3-2
「さて晴海、貴方からこの話を持ってきたのです、もちろん私たちがやりやすくなる、もしくは考えるに値する材料を持っているのでしょう?」
「は、はいです! 当然です、まずはこれです」
そう言って晴海が鞄からファイルを取り出した。
それに目を通してみると今まで失踪した生徒のプロフィールと取材したのか、その時の発言などであった。
流し気味に読み進めていくのだが、やはり誰1人、失踪した理由やその間どこにいたのかなど具体的な証言はなく、曖昧な答えばかりであった。
「晴海、いなくなった生徒を事件の後に追いましたか?」
「はいです、でも――」
取り出された書類には数枚の写真とバツ印の描かれた地図。
彼女曰く、失踪した生徒が集まって下校していたために追いかけたのだが、ある場所で突然見失った。人通りも多少あったからかとも思ったが、それにしては突然過ぎて対応できなかった。とのことである。
セラスは晴海が見失った場所の写真を見つめる。
だが、記憶に潜ってみてもこの場所には曰くなどなく、ただの百貨店にしか見えず、本当に晴海が見失っただけなのだと結論付ける。
しかし、1週間いなくなった後にも姿を隠すのは何故か。しかもその生徒は次の日普通に登校しており、どうにも行動の動機が意味不明すぎる。
1週間姿をくらます生徒と1週間失踪した生徒に一体どんな差があるのか、セラスは思案顔を浮かべるのだが、ふと横目にくたびれた來華が映り、ため息を吐いて書類を手渡す。
「來華もその筋肉で出来た脳をフル稼働させて考えてください」
「人を脳筋みたいに……とはいえ、私はセラスのように考えるのが得意ではないのは確かだ。頭のセラスに、足と直感の晴海、荒事の私――私の出番はまだのようだ」
「やはり脳筋ではないですか」
セラスは呆れ、改めて晴海が集めた書類に目を通す。そこである1枚、その失踪した生徒が記載された紙が目に入る。
まめな性格ではないと思う。しかしそれでも、この学校の、しかも一度でもクラスが同じになった生徒であるのならその人物について情報を持っている。この失踪した生徒の中にはそこそこに見知った顔、それと八雲 陽関係で下級生について幾つか調べていたために知ることが出来た生徒がおり、その生徒たちがそもそも学校を休むという行為に走ること自体、違和感を覚える。
「晴海、これ本当にいなくなった人たちですか?」
「うぇ? そですよ、ちゃんと学校中の名簿をぬす――確認して書きました」
セラスは晴海の脳天に軽くげんこつを落とした後、考え込む。
「セラス、そうやって何かを思案している君は美しいが、1人で考え込み答えを導き出すのなら晴海はセラスに協力を仰いでいないと思うよ」
「ああ失礼。正直この事件、私はただのサボりだと思っていたのですがそうではないみたいですね、それどころか――」
セラスが知っている生徒の中には1年の時、無遅刻無欠席の人物がいたり、クラス委員を務めていたり、所謂真面目な生徒がいる。1日、2日休んだというのなら引っ掛かりを覚えはしなかったが、1週間。学生にとっての1週間は長い。
「サボりとは対極に位置するような人ばかりでは?」
「随分自信あるね? そういう人が2年になってからはっちゃけてサボるってことは考えられない?」
「それは……」
來華の言う通り、その可能性ももちろんある。あるが、そうではないと断言できる。何故なら確かに生徒に関しての心変わりについて把握はしていない。しかし、その生徒の両親、セラスには覚えがあった。
的部 伊織穂田端高校2年で、1年の時はクラスメートだった生徒、去年彼女とは席も近く話すことが多かった。現在では風紀委員長をしており、お菓子研究部部長でもある。何よりも彼女の実家、今では來華、晴海と遊びに行くと必ずと言っていいほど顔を出す店――甘味処・マト屋の1人娘なのだが彼女の両親、つまりマト屋を切り盛りしている母親が強烈なのを知っている。
セラスは彼女のプロフィールが書かれている個所を指差し、來華に見せる。
「……あ~、伊織ちゃんか~」
「彼女がダラけることを許さない人が傍にいますからね」
マト屋の店主の1人である彼女の母親は基本的にはおおらかで優しい人であるのだが、不義理や不誠実な人物は許さず、特に風紀の面に関してはとても厳しい人物である。その人間に合った服、出立ち、TPOはもちろんのこと、他人が不快になる姿をしている人間をとにかく嫌っている。もちろんその人に似合った、もしくは収入やお小遣いをやりくりした物に関してとやかく言わないが、学校指定の制服を着崩していたり身の丈にあっていない服を着ていたりすれば例え店に来た客だろうとも説教をする。
そうやって店から追い出した場面を数回見たことがあり、そんな母親の下で育ったからか、的部 伊織も普段は気さくでどことなく空気の柔らかい女生徒であるが、こと服装に関しては母親譲りのツリ目で問いただすなど、風紀委員長としてとても優秀な生徒である。
「晴海、彼女に話は?」
「聞きましたよ、けれどやっぱり返ってくるのは曖昧な感じでした」
生真面目な的部 伊織が言葉を濁す。そして晴海の兄である空野 夏輝が楽園に入っていないと――それが意味するのは、特に楽園関係でないというのなら危険なことではないのだろう。しかも法に触れるようなことでもない。だがそれならば彼女たちは1週間も何をしていたのか。
「慈善活動でもしていたのでしょうか?」
「それなら別に学校を休む必要もないでしょ、学校が終わってからそれをすればいい」
來華の言う通りである。
善行であるのならそもそも隠す必要がない。この事件に関わっている生徒の中には的部のように根っからの善人である者もいるが、そうではなく目立ちたがり、求めたがり……承認欲求の強い人物もいるはず。だが誰もそれを口にしようとはしない。ある程度のグレーゾーンでもそれが良いことであるのならSNSにでもあげそうな気さえする。
「そういえば晴海、彼女たちのSNSは?」
「調べましたよぅ。でもやっぱり誰も言っていなくて」
本当だろうか? 晴海の言葉を疑うわけではないが。と、セラスは携帯端末を起動し、SNSを開いた。
「本当にすべて調べましたか? 私ですらアカウントをじゅ――3個ほど持っていますが」
「うぇ、何故そんなに」
「自撮りか! 自撮りセラスなのか! エッチなやつなのかい!」
「來華は少し黙っていてください」
自身の携帯端末で食い入るような目つきで検索をかける來華を隅に、セラスは晴海の目の前で画面をタップして操作していく。
「例えば彼女ですね」
検索エンジンに、洋菓子 レシピ ハッロングロッテル 作ってみた。それらのワードを掛けてみた。
「なんですかそれ? ロッテル?」
「ハッロングロッテル、北欧の方のお菓子だそうです。昨日的部さんが配っていたそうですよ」
「ああ、あの真ん中にジャムが入った焼菓子か、とても美味しかったよ。なんでもお得意様から貰ったそうなのだけれど、家の人はあまり洋菓子を食べたがらないだとか」
「まあ彼女はそう言うでしょうね。でも彼女、和菓子屋の子でありながら好きな物は洋菓子とジャンクフード、さらにはスナック菓子ですね。っと、ありました」
さすがにスナック菓子とジャンクフードは滅多に食べないそうですが。と、セラスは付け加える。
そして検索で出てきたアカウントとそこのトップにある手に持たれた菓子の画像を來華に見せ、セラスは確認する。
「ああ間違いない。この女性らしい綺麗できめ細かく繊細でありながら、日々お菓子作りに精を出す職人のような無骨さを持ち合わせている手、間違いなく伊織ちゃんだ」
「手ではなくお菓子で確認してほしかったのですが」
このアカウントの書き込みを追っていき、いくつかの菓子を晴海に見せると、どこか膨れたような頬で彼女が見上げてきていることに気が付く。
「む~」
「どうかしましたか?」
「全然知らなかったです、セラスさんがSNSやっていることもそうですが、伊織さんが裏アカを持っていることもです」
「私も的部さんに関しては今知りましたよ、私のSNSに関しては……」
自身のアカウントを映した端末を晴海に見せるのだが、内容は服やメイク、女子向けの流行りものを再度自分のアカウントに表示させるというもので、セラス自身が言葉を発しているものではなかった。
不安がる晴海に、他のアカウントもジャンルごとに分けているだけで何かを発信したことはないのだと教える。
「まあセラスが秘密主義なのは今に始まったことではないんだから、晴海も機嫌を直すと良い。私は友人になって2か月ほどでもう諦めたよ。それにしても伊織ちゃんに関してはよく見抜いたね、私は結構彼女と話すけれど、そんな素振りを見たこともないし、ちゃんと両親のことを尊敬しているようだったし、家のマト屋のことだって好きだとばかり」
「秘密主義ではなく聞かれないだけです。的部さんに関してはまああれですね、実際來華が言ったようにお店のことも好きで、和菓子を作る両親も尊敬していると思いますよ。ですがそれはそれです」
「どうしてです? マト屋さんの和菓子、美味しいですよ」
「きっと近すぎたのではないでしょうか? 彼女にはご両親の和菓子は満開の花畑に見えていて、毎日そこで寝転んだり、香りを嗅いだりしていた。ですがある時、本当に些細な切っ掛けだった、彼女はもっとこの花の道を進んでみたい。そう思って足を動かし、結果辿り着いたのは煌びやかに景色を彩る重厚な、そして光輝く石の数々。華やかな花畑の先には宝石に成りうる原石がある洞窟があった。彼女は直感したのでしょう、この石を磨けばきっともっと綺麗になると。ですが彼女に研磨の技術はありませんし、カットも出来ない。目の前にあるのに本物に触れられない、もっと輝かせられない。悔しいでしょうね、だから憧れに変わった」
花畑で一生を終えても良かった。けれどそうはしなかった。それは神の啓示か、はたまた悪魔の囁きなのか。憧れは時に甘美な糧となる。はちみつのように甘く、時には麻薬のようにしつこく粘り付く。
セラスは湯呑を口に運び一服、茶で唇を濡らし再度口を開いた。
「私が的部さんの洋菓子好きに気が付いたのだって、そもそも調理実習でスコーンを作った時でしたから」
「あったね、セラスの班はとても美味しそうに出来上がっていたよね」
「ええ、あの頃から多分ある程度は作れていたのだと思います。ですが食べてくれる相手がいなかった。だからでしょうか、私たちが美味しいと称賛を送ると的部さんとても嬉しそうにしていて」
「そういえば伊織ちゃんがお菓子研究部に入部したのは、あの調理実習の直後だったか」
セラスは頷くと再度SNSで的部のアカウントに目を落とす。
「話が脱線しましたね。的部さんの場合、洋菓子が好きなのに実家のことやイメージの問題でそれを周囲には言えない。だからと言って友人知人が見ているかもしれないSNSの、所謂本アカウントには載せることが出来ないけれど誰かには見てほしい、だからこそ別のアカウントを作りそれを発信した。それであのワードでヒットしたのです。この要領で、他の人のアカウントも見つけられるのではないですか? 他人の秘密を暴くのは晴海の十八番でしょう?」
「人聞きの悪いことを言われている気がするです」
事実なので。と、セラスは勝気に鼻を鳴らす。
晴海はアカウントを調べるだろう。そして数人分の別アカウントから何か進展する材料を持ってくる。今までの経験からそう確信出来る。だがやはり腑に落ちない。それほど隠したいこととは何か。しかもそれが推定慈善活動、もしくは善行、それを隠す理由とは何か。学校を休んでまで彼、彼女たちは何に足を突っ込んでいるのか。
「セラスさん?」
「……ええ、私も少し興味が湧いてきました。晴海、勝手に仕切って悪いのですが、貴方はまず来週までに失踪していた生徒の別アカウントを探してください」
「は、はいです!」
「セラス、セラス私は? マッサージ係? ああいやいい! 言わなくても大丈夫さ、いつだって私は手を差し出す。そして君はこの手にその手を重ねてくれるだけで良い。さぁ、お手を――」
「來華はとりあえず、片っ端から1週間失踪の噂を集めてください。ただしさりげなく、そして事件の被害者には話を聞かないでください」
「……は~い」
あからさまに語尾を下げた來華にセラスは呆れるのだが、すぐに彼女のガソリンを思いつき、手を叩いた後、手招く。
「ああそうでした、來華」
來華の耳元で報酬はあるのだと話し、携帯端末から彼女の携帯に画像を送る。それは晴海が気持ちよさそうにお日様の光に晒され、スヤスヤとベッドで眠っている写真であった。
「こ、これは――」
「ああそうそう、ちなみにあの子、寝相があまり良くないみたいで、私が布団を掛け直そうと掛布団を持ち上げたら……ああいえ、來華はやる気がないようですし、この話は無意味ですね」
忘れてください。私と晴海だけで何とかします。と、首を傾げる晴海と教室へ戻る準備をしようとする。
「まあまあ待ちたまえセラス、私がいつやらないと言った? 君は誤解している。確かにあの一時、私は語尾を下げて返事をした。けれどそれはそもそもやらないという意思表示ではなく、この事件が早く解決するように集中していただけなんだよ」
「そうでしたか、それならよろしくお願いしますね」
セラスは再度來華を引っ張り、耳元で「報酬は出来高制で、有用な情報につき、どんどん布団がめくられていく過程を撮った写真を提供する。そして最後には」と、話した。
そうして突然やる気を出した來華に困惑気味の晴海だが、セラスは片づけを終わらせてそろそろ教室に戻る旨を伝えるのだった。