3 マルカニア王国
その後の航海は順調だった。途中速度を調整し、4日目の早朝、マルカニア国のネイアン港に到着した。前日、船から伝書鷹を飛ばしていたので、港では帝国の駐在官とマルカニア国の高官たちに出迎えられた。
マルカニア人は、帝国人より背は低め、肌は浅黒く、濃い顔をしている。言葉が違う。しかし僕の言葉も別の異国語だ。未知の言語同士でも意味の交換ができるのは、僕の特技だ。
だが、マルカニア国の高官たちは帝国語を使える。当方の駐在官もいるので、皇子たちも会話には不自由しそうもない。
使節団は、何組かに分かれて朝食を取った。僕らは、皇子たちと同室で、上級文官と当地の駐在官も同席する。僕は使節団に、ホヴァンスキ・ダンジョンの河童の皿を貸してある。旅行中の食事は、この皿に少量を載せれば毒を確かめることができる。河童も案外役に立つものだ。
旅行中は、1日2食なので、朝食はたっぷり食べておくことが奨励された。この日の朝食は、米粉を練って焼いたクレープに、ひき肉と細切り野菜の辛味炒めを載せて巻いたものだ。香辛料が効いている。手で食べてもよいそうだが、僕は、皇子にならってナイフとフォークを使った。『文明人を気取らないとね。』
僕はクレープを食べながら、『ひき肉は傷みやすいけど、料理の幅は広がるな。帰ったらハンバーグでも作ってみるか。』と発想を膨らませる。
飲み物はコーヒーだ。当地では、贅沢にも砂糖をたっぷり入れて飲む。
『ご当地のコーヒーは美味しいな。帰りは、コーヒー豆を大量に仕入れよう。』
僕は、領地のカフェでコーヒーを味わう自分を想像してニンマリとした。
ここからは、僕がポケットに入れて運んだ馬車を連ねて国都まで行く。10日ほどの距離だが、馬車を軽くしてあるので、倍の距離は稼げるはずだ。馬の疲れを回復させるために、馬用の体力回復ビスケットも用意してある。
そうすると5日程度で、王都に着ける。その道筋に、岩崖の狭い間を通ることがあり、時折山賊が出没するそうだ。それを避けるルートもあるが、2日ほど遠回りになる。
どちらを通っても、今回の使節団は、狙われる要素があるようなので、近いルートを取ることにした。
食事が終わり、広場に全員集合した。
そこで僕は、まず馬をポケットから取り出す。90頭ほどだ。40頭は馬車を牽く。残りの50頭に騎士たちが跨る。この騎士たちは、僕がダンジョン暴走に備えて納めた武器を装備した無敵の戦闘集団だ。次に順番に10台の馬車を取り出し、馬とつなぐ。御者は兵士だ。歩兵が多いので兵士には、速足の中敷きを渡してある。
そのあと僕は、襲撃があったときでも落ち着いて対処すれば心配ないことを説明した。皆に向かって口を開く。
「この馬車は、斧でも壊れません。襲撃があったときは、中から窓を閉めてください。よいと言うまで決して開けてはいけません。」
「馬は、鎧を装着しています。薄くて軽いので布を被っているように見えますが、矢をも通しません。」
「騎士はもちろん、兵士も馬と同じ速度で走れます。馬車と一緒に走って逃げても遅れを取りません。」と。
馬車は、帝国の紋章が刻まれた豪華な1台に、皇子、御側仕え2名、マリエラと上級文官に騎士が1人ずつ乗り込む。あとの7台の馬車には、文官と商人が乗り、1台の馬車は荷物を積む。荷物が少ないのは、皇宮所有のマジックバッグを利用しているからだ。マリエラも自分のマジックバッグで皇子の付き人の荷物を引き受けている。
そして残りの1台は僕ら用だ。僕とアンナ、エルザにシルビアとキャロライン、それからトーマス商会のエルンストも一緒に乗る。アンナとエルザを交えて、商売の打ち合わせをするのに都合がよい。
先頭の馬車には、駐在官と案内役の当国の係官らが乗る。2番目が皇子の馬車、3番目が僕らの馬車、最後は荷物の馬車だ。
無事の帰還が今回の最大のミッションなのだ。戦いは避けては通れないと覚悟をしている。10台の装甲馬車、50騎の無敵の騎士団、80人の速足の歩兵と、強固な使節軍団が出来上がった。
『三美神が揃ったんだから、何が来ても楽勝だね。』
馬車は、順番に出発した。
「この馬車は揺れないな。座席も快適だ。それに速い。」と皇子がマリエラに話しかける。
「そうなのです。軽いので速いのです。それから、アキラ様がお作りの馬車は、揺れません。座席のクッションは、魔鳥の羽根で出来ています。」と彼女は、微笑みながら答えた。
「帰国後は、皇室で利用することになりますので、巡幸や巡啓が楽になります。」と文官も、にこやかに話の中に入る。
「ところで、ここから国都まで、どのような道中になるのだ。時間も随分短縮できそうなのだが。」と皇子は文官に尋ねた。
文官は答える。
「天気が持てば、5日後に王都に到着する予定です。本日は、夕刻にタルムーサの宿場町に到着し、2軒の宿に分けて止まります。翌日以降も同様です。」
「2日目に谷間を通ります。マルカニア国でも警備を厳重にしている地域ですが、逆に盗賊が出没する可能性もあるということです。昨年は水不足で作物の実りが悪かったので、一部の農民が賊化しているという情報もあります。ですから今年は、より安全な迂回路を取る旅客が多いようです。」
「あとは普通の街道です。人の目も多いので、夜間でなければ一応は安全とされています。」
『なるほど。襲撃は2日目か。』皇子はそう思った。
僕は、馬車の中でエルンストと商談だ。
「この馬車は、揺れませんね。乗り心地が違います。」とエルンスト。
皆、同じことを言う。それはそうだ。これまでの馬車と全く異なるのだから当然だ。
「この馬車は、設計図があれば、馬車工房であればどこも作れるのでしょうか。」と彼。
「材料からして違いますから無理なのです。ただ、座席の部分を鎖で吊り下げるような工夫はできますので、それだけでも少しは違ってくると思います。」と僕は言う。だがこれだけでは、なかなか商売には結びつかないな。
「ダンジョン産の素材は、色々回していただいてありがとうございます。」とエルンスト。
魔物の皮、羽、角などの素材をトーマス商会に結構な量を買い取ってもらっているのだ。領内でも加工して販売しているが、個人商店が取り扱う程度の微々たる量である。
「ところで育毛ポーションを作ったら売れますか。」僕は、構想を抱きながらも忙しくて着手していなかった企画を持ち出した。領内だけで販売しても意味はない。全国的に売り出すのだ。
「育毛ですか。」と彼。
「例えば、頭が髪で覆われると聞いたら、トーマス商会のトーマスさんは、ポーションを買い求めますでしょうか。」
僕は、この世界の男性がどれだけ気にしているのか知らない。ただ、男性ホルモンが豊かなようで、結構若禿の人を見かけるのだ。トーマスもその1人だ。
「富裕層であれば、買い求める人は多いと思います。そんなことができるのですか。」
「作り方はわかります。薬草も確保できますから、需要があれば作るだけです。」
「それは素晴らしい。是非進めましょう。」
こうして、育毛ポーションの商談を進めることになった。週に1回1本で、4週でふさふさに生えるとすれば、1本につき中金貨1枚の小売価格でもいけるとのことだ。贅沢品なので高く設定してもかまわない。継続使用で、一度効果を知ったらやめられなくなる。男性版悪魔のポーションだ。
細かい打ち合わせをしながら、あっという間に時は過ぎた。
途中1回水場で休憩をしたが、夕刻、予定通りタルムーサの宿場町に着いた。普通であれば2日分の日程を1日でこなしたことになる。2軒の宿に分かれて宿泊した。僕らは、皇子たちと同じタルムーサ・グランデという高級宿だ。座って移動するだけでも旅は疲れるな。
食事の時間になった。ボーイが部屋に料理を運んでくる。食事は、安全のために、室内で取ることになっている。
野菜の辛味煮込み、香辛料の効いたバーベキューチキン、サフランライスにコーヒーだ。途中でビスケットはかじったけれど、さすがにお腹がすいていた。美味しく頂いたよ。
使節団は、道中は夜間外出禁止だ。仕方がない。今日は早く寝るか。明日も早い。