6 マラハーム
前日は、乾燥した魚介で取った濃厚なスープ、頭蓋骨が容器の子羊の脳の蒸し物、香辛料をたっぷり塗り込んだ子豚の丸焼きなど、ご当地ならではの食事を満喫した。飲み物は、木登りトカゲの酒と果実のリキュールだ。僕は子豚の丸焼きに舌鼓を打ち、そして皆は陽気に燥いだ。晩餐会では難しい話はなく、そのうちお開きになり、僕らは宿に戻った。
今日からは、地方巡業だ。友好のためにというお題目である。
最初に出向くのは、マラハームだ。ここから馬車で通常であれば20日、われわれであればその半分だ。内陸で、シュワルツ王国と境界を接している。そこでは国境線紛争が続いているという。どうもきな臭い。だがそこの宗主に招かれているので、道程からは外せないのだ。隣国がそこを破れば、王都への侵攻は造作もない。
きな臭いのはわかっているが、帝国の騎士たちは、戦う気満々だ。武人は、どこの世界でも戦うのが好きだ。
「腕が鳴るね。」とキャロラインは、はしゃぐ。『身近にもいたね。』戦いが好きなのは、武人だけではなさそうだ。
早朝、僕らは馬車を連ねてマラハームに旅立った。われらが高速馬車で10日の旅程である。
出発してから5日目のことだ。僕らは、水場のある、とある村を通った。男たちの姿が見えない。老人と女、子どもだけだ。そこにいた老夫に尋ねれば、壮年の男たちは、徴兵されてマラムーハに出ているという。そこまで戦争が現実的になっているということだ。
『末端の戦士だって、一人一人が人生を背負っている。』ということを実感せざるを得なかった。われわれに出来ることは限られている。村には、水のほかにダンジョン肥料を分けてやり、先に進んだ。
道中の村々で同じようにして、予定通り10日目の夕刻にマラハームに到着した。移動で10日は疲れる。だがこの世界では、移動に時間が掛かることは当然のこと。誰も疲れた様子は見せなかった。
街に入るのには、城壁をくぐる。使節団は、そのまま通し入れられたが、城内の街なかは、兵士のほかに一般人は殆ど歩いていない。店も多くが閉じている。
『尋常ではないな。』
ここでは、使節団は宗主の城に宿泊する。ここの城は、隣国との紛争に備えて、大きく堅固にできているそうだ。
「マラハーム宗主のシャラール・マラハームです。」と宗主が一行を出迎えた。
僕らは、各自の部屋に通され身支度をしたあと、歓迎の夕食会に出向いた。
大きな食卓には、川魚の辛味スープ、各種の肉や野菜のカレー、香辛料に付け込んで焼いたチキンや羊肉、モツと豆の煮込み、ヨーグルトに似た乳製品などの料理が所狭しと並べられている。
宗主のシャラールとイオラント皇子が儀礼的なあいさつを交換し、僕らは食事を始めた。
「街なかには随分兵士の姿を見ましたが、何かあるのですか。」と皇子が口を切る。
「シュワルツ王国が数か月前から国境線に兵を集めています。そこでわれわれも警戒をしているのです。」と宗主。
そして、「こんな中、皇子たちをお呼びして申し訳なかったのですが、またとない機会でもありますので、お越しいただきました。ご滞在中に事が起こるとも思えませんので。」と宗主は続けた。
宗主は、帝国の皇子が滞在している以上、シュワルツ国が仕掛けてくることはないと見ている。皇子が滞在するという情報は、当然、隣国もつかんでいるはずだった。宗主としては、皇子の招待は、戦争の準備期間を稼ぐ目的なのだ。
皇子と宗主は、それぞれ手元の河童の皿に料理を載せながら食事をしている。宗主にも河童の皿は贈呈してある。こちらだけ使うのも失礼だしね。
「ここから国境まではどのくらいの距離があるのですか。」と皇子。
「馬車で1日もかかりません。すぐそこなのです。」と宗主。
『いつ攻めてこられるかって、生きた気がしないな。』
そのあとは、産物や交易の話に花が咲き、宴は早めに幕を閉じた。
翌朝、食事をしながら『今日は、コーヒー園、騎乗トカゲ訓練所と、あとどこに案内してもらう予定だったかな?』と考えていると、城の半鐘が大きく鳴り出した。
「何だ?」皆、怪訝な顔をする。
すると一人の係官が飛び込んで来て、「シュワルツ国が攻めてきました!」と大声で叫んだ。
そのころ、マラハームの前線にあるワーラン砦の城壁上で、シャラート将軍がシュワルツ国の集結部隊が国境を越えて前進している様子を見つめていた。
「トカゲの騎兵部隊が500、戦象部隊が100、それに歩兵と弓兵か。全部で1万5000というところか。」
敵兵は、ここで食い止めなければ、宗主のいるマハラーム城まで一気に攻め込まれる。マハラームの街は、頑丈な外壁に囲まれてはいるが、そこでの攻防戦は大きな被害が見込まれ、必ず勝てるという保証もない。この砦にも、1万の兵がいるのだ。
目の前は、広がりのある草原だ。ワーラン砦で籠城している余裕はない。正面から戦って敵を敗走させるしか手はない。敵は、朝から戦う気満々なのだ。
マハラームの宗主には、既に伝書鷲で連絡をしている。ただ、この時を予測して、準備はしてきた。将軍は、自軍を砦から出陣させ、敵と睨み合うように、その正面に布陣をした。
僕は、係官の開戦の知らせを聞いて、『タイミングが悪いね。敵は帝国使節団がいることを知っているんじゃなかったのかな。知ってのことなら、帝国にも宣戦布告しているようなものだよね。使節団の騎士と兵士の腕の見せどころか。だが勝手に戦っても帝国に迷惑が掛かる。あくまで、正当防衛でいくのかな。』などと考えながら、「大鷲のオペルを偵察に飛ばします。前線の様子を確認します。」と皇子に伝え、庭に出てオペルを飛ばした。
「前線の様子を偵察してきてね。」
大鷲は、勢いよく空に舞い上がっていった。オペルの速度なら、ものの30分だ。すぐに映像を送ってくるに違いない。
僕らは、城内の部屋を借り、一堂に会して前線の様子を見ることにした。
『あっ、見えてきた。』
前線のワーラン砦が見えた。そしてその向こうには、草原が広がり、国境を越えてきたシュワルツ国の敵軍と、マルカニア国軍が睨み合っている。
敵軍は、先頭はトカゲの騎兵部隊、次に歩兵、それから弓兵と思ったら、何と戦象部隊が控えていた。
『像が100頭はいるか。』
戦象が100頭もいれば、マルカニア軍は踏みつぶされて惨敗ではないか。
僕は、オペルから送られてくる映像をその場で実況中継した。
すると皇子は、「使節団は、どのように行動すべきか。」と、上級文官と騎士長に尋ねた。
文官は、「はい。本来であれば、他国間の戦争に関与すべきではありませんので、速やかに帰還するのがよろしいのです。しかし、この状況では、城の外に出ることに危険がありますので、中立の立場を取りながら、この場に留まらざるを得ないと思われます。」答えた。
片や騎士長は、「王都まで撤退すべきと考えます。われわれであれば、シュワルツ国が攻めてきても、戦いながら王都まで逃げ切れると思います。」と答える。
この後、撤退する、しないという議論が白熱した。
僕は、『ワープと移動型転移魔法陣を組み合わせれば、この国のネイアン港まで移動するのに、1時間も掛からないので、あまり議論の意味はないのになあ。』と思いながら議論を聞いていた。
『お節介だけど、介入するかな。』
僕は、「よろしいでしょうか。」と口を開いた。