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セラス=ファラエルは救う天使で、彼女は嘘つきではない。  作者: 筆々
救う天使と学校でのこと
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「ただいま帰りました」



 下宿先へと辿り着いたセラスは帰ってきたことをこの、どう見ても繁盛しているようには見えず、小学生の子どもが見れば幽霊屋敷と揶揄されそうなビルの2階にある一室、鬼屋敷探偵事務所にいるだろう人物に向けて声を放つ。

 少し待ち、返事が返って来ないことに呆れるとそのまま探偵事務所に足を向ける。



「ただいま戻りました。ミリア――は、いませんね」



「おうおかえり。ミリアさんなら買い物だ」



 セラスはその声の主を半目で睨んだ。事務所の内装は、木枠でどこかシックな彩り、景観など考えていなかったのか、乱雑な置き方がされている本棚には分厚い本や資料などが入っている。そのいくつかある本棚の間、大きな窓の真ん前には、この事務所に似つかわしくないほどの高級感を放つ机と綿が千切れ、座ると悲鳴を上げるパイプ椅子。



 いい加減椅子を買い替えればいいのに。と、普段から言っているが、この男――鬼屋敷きやしき 信吾しんごがそれを聞き入れたことは現状の通り1度もなく、どうにもみっともないこの探偵事務所を憂いながら、床に散らばっている幾つかの書類を集めて机に戻した。



「おうサンキューな」



「ミリアに言いつけますよ、いくら貴方を尊重していると言っても彼女にだって限度はあります」



「ミリアさんを引き合いに出すのは卑怯じゃないか?」



「そう思うのならもう少し整理整頓してください」



 はいはい。と、手を振り、窓を大きく開けて煙草に火を点した信吾に、セラスは呆れ顔を浮かべ、居住スペースであるビルの3階に昇る。



 元々オフィスビルだったこのビルをセラスたちが越してきた際に信吾が買い取り、1階には喫茶店を営業しているテナントを入れ、2階が探偵事務所、3階にセラスと信吾、そしてセラスの母親代わりのミリアという女性の3人が住んでいる。

 そして3階は元々、法律関係の事務所だったそうなのだが、都合よくオフィス、客間、休憩室、所長室と別れていたために、オフィスをリビング、客間をセラスの自室、休憩室がミリアの自室、所長室を信吾の自室、残った空間にトイレや風呂場などへとリノベーションした。



 セラスは台所を通り洗面所へと行き、手を洗うと自室へと入り、鞄を掛けると制服を脱いでいく。

 布擦れの音に耳を傾けながら着ていた全てを脱ぎ去り、下着姿のまま大きく息を吐いた。そしてそのままベッドへと倒れ込むと疲れを顔に出した表情で、携帯端末を開く。



 そこにはセラスと來華、晴海と……陽が写っている写真で、彼女の顔を見て、さらに深くため息を吐いた。



 暫くそうしているとリビングから袋の擦れる音が聞こえる。

 セラスは立ち上がり、クローゼットから着替えを取り出す。



 ロングスカートと薄手のパーカーという格好であるが、制服の時同様、清楚な出立ちであった。

 リビングに顔を出すと、ジーパンとシャツを着た女性が冷蔵庫に食材を入れている最中であった。その女性に声を掛ける。



「おかえりなさいミリア」



「ええただいま、セラスもおかえりなさい」



 ただいまと返事をし、その女性、ミリア=アンヘルの隣に行き、冷蔵庫に材料を入れるのを手伝う。

 ミリアは簡単な格好をしているが、修道女であった名残で胸元には十字架のネックレス、腰には聖書が掛かっている。



「大分そういう格好にも馴染みましたね」



「貴方が着ろと言うからでしょう? 普段の格好は重いから少しカジュアルにしてくれって」



 高校に入学するまで、ミリアはずっとスカプラリオにフードという現代日本ではあまり見慣れない格好を貫いていたのだが、コスプレイヤーに話しかけられたり、周囲から浮いていたりとあまりにも風景に合っていない格好に痺れを切らし、セラスはファッション雑誌を見せ、洒落た服屋に連れて行くなどして国と空気にあった服装を勉強させた。



「でも、こんな若い子がするような恰好、私には似合わないわ。もうおばさんなのよ?」



「そういうのは同性に聞くより――」



 セラスはミリアから目を離すとリビングに入ってきた信吾に答えを聞く。



「だそうですよ、どう思いますか信吾」



「お、俺に聞くなよ」



「……ほら、信吾さんが困っているじゃない」



 セラスは呆れ、信吾に期待したのが愚かだった。と、口にするとミリアに向き直り、大丈夫、ミリアは綺麗だと伝えた。

 すると彼女はどこか照れたようにはにかみ、急いで食材を冷蔵庫に詰めると赤らめた顔のまま部屋へと戻ろうとした。



「あ、あまりからかうものではありませんよ」



「はいはい」



 セラスは彼女の口元が緩んでいたのを見逃さない。彼女が上機嫌に部屋へ戻ったのを見て、安堵の息を吐いた。



「やっぱ素敵だなぁ」



「そういうのは本人に言ってくれませんか、三十代なんてまだまだなのでしょう? 人並みの結婚願望はあるくせに、これでは本当に婚期を逃してしまう」



「い、言えるわけねぇだろうが。そ、それにけ、結婚なんて――」



 ある特定の人物に対して奥手過ぎる男性が多いのがこの国の短所ではないだろうか。そうため息を吐き、機会があれば來華の母親に良い縁談を頼めないかと画策する。



 そして信吾がエプロンを掛け、台所に立つのを見ていたセラスはふと、今日学校で出た疑問を彼にも尋ねる。



「ああそうでした。信吾、1週間失踪のことは知っていますか?」



「あ? ああ、確か今、セラスのところの学校で噂されてる事件だったか?」



「ええそうです。何かそれに近い依頼とかはないですか?」



「依頼ってお前……って、晴海ちゃんか?」



 セラスはうな垂れるように頷き、その通りだと話す。そして今日彼女が持ってきた書類の幾つかを調理の片手間で信吾に見てもらい、見解を聞く。



「ふ~ん、何と言うか随分変わったことしてんな」



「変わったことですか?」



「いやだってそうだろ、全員が別々の意思を持って学校をサボったのなら違和感がないかもしれねぇが、これは1つでその1週間失踪なんだろ? 全員が口を噤み、親がご丁寧に言い訳までしてくれるっつう共通項があるわけだ。じゃあなんでわざわざ人数を分ける? 人手がいることをしてんなら一片に1週間だけいなくなっても問題ねぇえはずじゃね? わざわざ先々週、先週に分ける必要はねぇじゃねえか」



「それは――」



 何故? どうにも休んだ生徒の人間性にしか目が行っていなかったが、彼の言う通り、わざわざ数を分けたのは何故なのか。

 1週間ごとに決まった人数が欲しかったのだろうか、いや、それだといなくなっていた生徒が集まって消えたということの説明が付かない。



「まだまだ調査不足ですね、私はその辺りを調べてみますか」



「おう、あんま探偵の真似事なんてして、変なことに足を突っ込むなよ」



「それは晴海に言ってください。あ、そうだ信吾、もしあのアホ……夏輝に会ったら言っておいてほしいことがあるのですが」



「あ? またあいつなんかやったのか?」



 セラスは片方の口角を引き攣らせ、どこか鋭い雰囲気を纏うと。



「次晴海に楽園に関する話をしたら殺すと」



「……あいよ~」



 セラスは不機嫌に自室へと戻って行った。

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