穏やかでない食後
食堂には着席し談笑をしているパストアとチャンスの姿があった。
他の客はすでに食事を終えて出発したあとなのか、たまたま食堂には俺達だけのようだった。
「おはようございますケット殿。御覧になりましたか、今日は実に良い天気ですな。」
「おはようケット!ベーコンとっておいたよ!」
少し起きてくるのが遅すぎただろうか。
朝食はある程度片付けられてしまっているようだ。
もともと品数が多い方ではないが、パンが幾つかとスープポッド、漬物瓶、水瓶くらいしかカウンターには陳列されていなかった。
俺は朝からたくさん食べるほうではないので、充分なのだが。
『おはようございます。パストアさん。チャンスも。ありがとう。』
カウンターでスープをよそい、小さなパンを1つ取ると、2人と同じテーブルに着席する。
白騎士亭のパンはライ麦が原料のようで少し黒っぽく、そのまま食べると結構硬い。食感もボソボソとしているが、よく噛む必要がある為、死地に向かう前に目を覚ますにはもってこいの食べ物だ。
チャンスのテーブルマナー教育的にはよろしくないのだが、目が覚めてきたら、あとはこの鶏スープに浸しながら食べると丁度よい感じになる。
肉料理のほとんどは、これでもかと太いソーセージか、こんなにもかと厚いベーコンのどちらかがでる。味は美味しいのだが、これがなかなか寝起きの中年の胃袋にはきつい。高校時代や大学時代であったならペロッと平らげられそうなものなのだが。
「はい野菜。」
俺がいつも通りベーコンに苦戦していると、チャンスが漬物を小皿に取り分けて持ってきてくれた。
パストアが店主にキャベツの漬物を伝授してくれたおかげで、それが朝食に並ぶようになり、口直しをしながらなんとか食べきることができている。
「お、旦那。今日は遅めだね。もう下げちまってもいいかい?」
『頂いてます、ご主人。大丈夫です、すみません遅くなっちゃって。』
店主が食堂に顔を出し、カウンターの食べ物や食器を片付け始めた。
「いいっていいって。旦那らが泊まってくれてないと、うちらも寂しいんでね。休みの日くらいゆっくり英気を養って次に備えてくれ。」
白髪の店主はにっこりと笑いながら、テキパキと手を動かす。
王国の住民、商人は基本的に迷宮に挑む者に優しく、情けが深い。言葉遣いや言い回しの良し悪しこそあるが。
それは俺達が彼等の脅威である迷宮という問題を代わりに解決しようとしているからなのか、それともいつか帰らぬ者だと思ってなのか、そのどちらもなのか。
「ケット殿は今日はこれからどうされるのです?私は本日のこの天気の良さを神に感謝しに行こうかと。御一緒にいかがですか?」
お祈りってそういうもんなんだろうか。
『いえ、寺院や教会は正直あまり気が落ち着かなくて…。』
俺はなんの信仰もない。奇跡と縁がないのもそれが原因かもしれないが、お経の一つも唱えられないし、仏像や墓前を前にして手を合わせる以外に何をしていいのかが全くわからないのだ。
パストアは今からでも遅くはないと励ましてくれるのだが、信仰がないならないで自身を鍛えたり、迷宮や魔術や魔物について学習する時間に充ててきたのだ。それはそれで間違ってはいないと思っている。
「休まらないのはいけませんな。今日はゆっくりお休みを。」
パストアは機嫌を損ねた素振りなど全く見せず、穏やかな表情でそう言ってくれた。
「なんか完全な休みってのも退屈だよね。水薬の買い足しもこの間行っちゃったしなぁ。」
チャンスが何か面白いことを探すように腕組みをし天井を仰いだ。
「あ。いけねぇ。そういや旦那に手紙を預かってるんだ。」
『手紙ですか?』
長くこの宿に泊まっているが、手紙は初めてだ。仲間との連絡の為、店主からの伝言などはあったが。
「誰!誰から!?」
天井を仰いでいたチャンスが椅子から跳びはね、カウンター内を片付けている店主を覗き込みに走る。
店主がロビーへと手紙を取りに行き、ニヤニヤしながら戻ってきた。ほらよと手渡された便箋は封蝋されており、その印には見覚えがあった。
中心部に首飾りらしき物が描かれ、首飾りには凶暴そうなドラゴンが巻き付いている。
赤単色の封蝋の為に少し時間がかかったが、王国の至るところで目にしたイラストに違いなかった。
「ケット…それってまさか…。」
『あぁ。恐らく、王宮からだ。』
青紫色の下地に緑色のドラゴン。そのドラゴンの口からは舌なのか炎なのかチロチロと真っ赤な線が伸びており、ドラゴンは首飾り(アミュレット)を我が物顔で抱いている。王城や砦のそこかしこに掲げられている国旗だ。はっきり言って俺が知る中ではかなり趣味の悪い旗だと思う。
老魔術師から聞いた話では、統治する国王によりドラゴンの抱く物が変わるそうで、武を求める王は剣を、財を求める王は宝石をといったようにドラゴンの抱く物に治世の方針のような意味合いもあるのだとか。
パストアとチャンスが息を呑んで見守る中、俺は恐る恐る封をあけた。