える。

「ありがたい。宿代が節約できる。」とマリエラ。でも、男と一緒に一軒家を借りることに躊躇しないんだね。まあ、彼女にとって僕は「少年」だからね。

 こうして拠点探しが始まった。


 便利なもので、冒険者ギルドが、冒険者用の家具付一軒家を斡旋してくれるそうだ。冒険者は、5人から30人くらいのパーティーを組むことが普通で、宿より一軒家を借りることも多いそうだ。ダンジョン攻略に半年、1年かけることも珍しくはなく、賃貸の需要は多い。

 春に公爵令嬢の護衛で帝都に行くまでの3か月くらいの期間で、ダンジョンに比較的近いところを探す。通勤や食事にも便利だからね。

 冒険者ギルドの職員に何軒か案内されて、適当な物件を見付けた。2人で借りるには、相当広いが織り込み済みだ。人に見られないで作業ができるという環境が必要なのだ。その意味で、誰かが一緒に住んでいた方が目立たない。ここに決めよう。


 僕は登録証を示して契約書にサインをし、一括して3か月分の家賃、中金貨9枚(90万円くらいか)と仲介手数料として中金貨1枚を一括して支払った。そして、保証金は、家賃1か月分相当をギルドに預託した。第三者に預託とは、しっかりしたシステムだ。日本より進んでいる。鍵は2つもらって、1つずつ持つ。

 マリエラは、早速これまでの宿を引き払って、越してきた。これからは、シェアハウスだ。家賃は僕のおごりだよ。拠点の借り上げと引っ越しは、午前中一杯の作業だったね。お昼は、露店で子豚の丸焼きだ。食費も僕が出してあげることにした。何しろお金持ちだからね。


 さて、午後は、作戦会議だ。ダンジョンに潜るには、どうすればよいのだ。右も左もわからない。ここは、マリエラの出番だ。ここのダンジョンは、Fランクでは1人では潜れないという。Cランク以上でないとだめだそうだ。安全上の理由だ。マリエラはCなので、Fランクの僕も一緒に潜れる。危なかった。よかったよ、マリエラに声を掛けられて。


 ここのダンジョンは、30階層あって、最高位層までたどり着いたパーティーは未だにないそうだ。マリエラは、ほかのパーティーに参加して、7階層まで進んで攻略できずに帰還したことがあるとのこと。今度行くときは、魔法陣で一気に7階層まで行き、そこから攻略できる。便利にできているね。ダンジョンは、人を獲って食う鬼のような存在なので、それでないと、人を呼べないからね。階層ごとに環境や湧き出す魔物の特徴があって、基本的には、階層を進むにつれて難易度が増す。同じ魔物でも、大きさが違ったり、襲ってくる数が異なったりする。

 魔物を倒すと、魔石が出たり、魔獣の牙、皮がドロップしたり、宝箱が現れるらしい。奥の階層の宝箱には、現世に存在しない常識を超えたお宝が入っていることがあるそうだ。一度ダンジョンに潜ると、行く階層にもよるが、何日も内部でキャンプすることもあるとのこと。わかった。これから装備を整えよう。


 二人で武具屋、薬屋、雑貨屋などにより、装備を整えた。僕にはあまり必要はないけど、目立つといけないので、普通の冒険者の格好になるように一式を揃えた。帰りは、夕方になったので、マリエラのいきつけの食堂「炭焼亭」に入って食事をした。もうここまでくると、旧知の仲というか、姉弟くらいの長いつきあいだった気がしてくるよ。

 ガチョウくらいの大きさの鳥の丸焼きを2人でむしりながら食べた。炭火のローストは美味しいね。たれは何だろう。古代中国には、既に「醤」という発酵食品があったというから、これも、おそらくは何かを発酵させた調味料なのだろう。旨味が引き立つ。この店は、冒険者に人気があるようで、明らかに冒険者とわかる人たちが喧騒の中で食事をしている。美味しくて食べ出があれば、皆来るよね。


 拠点に帰った。明日は早いが、まだやるべきことがある。マリエラのために、武具を作ろう。怪我をされては困るからね。


 2階にある別々の部屋にそれぞれ落ち着き、僕は早速、純粋ミスリルの延べ棒を取り出し、それを剣に造形を始めた。マリエラが使いやすそうな刀身の長さに拵え、柄には持ちやすいように鹿のなめし革をしっかり巻く。鞘は丈夫で軽い木と強い革で作る。そして、柄に琥珀を埋め込み、そこに発動式を付与する。剣の切り裂く力が、何倍にもなる発動式だ。防御にも強い。できた。我ながらほれぼれする出来だ。


 次に防御の道具を作る。女性だからネックレスがいいか。冒険者だから、普段使いに耐える地味な形状のものがよい。ミスリルの細い輪に、サファイアを吊るす。目の色が金色だから黄色のサファイアをストックから探した。そして、貴石に防御力を付与した。体力維持・回復と解毒もあった方がいいかなと、それぞれの指輪を作る。剣と、ネックレスに指輪が2つか、気張ったね。ダンジョンで生死を共にするのだから、まあいいでしょう。


 と、そのとき、「少年!風呂が沸いたぞ。」と、マリエラが部屋に飛び込んできた。

「一緒に入ろう。背中を流し合うんだ。」と、嬉々として僕を1回の風呂場に引っ張っていく。さすがにびっくりした。風呂場があったんだ。気が付かなかった。マリエラは、お湯を張っていたんだな。風呂まで少年と一緒に入りたいのか。案外さみしがり屋だな。まあ、ここまで来たらなるようになれか、大人しく付いていく。


 一緒に風呂に入る。冒険者だけあって、筋肉質だ。抜群のスタイルを誇る。そんな彼女に背中を流してもらう。お返しに、「マリエラ姉さん、僕も背中を流すよ。」と言って、彼女の背中に回る。大きな背中だ。ふと、その背が傷だらけなのに気づく。そのとき、僕の脳裏には、色々な思いが駆け巡る。


 女一人で冒険者をして、随分大変な目に遭ってきたんだな。怪我の絶えない冒険をしてきたんだ。どうして冒険者なんかしているのかな。と思ったとたん、元の世界にいるはずの自分の姉を思い出した。両親が早くに亡くなり、女手一つで僕は大学まで行かせてもらった。きっと、苦しかったこと、傷ついたこともたくさんあったんじゃないかな、マリエラさんみたいに。


 思わず僕は、彼女の背中に抱き着き、そこで涙を流した。とめどもなく涙が溢れる。

 マリエラは、その背中が一瞬驚きを見せたあと、何事もなかったかのように、しばし僕が泣くのに任せ、それからおもむろに後ろを振り向いて、その胸に両手で僕を抱きしめた。懐かしいような柔らかな感触だ。僕の頭に涙が伝わる。マリエラ姉さんも泣いていたよ。


 それからは、僕は彼女を「マリエラ姉さん」、彼女は僕を「アキラ」と呼ぶようになり、こうして僕たちは、姉弟になった。


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