憧れのお城
俺が席を立つと同時にチャンスとアレクシアが駆け寄ってくる。
思えば彼女もまたパーティーに加入したばかりの頃は普段から甲冑を着用するよう心掛けていたが、今日は探索の予定もなかった為、簡素なチュニック姿の少女らしい格好をしている。
「ケット!!」
アレクシアが勢い良く飛びついてきた。
「やったじゃない!やっぱり私の眼に狂いはなかったんだわ!」
君は初対面で俺の事をボロクソに言っていなかったか。
「お嬢達、すまないね!先に始めちゃってたよ!何にする?」
スゥがマグを揺らしてドリンクオーダーを訊ねると、我に返ったようにアレクシアが自身の姿を確認しながら答えた。
「いいえ、すぐにまた着替えに戻るわ。勢いで来ちゃったけど、よく考えてみたらこんな格好でお城になんて行けないもの。」
『いや、手紙には受け取りに来いとしか…』
「何言ってるの?お城に行ける機会なんてお祖父様ですら滅多にないのよ?陛下やお城の方々に今のうちから私の顔を覚えておいて頂かないと!」
『差出人も魔術師だったし、陛下とやらにお会いできるとは…』
「ずるいわ!一人で行く気なのね!チャンスも行きたいでしょ?」
「行きたい!!」
ホビットの少年も大きな瞳をきらきら輝かせて即答ときたもんだ。
国民でも滅多に行くことのできない”お城”に立ち入ることは、この子達にとってはよほど重要な事なのだろう。
「ケット殿。せっかくですし、皆で行きましょう。」
穏やかな声で提案するパストアもまた、少年のように目を輝かせていた。
「面倒だ。私はいい。」
「え!姐さん行かないの?じゃあなんか粗品みたいなのがあったら私がもらっちゃってもいいかな?」
「勝手にしろ。」
いかん、皆の期待が膨らみ過ぎてきている。
手紙には招待だの粗品だのとは一言も書かれていない。
大体この手の世界の国王やら王宮やらはドケチと相場が決まっている。
そうだ。転移直後に少量の金銭は受け取った気がするが、果たしてその額が迷宮に立ち向かうのに相応しい額かといったら全くもって不相応だった。
今回のブルーリボンは報奨と呼べるものなのかもしれないが、”何か”をくれると言ったら、その”何か”だけだ。
いや待て。
そもそも本当に報奨をもらえるのだろうか。
何か彼らにとって俺の存在が邪魔になってきたということは…?
実は王国側が黒幕でしたとか、王国内に悪の手先がいるとか、そんな物語を幾つも観たり聴いたりしてきたのではなかったか?
そういった空想の知識や経験だけが、戦闘力で劣る俺がこの世界で唯一発揮できる生存に関わる力ではなかったか?
「そうと決まればさっさと準備しなくっちゃ!チャンス、あんたそんな格好じゃ門前払いよ。きちっとしたのがあるはずだからついてきなさい!ケット達も、正装がなければ武装のほうが幾らかマシよ!”竜鱗坂”で合流しましょ!じゃあね!」
思考を廻らせきれぬうちに、アレクシアが息つく間も惜しい様子で捲くしたて、チャンスを連れて魔術師ギルドへと戻ってしまった。
不安が残ったままではあるが、危険だから俺一人で行くと言ったとして、幸い何もなかった場合、それはそれで彼女達からの信頼を損なうことになる。
些細な信頼関係の綻びが、迷宮での各々の判断に結びついたりする。
宿屋の主人は何度か見たことのある段取りだと言っていたし、ここはそれに賭けてみるとしよう。
シルバと別れ、俺達もふだん迷宮に挑む格好に着替える為、それぞれ宿に戻ることにした。