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迷宮日誌④ 〜エルフの少女とバケツの兜〜  作者: ケット・C・ニャンガード
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穏やかな朝

時系列的には 〜死地に揺らめく子守唄〜 の続きにあたるお話です。

目蓋に日光が差し掛かっている。


意識が醒めていき、耳には客室の窓の外から漏れ聞こえる音が入ってくる。


チュンチュンという小鳥のさえずり。


ガラガラと荷馬車が通る音。


カンカンと金属を打ちつける音。


寝台に沈んでいる身体をそのままに、うっすらと目を開ける。



























朝だ。


それもとびきり良い天気の。


窓から広がる中世風の街並みは燦々と輝く太陽に照らされ、白や茶色を基調とした壁面のてっぺんを赤や青の様々な形状の屋根が彩っている。絵の具でも持っていたならば、それは筆の乗る光景だろう。


曇りの日だと、全体的に灰色っぽくどこか陰鬱な景色なのだが。




こちらに来て何度目の朝になるだろうか。


白騎士亭の客室はもはや我が家のようなものだ。


頭を預けていたはずの枕と頬の間には盛大に自らの涎で濡れている俺の日記があった。


読み返しているうちに眠ってしまったらしい。


最初は律儀に毎日つけるようにしていたこれらの日記だが、疲弊したり、泥酔したりで、つけられていない日もある。


簡素な木製の机の上は老魔術師から借りた書物、日記や資料で散らかっている。


身体を起こし、ひとつ大きく伸びをする。


よし。どこも痛くない。体力は完全に回復しているといっていいだろう。


最近では巨大昆虫や猛獣から受ける傷や、亜人の得物による切り傷や打撲ならまだマシなほうだ。


探索する層が深くなるにつれ、火傷や凍傷を負うことが多くなってきた。自分より小さな身体の大型トンボやトカゲのような生物が突然口から大きな火を吹き出したりすることがある。あれは本当に生きた心地がしない。


もちろんパストアによる治癒や、ポーションでの回復をその場で試みるわけだが、完全に治癒できない時がある。重ねがけなどすれば完治するのだろうが、奇跡や薬の数にも限りがある。


寺院の連中は慈しみ深い笑みを浮かべながら莫大な治療費を請求してくるので信用ならない。


結果、多少の傷や怪我については1〜2週間宿屋を借り療養しながら癒やすことになるのだ。初級から中級の冒険者達はおそらくみんな同じような境遇だろう。


財政的な理由などで宿屋を借りられない者は、馬小屋や鶏舎といったとりあえず雨風だけは凌げるような建造物での寝泊まりを国から認められているわけだが、ああいった所で休むのは俺は絶対に勧めない。


なんせ臭いしうるさいし不衛生に違いないのだ。あんな環境では治る傷も治らない。



机へ向かい本に埋もれている手帳を引き抜くと、パラパラとめくり今日という日がつまり休日であることを再確認した。


道具屋の手伝いはチャンスと共に続けているが、戦士の訓練所へ行くことは少なくなっていた。いや、ここ最近は全く行っていない。


というのも、基礎さえできれば、後は本当に迷宮の中で命のやり取りを繰り返すしか伸びしろはないのだと身を持ってわかったからだ。


そして迷宮から生還し、休息したあとに訪れる、力が目覚めていく感覚というのにも慣れてきた。自分の中に眠る力なのか、それともあくまで迷宮から借りてきている力なのか、というのが曖昧で釈然としないのだが、とにかく強靭になったという明確な感覚がある。


これが魔術や奇跡に適性がある者ならば、新しい魔術を閃いたり、枕元になんかしらの神が現れて奇跡を啓示してくれたりするんだろうか。せっかく憧れのファンタジー世界に来たのだから、一度でいいからそんな日が来ないものだろうか。


いやいや、生きているだけでも幸運と思うべきだろう。


不運だったのは比較的冒険者には優しくない部類のファンタジーであったということくらいか。



部屋の外からスープの良い匂いが漂ってくる。


白騎士亭の主人は決まって朝食に鶏ガラスープをだす。


麻の簡素な普段着に着換え、扉に手をかける。


そういえば来たばかりの時は四六時中甲冑を身に纏っていたっけ。今ではしっかり楽な格好をし、身体を休めるように心掛けている。


あれは生き残る為の鍛錬のつもりであったが、思い返せばこの街で暮らす事に対する不安もあったのかもしれない。


武装した見ず知らずの冒険者や兵士が行ったり来たりしているのだから、はっきり言って迷宮以前に街だって怖かった。


だが恐らく1年半程度の月日を過ごしてみて、街は見事なまでに統治されているということがわかった。


王宮の召し抱える魔術師団が完璧に街全体を把握しており、どこにあるのかわからない彼らの眼からはどんなに優れた盗賊や忍びの者だろうと逃れられない。多少の盗みや喧嘩にまでは人員を割けないのかもしれないが、魔術師達の目に止まるような大事になると国王直属の部隊がお出ましになるのだとか。


実際に見たことはないが、それはもう立派で荘厳な甲冑を纏った騎士団が現れるそうで、なんと騎士達全ての鎧兜は強力な魔法を帯びたダイヤモンドでできているのだとか。スゥが見たら瞳をきらきらさせながら欲しいだの、着てみたいだの言うに違いない。



とりあえずゆっくり朝食を摂って、今日はのんびりしよう。


パストアやチャンスもすでに起きて食事している頃だろうか。


木の板を軋ませながら、食事会場へと窓日の差す廊下を歩いていった。

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