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セラス=ファラエルは救う天使で、彼女は嘘つきではない。  作者: 筆々
救う天使と学校でのこと
4/39

3-1

 昼食の時間になり、セラスは普段通りに來華と晴海と食事を取ろうと考えていたのだが、直感からか嫌な予感を覚えていた。



 それは1限目が終わった後、晴海から手伝いを頼まれたことについてなのだが、彼女がそれ以来何も言ってこなかったことが不気味でならない。いつもの彼女であるのならしつこいくらいに声を掛けてきて、やたらとボディータッチが多くなる。そして甘えた声で見つめてくる。しかし今日に限ってそれがなく、拍子抜けしていたのだが、昼休みになった今、仕掛けてくるのであれば間違いなくこの時間だろう。



「……」



 後ろの席にいた晴海が立ち上がり、來華に向かって歩いて行った。

 無視を決め込むだとか、相手を傷つけるなどの行動に出られる子ではないために、何か確信を持って行動するはずである。



 セラスは思案顔を浮かべる。

 晴海の取るべき行動は何か。この場合彼女は手伝わせようとするはずで、そのために彼女が持つべきカードとは何か、足を進めた先から考えるに当然來華である。



 來華のことが苦手というわけではないが、彼女は餌を目の前にぶら下げられた時、感心するほどの行動力を発揮する時がある。しかも彼女の性格上、晴海を手伝わないという選択肢はない。きっと來華は弱点を突いて来るだろう。彼女は人間にモテる。何もそれは顔が良いからだとか、好かれる雰囲気を持っているからだとかではなく、他人の欲しい物を瞬時に察することができる能力が高いことに起因している。そして裏を返せば他人が嫌がることも瞬時に見抜くことが出来る。何より來華は、その能力を嫌がらせに使うとなると恥も外聞もかなぐり捨ててくるために相性がすこぶる悪い。



 セラスは深くため息を吐き、横目で來華と晴海をチラと見た後、力強く頷く。

 ならば関わらない。残りの授業は2つ、今からの休み時間を含めると約3時間、今日は一切彼女らと目を合わせない、言葉を交わさない。それらを徹底することを決めた。

 そうしてセラスは弁当箱を持って教室から非難しようとするのだが――。



「せ~ら~すちゃ~んっ!」



「……」



 教室の扉に手を掛けた瞬間、背後からあからさまにふざけた声色の來華が大きな声で呼ぶ。

 クラス中の視線が集まるのだが、それでも無視をしようと扉を開ける。



「ああセラス! 今日も美しいね、その髪がふわふわと風に舞う様を見て私は昼食をとりたいところなのだけれど、セラスは一体どこへ? ああ! もしや屋上かい? それとも君のお気に入りスポットの空き教室のどこかかい? それとも――」



 耐え切れずついに來華の口を手で覆った。



 今回は、嫌われても構わない覚悟の玉砕戦法で無理矢理絡んできたか。と、セラスはうな垂れる。

 基本的にセラスはパーソナルスペースを大きく取る。プライベートの空間に侵入されるのを極度に嫌っているのだが、学校においてのその空間というのが、すでに使われていない空き教室や部員のいない弓道部の弓道場といった人が訪れない場所、それを來華と晴海ならまだしもその他の人に侵されたくはなく、その場所を公言されるのはよろしくない。そのために來華の口を塞ぎ、そのまま引きずって教室から出るという行動を選択した。



「來華さんは相変わらず凄いですね」



「だろう? セラスに関しては自信があるんだ。それより約束は守ってくれるんだろうね?」



「はいです、ちゃんとセラスさんのうたた寝の写真もばっちりです」



「しゃあっ!」



 握り拳を作った腕を背中側に引っ張り喜びを露わにする來華と満足げに子どもらしく笑っている晴海に、セラスは青筋を額に一瞬浮かばせ、2人の手を引きながら足を進める。

 辿り着いた先は弓道場、昔使っていた駐輪場の隣にそれはあり、今では草木で埋め尽くされた自然豊かとでも言うような、悪く言えば廃墟一歩手前な建物に2人を投げ入れた。



「……晴海、出しなさい」



「うぇ? な、な~のことですか?」



「晴海」



 肩を跳ねさせて怯えきった表情で視線をあちこちに移す晴海に、手を差し出す。そのついでに來華の頭を空いた手で握り、終始笑顔を浮かべる。



「い、いだだだだだ――せ、セラスさんや! 私の頭は握力計ではないんだ、もう少しなんとかなりませんか!」



「あら、握力計ではなかったのですね、私普段は女子高生ですから学校では抑えていたのですが……そうですかそうですか、來華の頭はマッシュポテトになりたかったのですね」



「まだ上がるだと――い、痛い痛い! 待って待ってほんとに潰れる! マッシュポテトじゃなくてハンバーグになってしまう!」



「ニンジンは晴海から強奪しておきますね」



「付け合わせじゃなくて! ていうか一体どれだけ怪力――いだだだだ!」



 華の女子高生に酷いことを言いますね。と、晴海から写真とネガ、さらに写真が入ったデータを受け取ると來華から手を離し、自宅から持ってきたポットにまだ生きている水道から水を汲み、そのまま沸かして湯呑に人数分の茶を注ぐ。



「い、いたたた……セラス、君さてはゴリラの遺伝子を注入したね?」



「失礼な、普通に鍛えていればこのくらいにはなります」



「私もそこそこ鍛えているはずなのにな」



 鍛え方が足りないのでは。と、座布団を引き、テーブルに弁当箱を広げる。そして來華と晴海に非難の目を向ける。



「今回はやけに無理矢理ではありませんか? 私だから良いものの他の人では縁すら絶たれていたかもしれませんよ」



「う~、だってぇ……」



「まあまあセラス、あまり晴海を責めないでやってくれ」



「いえ、やり方は來華が一任されていたでしょうし、この熱湯をかけたいのは晴海ではなく貴方です」



 晴海を膝に持ち上げ、頭を撫でる。

 せめてもう少し頼む人を考えなさい。と、晴海に忠告し、この話はもうお終いだと弁当に手を付け始める。

 しかし晴海が控えめな表情で見上げて来ていたために、ため息を吐くことでやっと諦めが付いた。



「先々週には6人でしたか? ですがちゃんと先週には全員戻ってきていて、さらに4人いなくなって……今週には戻ってきていましたか?」



「わぁ――」



 晴海がまるでこの世の奇跡をここに集めたかとでも言うような明るい笑顔で頷き、膝の上で小さく跳ねる。

 それをくすぐったく思う反面、甘やかしているのではないか。と、後悔を一振り。



「ですがこの事件、調べる必要があります?」



 1週間失踪。名前の通り、この穂田端高校の生徒が1週間の間、失踪……というより、学校を休むというもの。



 しかしセラスはこの事件に一切興味を示していない。確か先週は集団失踪だと騒がれていたが、事が大きくなると何食わぬ顔をして生徒が戻って来た。しかもご丁寧にいなくなった生徒の親が仕事の都合で学校を休んだ、連絡を入れずに申し訳ない。との理由も付けて。



 この学校は社会的に優位な両親がいる生徒が多く、学校は深く追求することが出来ない。つまりそれが嘘だろうとも学校はそれ以上の言及は出来ない。

 だからこそこの話はそこで終わっている。例え何かをしている生徒がいようとも誰も彼、彼女らを罰せられないというのであれば、これ以上の進展は見込めないだろう。



「あまり権力をつついて手を噛まれるのも馬鹿らしいでしょう?」



「そ、そうかもですけど。でもでも、何も砂漠の中から砂金を探してほしいって言っているわけじゃなくてですね」



 晴海は何かしらの確証を持っているのだろう。その理由に一抹の不安を覚えるが、それを今追及したところで彼女は口を割りはしないだろう。

 セラスは晴海の顎を手のひらに乗せ、続きを促す。



「えっとですね、確かにセラスさんの言う通り、お家の人が情報を出さないようにしてるです。でもでも、それは何もお父さんお母さんが困るようなことをしているわけではないという裏が取れました。えっとお兄ちゃ――ある筋からただの親バカだから大丈夫。と」



「……」



 やはり。と、セラスは頭を抱える。

 この空野 晴海の情報源になっている人間がいるのだが、その人物がそこそこに食えない。晴海のことを引くほどに大事にしている所謂、シスコンというものなのだが、どうにも相性が悪く、彼の情報だと聞いてあまり気が乗らない。



「あ、そういえばセラスさんはお兄ちゃんと知り合いでしたっけ? 確か下宿先の人が元警察だったとかで」



「……ええ、夏輝、さん、ええ知っていますよ」



 あの厭味ったらしい顔を思い出すだけでも額に力が入る。それを見たからか、手に持っていた弁当箱に來華がおどおどした様子で卵焼きをそっと入れてきた。



「いえ、ええありがとうございます」



「そ、そういえば晴海のお兄さんは警察官だっけ?」



 誇るように胸を張る晴海であるのだが、あれの本質はもっと別にあり、どうにも彼とは関わりたくはない。セラスは口を噤んだ。



「そうですよ、お兄ちゃんはすごいんです! かかりちょう? です!」



「へ~、結構年が近いのかい?」



「いえいえ、少し離れてるです。昔からいつもお世話してくれた優しいお兄ちゃんです」



 セラスは苦虫を奥歯ですりつぶしたような表情で顔を歪めた。

 あれが優しい? 一体どの世界線の話をしているのか、口を開けば嫌味ばかり、取り繕うものは上辺だけの称賛、言葉に、心に重みのない人間。と、セラスは晴海の兄をそう評価しており、この世界で会いたくない人物の上位に位置している。



「……で、セラスさんや、晴海のお兄さんと仲が悪いのかい?」



「いいえ別に。家族想いの世渡り上手を嫌う理由がありますか?」



 彼の話題が出る度に顔が引き攣るのを來華は見ていたのだろう。これが最大限の譲歩だと、晴海の手前あまり悪くは言わず、これ以上言葉を引き出させまいと弁当箱に箸を伸ばした。



「え~っと、それで晴海、じゃあ別に調べても親が出てくることはないんだね?」



「――? はいです、お兄ちゃんも何をやっているのかは調べていないらしいですけど、何でも失踪した生徒の親は、う~んと何と言うか」



 晴海が言葉に詰まっているのだが、セラスは耳を立て、彼女の言葉を聞いていた。



「ああそうです、なんでも《楽園に足を踏み入れていない》らしいです――」



「――」



 晴海の言葉が終わると同時に、その声しか聞こえていなかった空間で弾けるような乾いた音が響いた。



「……セラスさんや、無言で箸をへし折らないでください、しかも片手で」



「すみません、月が出ているかと勘違いしてしまいました」



「ヴァンパイア? ワーウルフ?」



 困惑する來華に笑みを返す。ご想像にお任せします、些細なことです。そう言葉にはしないが笑みに意味付けをして何食わぬ顔で弁当箱を片づける。

 しかし内心、夏輝に対し怒りを覚えていた。



「今日のセラスは実にバイオレンスだ」



「そうですかぁ? 來華さんに対していつもこんな感じですよ」



 セラスは晴海の頬をやわらかく引っ張る。

 少し感情を露わにし過ぎただろうか。そんな不安を抱くがここであまり否定しても仕方がなく、晴海を触ることで特に言及しないことを決めた。



「あ、でももし手伝ってもらえるのならその楽園にも行ってみたいです」



「ああ確かに、楽園なんて言うくらいだからね、何かの比喩だろうか?」



 抑えるつもりだった。正直なところ、勝手にそうなるのであればここまで苛立ったりはしない。しかし、思っている以上に來華と晴海を大事にしていることにセラスは気が付く。

 故に正面を向いている晴海を一度持ち上げ、反転させて目を合わせると、しっかりとその小さな肩に手を置く。



「うぇ? セラスさん――?」



「晴海、一度しか言いませんのでよく聞いてください」



 空気が鋭くなる。

 女子高生らしからぬセラスの雰囲気に來華も晴海も、息を呑んだ。



「あんなものは楽園なんてものではありません……いえ、いえ違いますね、あれは確かに楽園です。ですが、救世主の目の前で石を投げた者は入れませんし、彼を迫害した王も入れません。もしかしたら銀貨30枚で彼を売った裏切者も入れないかもしれません。資格だとか、善意などではありませんよ、彼らが描いた楽園には、彼らに仇を成す者は入れないということです」



 そうでなければ教えなど必要ない。無条件で招き入れることをしない時点で、楽園はそもそも彼らの物だ。と、セラスは吐き捨て、ジッと晴海の両眼を見つめる。



「その楽園は、貴方が関わる必要のないコミュニティーです。ですから約束してください、何があってもそこには近づかないでください」



「え、えっと」



「私、結構2人のことを大事に想っているのですよ、だからお願いします」



 セラスは晴海を抱きしめ、懇願するように、それはまるで天使が迷える子羊を翼で抱くように、2人が救いに溺れないでほしいと言い聞かせた。



「わ、わかりました。セラスさんが言うならそうするです」



「セラス、私にも熱い抱擁を」



 晴海を横に下ろし、セラスは昼食を再開する。

 楽園には近づくな。と警告をし、了承もしてくれた。しかし万が一ということもある。いくら夏輝が楽園に足を踏み入れていないと言ってもこれからがわからない。それならばこの事件を解決し、面倒なことに足を突っ込む前に解決、もとい納得させ、事件から手を引かせるのが最善ではないか。

 故に考える。この生活のため、確かな安寧のために――。

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