第1章 エルフの村とドラゴン 1 天から落ちた
ジョギング中に光の壁をうっかり踏み越えてしまった18歳の青年アキラは、13歳の少年にタイムバックして異世界に転移した。どんな意図のもとに、僕はここにいるのだ。元の世界の年齢になるまでに、ここに来た目的を果たさないと帰れないのか。アキラは、運命に逆らうことなく、ドラゴンを使役し、異世界の遺跡で異能を身に着け、その世界の不条理を解決する。帰る方法を模索しながら。帰れるかな。
少女は、村の中で木の実を拾っていた。村長の一人娘で、名をエミルという。ここでは、生活のために誰もが、日がな一日仕事をしている。たとえ子どもであっても。
季節は初夏、日差しが強くなり始めた、ある晴れた日の昼下がりであった。おや、広場が騒がしい。エミルは、そこに急ぐ。
天から落ちてきた。と、居合わせた者たちは、そう思ったに違いない。
僕はここに落ちた。柔らかな地面である。気絶をしたわけでもなければ、痛みを感じたわけでもない。見慣れぬ顔が、困惑した表情で僕をのぞき込んでいる。
『この子なのか・・・。誰か、呪術師のウルリカ様を呼んで来い。』
急いで連れてこられた呪術師ウルリカは、皆と同じように僕をのぞき込んだ。僕は、起き上がれる雰囲気でもないので、そこに仰向けに寝そべったままだ。しかし、ウルリカにのぞき込まれた途端、身体に静電気でも走ったかのような「バチッ!!」とした感触にとらわれる。ウルリカも同じように身体が震えた。お揃いだ。これだけでも、妙に親近感がわく。そして、ウルリカは、口を開く・・・いや開かないまま言葉(?)を発した。
『間違いないよ。この子だよ。』と。すると皆は、揃って『わーわー』と歓声を上げる。
一体何が起こっているのか。僕の身体は縮んで、ジャージの上下はだぶついている。スニーカーはぶかぶかで脱げそうだ。ジョギングの途中で光の壁を突っ切ったら、その光に包まれたまま何故かここに落ちた。だから、上下はジャージでスニーカーを履いているのだ。
僕を見下ろしている者たちは、金髪の美男美女で、耳は長く、まるでおとぎの世界のエルフだ。男たちの身長は、2mはありそうだ。女たちも、男性の平均身長世界1位オランダの180cmを超えているのではないか。顔つきから見て、少年少女もいる。ただし、それでも僕より少し背が高いくらいなのだが。そして、皆そろって、民族衣装のように白い布をまとっている。
現実感のなさと相まって、自分の置かれた状況を全く理解できない。言葉が通じるとは考えにくいが、口を開くことなく話者の観念が僕の頭に入ってきて、意味が理解できる。詳細なイメージが瞬間的に脳で処理されるということ・・・念話、テレパシーというものか。外国語ができなくても会話が成り立つのはありがたい。
『ここはどこだ。「この子」ってどういうことだ。』
半分起き上がって僕も皆に観念で話しかけてみる。頭の中では日本語で言葉にしているが、何と!通じる。
『ウルリカ様が、人族の子が落ちてきて、ドラゴンから村を救うって占ったのだ。』と、誰かが言った。
ドラゴンがいるのか。ここは、中世のおとぎの国か。どんなことでもあり得ると腹をくくらなければならない状況ではある。でも、もうすぐ始まる夏季休暇のバイトを無断欠勤するわけにはいかない。それまでには日本に帰りたい。ドラゴンを退治したら日本に帰してくれるのか。
でも待てよ、占いって言っていたな。シャーマンなのか。それでは、術者が予知しただけで、召喚までしたわけではなさそうだ。あとで聞いてはみたいが、元の世界に戻す力があるかどうか疑わしい。見るからに・・・でもある。
僕は、この世界に「たまたま」放り出されたのか、それとも何らかの意図が働いて、ここに存在しているのであろうか。
もしかして、僕が縮んだのも意味があるのかもしれない。170cmあった身長が10センチは縮んだので、年齢的には13歳くらいの時の自分か。18歳の自分が5年程度若返った。元の身長に伸びるまでに帰れれば、元の時間、場所に戻れるのか。
考えてもわかることではない。こんなときは、あがいても概して結果は良くない。運命には決して逆らうなというのが、僕の信条だ。かといって、運命に流されることを良しとするわけではない。つまらぬこだわりやしがらみに囚われないで機会を生かせということだ。動くのが運命、しからば運命は動かせる。所詮人生は廻りあわせ。
少女に抱き起こされて、村長の家に連れていかれた。どこの家も木の上にある。森の中での生活なので、きっと安全を考えてのことだろう。そこで村長から話を聞いた。
『しばらく前から、はぐれドラゴンがやってきて牧場の牛を攫っていく。もう何頭も攫われた。まだ人は攫われていないが、子どもは外に出せないで困っている。呪術師のウルリカ様に、良い知恵がないか占ってもらったところ、空から落ちてくる子どもが村を救うと神託があった。だから、それを待っていたのだ。少年よ、名は何という。』
何だ、そうだったのか。牛を守るくらいのことなら、お助け度は5段階でレベル2か、ドラゴンがからんでいるので、せいぜいレベル3だな。わざわざ異世界から招かれるようなことではないので、偶々ここに居るわけか。
でも最初の一歩。いかなる出来事も何らかの意味を持つものだ。などと考えながらも僕は名乗った。『アキラです。』と。村長は、『わしは、ギルメディアだ。』とフッと微笑み、自慢げにその名を名乗った。名前に負けたか・・・。
こんなわけで、僕はこの村に滞在することになった。