グレーターデーモン
ドラゴン、合成魔獣、熟達した冒険者でありながら狂気に飲まれてしまった狂人など古くから迷宮において強者として君臨している魔物、そして突然変異や成長によって注意喚起されている妨害者。この迷宮で強敵、難敵とされる魔物をあげればきりがないが、その中でも特に恐れられている存在こそ、いま眼の前にいる上級悪魔に他ならない。
その禍々しい姿は人の知るところを超えている。
その不気味な姿を見て、まず恐怖に慄くべきなのだろう。
だが知的で堂々たる出で立ちは、嫌悪感どころか憧れや羨望のような、魅力的とさえ感じられる雰囲気を漂わせていた。
「ケットくん、ダメだ。私としては君の人柄を尊重してやりたいが、こいつだけは絶対に気を許してはならない。」
スゥの言葉にはっと我に返る。
敵意や殺意が全く感じられなかったからだろうか、俺の剣を握る手は緩んでいたらしい。
「同感だ。人語を操るようだが会話を楽しむつもりなど奴にはないぞ。」
シルバがじりりと警戒しながら前に出る。
薄暗い空間にスゥとシルバの殺意が湧き立つ。スゥの槍を握りしめる音が聞こえるほどに。
「これはつまらない。」
穏やかそうな声色で語りかけてきていた上級悪魔の声は一変し、冷徹な声が脳内に響いた。人の顔とはおよそ遠い獰猛な顔面であるはずなのに、まるでニタァと笑ったようであった。
次に声を張り上げたのはパストアだった。
「邪なる企みに沈黙を!」
いつになく険しい表情で杖を振りかざし、上級悪魔へ向け”奇跡”を発現した。
空間がぐらりと揺らぎ、振動が空気を伝う。
”静寂”の奇跡だ。
強力な魔物についてはもちろんパーティー内で情報を共有している。
上級悪魔も例外ではない。
正直実際にお目にかかるとまでは覚悟しきれていなかった。
会わずにすむなら会いたくない相手だったが、とにかく非常に強力な魔術を駆使することで知られていた。
パストアとはこの世界に来てから最も長い付き合いになる。お互い何度も失敗し、何度も窮地を潜り抜けてきたのだ。
相手が友好的かどうかはおいておいても、強力な魔術を使う相手と遭遇した場合はまず”静寂”を用いるのが最善策だと口裏を合わせてあった。
その後、切り結ぶことになるならそれは仕方がない。本当に敵意がなければ言葉など語れなくともお互いに誠意を示せるのだ。この迷宮内での戦闘において真っ先に防ぐべきは予期せぬ一つの魔術による壊滅である。
空気の振動は上級悪魔まで到達し、あたりはしんと静まり返った。
「残念。」
脳内に直接語りかけてきているからなのだろうか。
”静寂”に包まれたはずの悪魔の囁きが聞こえた。
直後、上級悪魔の前…俺達の正面にその巨体ほどの魔法陣が浮かび上がったかと思うと突如猛烈な吹雪に見舞われた。
俺は左腕と小さな盾で理不尽に吹き付ける冷気から顔を守るのがやっとであった。
鉄製の防具で包んでいるはずの全身の体温は瞬く間に奪われ、感覚という感覚がなくなっていくことだけがわかった。




