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まだまだ1週間失踪の全容が明らかではないために、今日の所はそれぞれの役割を果たすため放課後は各自別々に帰路へと着いた。
尚、來華は噂話を集めるという役割であるために様々な部活動に赴き、彼女特有の中性的な親しみやすさと愛嬌で男子生徒からも話を聞くとのことであった。
晴海は普段からやっているストーキングを今日は個人に絞ると話しており、セラスはその際、彼女にアドバイスをした。
他人の秘密を暴きたいのならまずは体と顔を見て癖を把握すること。例えば指輪の痕があったのなら異性との関わりを隠している。つまり本人にとって隠しているということは弱点にも情報にもなると伝えた。
セラスは正直学校ではやることがないため、1人帰路に着いていた。ふと先を歩く2つ結びの頭が小さく揺れているのが見え、歩みを速めた。
「こんにちは」
「え? あっ、セラス先輩こんにちは」
晴海ほどではないが人懐っこい笑みで頭を勢いよく下げた八雲 陽にクスりと声を漏らす。
「元気があって大変いいですね、せっかくですし途中まで一緒に帰りませんか? 來華も晴海もいないことですし、今日はのんびり出来ますよ」
「あはは……でも、來華先輩は私を気にかけてくれますし、晴海先輩は可愛いですしニンジンくれますし」
それが彼女たちの良いところです。誇らしげな気持ちになりながらそう伝えるセラスは陽にも目を向ける。
「そしてそれを口にしてくれるのが貴方の良いところです」
照れた陽の頭を一撫でし、セラスは彼女の隣で歩幅を合わせる。
淡い色の空気だった。普段來華と晴海がいると見える景色は百花繚乱でどことなく華やかな物であるが、この八雲 陽との時間は例えるのなら田園風景に静かに佇む桜の如く、華やかというよりは厳かで内に秘めておきたい類の空気感であった。
「空気というのはまさに千変万化ですね。空気を運ぶのが風だというのなら、風は世界を歩む唯一無二です」
「えっと?」
「貴方とこうして歩む時間は掛け替えのないものです」
「う~、セラス先輩、何だか恥ずかしいですよ」
「來華風に言うのなら、貴方の照れた顔を見たかった。でしょうか?」
もう少し芝居がかっていた気がするが、自分には真似出来ない。と、微笑み、セラスは口を噤み、陽に手のひらを向け、言葉を促す。
「はい?」
「お手、ではなくてですね」
手を重ねた陽に苦笑いを向ける。そして目を細め、彼女の目元を拭う。
「今なら誰もいませんよ。目元が腫れていますし、私と出会うまで足取りが重そうだったので」
「――」
陽が顔を歪め、零れそうになる涙を、歯を食いしばることで堪えたのが窺える。そしてあまりにも矛盾した心が慟哭を天に放とうとしているのに、顔だけはそれを否定したかのような歪んだ表情――崩れた笑顔で彼女が口を開いた。
「……大丈夫です。私は、先輩が、先輩たちがこうして声を掛けてくれるだけで、私でいることが出来ますから」
それ以上は聞かない。これ以上踏みこんでしまえば、八雲 陽が求めている普通の先輩後輩の関係が崩れてしまう。彼女は特別ではなく、普遍的で極々一般的な繋がりを欲しているのだと。だからこそ、これ以上はただのエゴで侵略、虐められている彼女と話さず、こうして人懐っこく、頑固で意地っ張りな八雲 陽と会話をする。
「そうそう、マト屋には行ったことがありますか?」
「え? マト屋ってあの和菓子屋さんのですか?」
「ええそう、晴海の情報だと、梅どら焼きが今日から販売されるらしいのですが、とても美味しいのですよ」
「梅ですか」
「苦手ですか?」
「あ、いえ……兄が毎年漬けているので。梅干しと梅シロップ」
「私は1人っ子なのでどのような感じかはわかりませんが、貴方はお兄さんが好きなのですね、晴海があのアホ――兄の話をする時と同じような顔をしています」
「……はい、昔はもっと乱暴で、家族のことなんて知らないって感じだったんですけれど、その――本当に人が変わったみたいに、それこそ梅を漬け始めるようになった10年前から優しくて頼りがいのある兄になりました。近所に住んでいた人や兄と同級生だった人は信じてくれないんですけれどね」
だが、どうにも陽の表情が優れない。
セラスは一呼吸置き、それなら。と、携帯端末でマト屋のホームページを開いた。
「これが梅どら焼きです、もし梅が嫌いではなかったら――いえそうですね、今度の休日、良かったらお茶をしませんか? 私も食べたいので」
「わぁ、いいんですか?」
「もちろん、私は私の好きなものを自慢したいのです。だから私の自慢話に付き合っていただけると嬉しいです」
「はい! もちろんです」
ああ今、桜が春一番に吹かれて舞った。陽の浮かべる咲いたような笑顔に、記憶に留めておきたかっただけの空気が、絵に描いたり写真に残したりしたい空気へと変わった。
陽との約束を取り付けた後、分かれ道に差し掛かったため2人は手を振って別れた。
セラスは少し行った場所で振り返り、軽やかになった彼女の足取りを見て口元を綻ばせた。