4 襲撃
早くに朝食を食べて出発する。ここの朝食もクレープ風手巻き料理だ。この国の朝食の習慣なのだろうか。だが昨日とは具が少し異なる。牛の細切り肉と野菜を辛味で炒めた具であった。
『味付けは同じだな。』腹持ちもよさそうで、悪くない。
食事が終われば出発だ。今日は、谷間を通るので危険が予測される。僕は、使節団の少し先を使役鷲のオペルに飛んでもらうことにした。
オペルは、クワッ、クワッ、クワッ、クワッと鳴きながら僕らの前を行く。
朝から4時間ほど走った。随分距離は稼いだが、午前中は何事もない。一旦、馬に水をやるために休憩だ。オペルにも肉の塊を与える。
『水場なのに、水が涸れているな。』
街道の随所に、水場が設けられている。しかしここの水場は涸れていた。
「どうしようか。」と皆が相談している所に、僕は出て行った。
「僕が水を出します。」
ミナンデル・ダンジョンのお宝の青い水玉を取り出し、水場の淵に置き、「清水よ、勢いよく湧き出せ!」と唱える。唱えなくてもよいのだが、これは儀式だ。
すると、水玉からコンコンと清水が湧き出すではないか。水場はたちまち水で満たされ、馬たちは喉を潤した。僕らは、革水筒を持参しているが、ここで補充だ。
イオラント皇子は、これを見て、「アキラ殿は、水の精霊とも対話ができるのですね。」と話しかけた。僕は、「いえ、これは、ミズチを倒して得た魔道具なのですよ。」と答える。こんなところで役立つとは思わなかったけどね。
ところが、僕が清水を出す様子を窺っていたのは、使節団だけではなかった。少し離れたところから、どうなることかと一団を眺めていた村人たちもこの様子を目撃していたのだ。
そしてその村人たちが、「もし、異国の方!」と、息を切らせながら急ぎ足で近づいてきた。
騎士と兵士が警戒するが、村人たちに危険な気配はない。
「水の精霊様だかや。わしは、ここの村長じゃが、村が水不足で、田んぼに苗が植えられなんだ。貯水池に水を出して下しゃれ。」と、駆け寄ってきた村長と周りの村民が膝を付いてお願いをする。
『そういえば、水不足って話だったな。』
村が困っているのを見て、ほってはおけない。
「殿下、1時間ほどお時間をいただけますか。貯水池を満たしてこようかと存じます。」と僕は皇子に許可を求めた。襲撃が予想される中で、時間は貴重なんだけどね。
皇子から、「他国の民も救えるものであれば救いたい。」と了承を得た。さっそく僕は村長に高台にある貯水池の場所を聞き、水玉を手に天使の翼で飛んだ。
「天使様だべや・・・」と村人たちの驚愕した声が後ろから聞こえた。
『ここか。』
ここが水源だ。いつもは清水が湧き出し満水を湛えている貯水池が干乾びている。例年であれば、貯水池を溢れた水が、用水路を通って下の田んぼに送られるらしい。
『これでは、苗も植えられないな。』
僕は、その淵に水玉を置き、手をかざして魔力を目一杯注ぐと、水玉から凄まじい勢いで清水が湧き出した。水はどんどん溜まり、池に溢れ、遂に用水路を通り下方の田畑に向かって勢いよく流れ出す。だが大きな貯水池を満タンにしたので、これまでに1時間近く経過した。
『予定より時間が掛かってしまったな。』
僕は、高台から用水路の水が田んぼに引き込まれる様子を見て、ようやく作業を終えた。
さあ、出発だ。村人たちに感謝の声で見送られ、使節団は動き出した。
僕が次の宿場まで先に飛んで、転移魔法陣を設置すれば、谷間を通らないで行くこともできた。しかし、「帝国の使節団は、マルカニア国の盗賊など怖れるものではない。」との意見が大勢を占めたのだ。
「盗賊団は、殲滅した方が、ほかの旅人のためにもなる。ここは正面からぶっ潰そう。」ということになったわけだ。
僕が出しゃばっても、騎士のメンツが潰れるからね。血を見るのは嫌だけど、あとは任せよう。
2時間ほど進み、間もなく問題の谷間に入る。僕は、オペルを飛ばして、左右の岩崖の上に、それぞれ100名ほどの盗賊が待ち伏せしていることを確認した。大がかりだな。単なる盗賊ではなさそうだ。マルカニア国内の敵対勢力か隣国の手が入っていると見た方がよい。ここは、圧倒的な強さを示しておくのが、後のためにもなる。僕は偵察と防御だけで、あとは騎士と兵士の役割だ。頑張ってね。
使節団は、谷の入口に馬車を停め、騎士と兵士の相当数が先行した。
崖の上からは、盗賊団が見下ろしている。
「騎士を相手にしても仕方ない。馬車が来るまで待て。」と農民を装った男が首領に告げた。
「どうせ倒すんですから、先に騎士を倒しませんか。」と首領。
『それもそうか。』と男は思う。だが馬車を守りながらの方が、相手は戦いにくいのではないか。それに、こちらは皇子の馬車だけを狙えばよいのだ。
「皇子の馬車が来るまで待つぞ。皇子を生け捕りだ。」と男は再度命じた。
一度やって来た騎士たちは、その場を確認して、馬車のところに戻っていく。そして、馬車を率いて、再び盗賊団の待ち構える場所までやって来た。
その時、馬と御者を目掛けて矢が飛んで来る。だがこれは軽くはじかれた。首領は上からそれを見て違和感を覚えたが、深くは考えずに「いくぞ!」と合図を掛けた。
その合図とともに、谷の両脇の岩崖から、盗賊団が一斉に、雄たけびを上げながら駆け下りてきた。馬上の盗賊は10人余り、あとは歩兵だ。
『来たな。』準備はできている。
御者は兵士から騎士に入れ替わっていた。馬車は間隔を開けて続いている。皇子の馬車は空だ。皇子は、真中の馬車に移動しており、僕とキャロラインがその御者をしているのだ。馬車の中は、マリエラとシルビアが皇子を守る。完璧だ。
盗賊団は、皇子の馬車を狙って押し寄せてくるが、騎士と兵士が応戦の構えだ。
盗賊たちの獲物は、斧、鎌、棍棒など実に原始的である。剣を持つ者はわずかだが、木製の盾を構えている。
騎士たちは馬を降り、また、御者に扮していた騎士たちも、馬車の御者台を飛び降り、左右に25人ずつ盾を構えて一列に並んで布陣する。兵士は、再度交代で御者台に乗り込み、または馬車の屋根に乗って弓を構える。
まずは屋根の兵士が攻撃だ。駆け下りてくる盗賊目掛けて矢を次々に射る。馬上の族を優先して射かける。すると何人かは矢に当たり落馬するが、やはり馬上の賊は強い。矢を躱し、撃ち落とし、盾で防ぎ、多くの賊にとって、矢はさしたる脅威にはならなかった。
徒歩の盗賊たちは、原始的な装いで駆けながら、盾を構えた騎士目掛けて、力任せに獲物を撃ち込んでくる。しかし、武器は騎士の盾で跳ね返され、自分の身も飛ばされ、その隙に一刀のもとに両断される。これの繰り返しだ。
騎士たちは、ミスリルの剣で、盗賊を盾や武器ごと、事もなげに切り伏せていく。盗賊たちの身体はきれいに切断され、たちどころに屍の山だ。
一部の隙も無く連携の取れた騎士たちだ。盗賊など、到底騎士の相手にはならなかった。
僕は、「キャロライン姉さん、あの首領らしき男を、鞭で巻き取って生け捕りにして。」とお願いした。するとキャロラインは、「あいよ!」と吸盤ムチを器用に振り回し、逃げようとしていた馬上の男を、とらえて巻き取った。男は藻掻くが、ムチは切れも外れもしない。
そして彼女が「首領を捉えたり!」と大声で見栄を張ると、形勢不利と見た盗賊たちは、逃げ腰になり、さらに屍の数を増やした。
わずか30分程度の戦闘であっただろうか。馬上の賊を含めて、かろうじて数名は逃げおおせたようだ。もちろん深追いはしない。
僕は、この世界に来て初めて命を懸けた戦闘を目撃した。
『自分では、したくないね。』
3人の騎士が、捉えた首領をぐるぐる巻きにして馬に乗せ、次の街まで早馬で駆けることになった。盗賊の後始末は、この国の行政に任せるのだ。
そして僕らは、何事もなかったかのようにその場を後にした。馬車の窓は閉めさせていたので、戦闘員以外は、この光景を見なくて済んだよ。大切に預かっているアンナとエルザがトラウマになったら困るからね。
その日は、さらに3時間走り、少し遅くなったが次の宿場に到着した。精神的に疲れたな。夕食の香辛料たっぷりの羊肉塊のスープが、心身の疲れを癒してくれた。