澄み渡る空のブルーリボン
確かにチャンスも正装に改めてはいる。いつものボサボサ頭はピシッと整え、貴族の着ていそうな小綺麗なシャツ。黒のブレーはホビットの丈なので短く見えるものの品格が漂う。靴先の尖ったブーツは街中で流行しているものだろう。そこまでならまぁまぁ決まっていると言える。
しかし、胸元の真っ赤な蝶ネクタイが大きすぎる。まるで、蝶ネクタイの方がホビットの少年を装着している。
「アレックス、僕は道化師じゃないんだぞ。一味を支える盗賊なんだ。」
「盗賊の正装って何よ。感謝なさい。そのリボンがあればバッチリ覚えてもらえるわよ。」
アレクシアの姿に比べると、チャンスが不満を抱くのも無理はない。
こんな事になるなら、今のより硬めの革鎧でも新調してあげるべきだったろうか。
緩やかな坂だが、鎧を着て、かつ途中で何台か馬車に追い抜かれたりしながら登っていくのは少々面倒であった。
やがて勾配がなくなり、開けた空間へと出て、大きな門へと辿り着く。
中央に馬車が通過できるほどの大きな落とし格子、脇には勝手口が1つある。頑丈そうな石造りの城壁には竜のシンボルの段幕が規則的かつ威圧的に垂れ下がっている。
槍を携行した門兵が2人。門の上にも数名の気配がある。
本物の兵士など中々目にしたことがなかった当初こそ、槍や剣を持っているというだけで恐ろしい存在だったが、自分もこうして武器や鎧を常用するようになってくると感覚が慣れてくるもので、むしろその装備や背格好からある程度の戦闘力が予測できるようになってきた。
門兵は鉄製の鎖で編み上げられた防具で身を固め、顔は露出している。得物は槍のみだ。駆け出しの戦士の冒険者のほうが幾らか手強いくらいだろう。二人とも温厚そうな顔立ちで、兵士というよりは小さな街交番の警察官とか、そういう雰囲気だ。
「ご用件を。」
俺と同じぐらいの歳だろうか。中年の門兵が尋ねてくる。
道中何度もちゃんと持ってきているか確認した手紙を鞄から取り出す。こんなに緊張する引換券など今までの人生で手にしたことがなかった。革手袋の中は変な汗でびっしょりだ。
『こちらを引換えに参りました。』
落ち着いた声を装いながら、門兵に手紙を渡す。内心はドキドキしている。この城門の先、俺達を何が待ち受けているのか。
「あぁ、ブルーリボンの引換えですね。しばしお待ちを。」
そう言うと、門兵は勝手口の方へと入っていった。
そしてすぐ、落とし格子の向こう側でその門兵が小走りをして、奥の王城の入口へと段々と小さくなっていく姿が見える。
やがて、門兵が王城の入口から小走りで戻ってきた。手に青い布をはためかせながら目の前の城門の勝手口へと入り、そして息を切らしながら再び現れた。
「はい、こちらです。どうぞ。」
門兵は俺に、美しい青い布を差し出した。以前、重装歩兵団のリーダーが着けていた腕章に違いない。
ブルーリボンだ。紛れもなく。
『ありがとうございます。その、おつかれさまでした。』
成し遂げた表情の門兵から、俺は無事にブルーリボンを受け取った。
「まぁ、なんと美しい青色でしょう。まるで澄み渡る空のよう。このような物を頂戴したからには、陛下に感謝の言葉をお伝えせねば失礼というもの。さぁご案内くださいまし。」
アレクシアが悠然と門兵に語りかける。
「いえ。お通しすることはできません。」
「はぁぁ!?なんでよっ!?」
ダメだ。アレクシア。ダメだ。
「何か勘違いされているかもしれませんが、授与式などはありませんよ。こちらで、そのリボンをお渡しして、それで終わりです。」
「じゃあほんとに挨拶だけでもいいわよ!中に入れてくれたらあとは勝手に会いに行くから!」
「なりません!陛下は誰にもお会いにはなりませんよ!」
「中庭の見学だけでもいいわ!それで勘弁してあげる!」
「やめろアレックス!これ以上は謁見どころか投獄だ!バカ!」
門兵に掴み掛かりそうになるアレクシアの腰元をチャンスががっちりと拘束する。
『すみません、大変失礼いたしました。私達はこれで。』
「覚えてなさい!?”転移”を覚えたら真っ先に城内に入ってやるんだから!」
興奮の収まりきらないアレクシアを皆で引っ張りながら、俺達は王城を後にした。
俺だけで来ていれば名誉な一日で終わったかもしれないのに、パーティメンバーの魔術師に犯行予告をさせてしまうことになるなんて。
ただ、アレクシア達は心の底から楽しみにして、気合いを入れてここまできたのだ。
このまま解散というのは、連れてきた俺としてもばつが悪い。
エネルギーを放出し終え、しょんぼりするアレクシアと、同じくしょんぼりするチャンス。
パストアとスゥはそこまでショックではなかったようだが、年輩として彼らにかける言葉を探しているようだった。
『チャンス、もう一度シルバを呼んできてくれ。』
気の抜けた顔のチャンスが不思議そうに俺を見る。
『今夜は御祝いだ。もちろん俺が出す。盛大にやろう。』
皆の雰囲気がぱっと明るくなり、俺達は駆けるようにして”竜鱗坂”を下っていった。




