警報の罠
盛大に罠にかかってしまった。
この迷宮で起こる戦闘のほとんどは意図的にしろ偶発的にしろ”正面衝突”が主となる。直線的な通路、部屋と部屋のつなぎ目、曲がり角といった具合に。
なので、迷宮内で敵による挟み撃ちという状況には滅多にお目にかかれない。
そしてそれは、もちろん幸運なことではない。
左右両方の通路から無数の気配が迫っている。
体中から嫌な汗が出る。
毛が逆立ち、血の巡りが速くなる。
心音が大きくなり、敵の足音を邪魔する。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
何からするべきだ。
”暗黒領域”程ではないにしても、どちらの通路も暗闇に包まれており、敵の姿や、その数までをはっきりと認識することができない。
アレクシアの魔術の効果でそれぞれの通路の大体の長さは検討がつくのに、視覚として通路の奥行きをこの目で見ることが全くできないのだ。
突入前に”灯り”の奇跡も使っておくべきだった。”暗黒領域”を通るので温存したまま、忘れてしまっていた。
この踏み込んだ一帯だけが最低限の明かりによって照らされている。ここは彼らの狩場なのだ。
音の感じから武装した人型なのだろうか。”魔球具”の輝きは確認できず、まず冒険者ではないようだった。
『スゥ、左を頼む。』
「引き受けよう。」
スゥは槍を地面に投げ捨てると、両膝から二本の剣を抜刀して低く構えた。
狭い通路において彼女の槍はリーチに優れるが、壁や天井が邪魔して取り回しが効きにくいのだ。
スゥに背を向けるようにして、俺は右手の通路に立ちはだかる。
剣をいったん左手に持ち替え、腰元の鉄球をひとつ握る。
敵がわからない為に、シルバやアレクシアにまで明確な指示をだすことができない。
接敵までもう猶予はない。今にも闇の中から何者かが飛び出してきそうだ。ここはとりあえず敵勢力の把握が最優先か。
『パストアさん、”識別”を。』
「主よ。我らに迫る驚異の、その姿をお示しください。」
”識別”は神の啓示により肉眼で捉えられない姿を視認できるようになる奇跡だ。視力が格段に良くなったり、壁などを透かして見えるようになるというわけではなく、薄暗い空間で眼前の魔物を特定する為や、幽体の魔物に対して用いることがほとんどとなる。
パストアの祈りの言葉とともに、暗闇の中に敵の姿が浮かびあがった。照らし出されるというよりは、まるで敵自身が発光しているかのようだ。真っ黒な背景に鮮やかな色の魔物のイラストが躍る古いRPGのように不可思議な光景である。
七、八人程の迫り来る集団の姿はそれぞれ人の大人程の背丈で、鉄製の武具に身を包んでいる。装甲に覆われていない腕の一部や脚の一部からは、不気味な程に真っ白な肌が顕となった。彼らは生涯、陽の光と全く無縁なのだ。殺意に満ちた眼差しがぎらぎらと光り、獰猛に開かれた口からは鋭い牙が覗いて、飢えを強調するかのように激しく唾液を分泌している。
「”悪鬼”です!」
パストアが声を荒げた。




