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セラス=ファラエルは救う天使で、彼女は嘘つきではない。  作者: 筆々
救う天使と学校でのこと
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 背中の中心まで伸びた軽くウェーブがかかった黒髪をなびかせ、薄い紺色の制服に身を包んでいる女性が前髪をかき上げた。

 ブレザーから覗く手首は白く美しく、短めのスカートからは健康的に引き締まった脚が顔を出している。彼女と似た制服を着た男子生徒はその女性が足を進める度にチラリと横目で動きを追っており、女性はその視線に気が付きながらも強く刺激しないように動きを小さくする。



 彼女の一挙動はどことなく上品で、歩む姿も人の目を引く。彼女はセラス=ファラエルという名を持ち、7年ほど前にこの日本という国に籍を移してやってきた女性。



 今年から穂田端ほたばた学院附属高校の2年になり、始業式が始まってすでに1か月ちょっと、新たなクラスでの空気感にどことなく色を見出すようになった頃、彼女は普段通りに通学路を歩んでいた。



 去年クラスメートであった女生徒は気軽にセラスの名を呼び、軽く頭を下げたり、手を振ったりして挨拶をしているのだが、同学年の異性や下級生は彼女を遠目に見て、目が合えば会釈をするなどどこかぎこちない。



 そんな空気が彼女を中心に出来上がっている中、セラスは、前方を駆け足気味に進み、ひょこひょこと二つ結びの頭を忙しなく動かしている女生徒に早足で近づいた。



「おはようございます」



「え? ってうわぁぅ!」




 挨拶の声に二つ結びの彼女が飛び上がった。そんな彼女にセラスは、そこまで驚かれると少し傷つきますね。と、口元を覆い、笑い声を漏らしながら言った。



「あ、えっと――お、おはようございます!」



「はい、おはようございます。もう学校には慣れましたか?」



「えっと、セラス先輩のおかげでなんとか」



 二つ結びの彼女――八雲やくも ひなたはどこか表情に影を落とし、ため息交じりに答えた。

 セラスは苦々しく表情を歪めると彼女に小さく頭を下げた。



「ごめんなさい、私の力が足りないばかりに――」



「い、いえ! セラス先輩のせいじゃないですよ。私、先輩には本当に感謝してますし、先輩がいるから学校頑張って来ようって」



 セラスは手を伸ばし、彼女の頬を撫でる。そして一度目を閉じた後、すぐに笑みを浮かべて、近い内にまたお茶をしましょう。と、声を掛けた。



 陽は名前の通り太陽のような笑顔で頷くと、今日は日直なので。と、大きく手を振って学校へ駆け出して行った。

 小さく手を振り、陽の背中を見送ったセラスなのだが、一瞬目を鋭く細め、彼女の背を追って駆け出した数人の女生徒を横目で眺めた。



 しかし、すぐに背後に意識を向けるように顎を引き、脇の下からその影に目をやるとため息を吐き、呆れたように素早く振り返る。



「おはようございます、この国では挨拶に抱き着くのが常識でしたっけ?」



「おはようセラス。いいや抱き着くのは私の趣味だ、君はとても魅惑的な体をしているからついついその芸術的な肉体に指を這わせたくなってしまう、もっと自覚してくれ」



「……なんでセラスさんを咎めるですか、普通逆ですよ? あ、セラスさんおはようです」



 セラスは2人の女生徒に挨拶を返すとそのまま回れ右をして学校へと歩みを進める。



 すると片方の、髪型がショートボブで吊り上がった目、泣き黒子を携え、健康的に焼けた小麦色の脚が眩く、雰囲気が少年のような女性、光姫みつき 來華らいかがわざとらしく両腕を広げ、芝居がかった動きでセラスの前に躍り出た。



「ああセラス、そんなに私の顔は輝いているかい? 君がそんなに照れ屋だとは気が付かなかった。だが安心してほしい、君が私を直視できないというのなら月にだってなろう、私はいつだって君を見ていられる」



「世界二大覗き魔の片割れを引き合いに出すということは、來華にもやっと自覚が生まれたということでしょうか?」



 セラスは來華に一切目をやることなく脇を通り抜けるのだが、その際彼女の背について歩んできたもう片方の小さな影を傍に寄せた。



「晴海の教育に悪いのですから、もう少し言葉は選んでください」



「同い年ですよ!」



 セラスはもう片方の女生徒、その少女とも形容される制服がだぼだぼの小柄な彼女は、ウサギとニンジンの髪留めで前髪を開いて額を晒し、大きな瞳は常に潤っている。そんな小動物系の彼女は空野そらの 晴海はるみと言い、晴海は頬を膨らませ、セラスに抗議する。



「今さら來華さんの変態語録に驚きません!」



「おや晴海、ここは公共の場だ、私だってTPOくらい弁える。つまりどういうことかわかるかい?」



 來華は晴海の体を引っ張り自身に近づけると彼女の耳に口を近づけ、何事かを話した後、そのまま耳に歯を立てた。



「ひゃぁぁっ」



「ふふ晴海そうかふふ、君はもっと過激なのを望んでいたのかそれは気が付かなかった」



「そんなこと言っていないです――ってちょ! どこ触ってるですか!」



「私は山登りも好きだけれど、平原でピクニックをするのも趣味なのさ」



「余計なお世話です! 來華さんも言うほどないですからね!」



 セラスは背中から2人の会話を聞いていた。立ち止ってまでする会話ではないだろうに。と、口にするほど呆れており、彼女たちと距離を取るように足を進めていく。

 しかし、取っ組み合っていた2人が離れて行くセラスに気が付いたのか、駆け足で隣に並ぶ。そして何事もなく通学路を3人で進んでおり、この光景が普段通りであるのが窺える。



 すると、ふと來華が小さく息を吐き、チラチラとセラスを見ていた。

 セラスは首を傾げ、來華と目を合わせるのだが、彼女はばつの悪い表情を浮かべるだけでどうにもぎこちない。

 そんな來華にセラスは苦笑いを浮かべると口を開く。



「……そうやってしおらしくしてくれていてくれるのなら楽ではありますが、私は普段通り鬱陶しいほどにキザったらしく芝居がかった來華も嫌いではないのですよ」



「え? 愛しているって?」



「そういうところですよ」



 呆れるセラスに來華は頭を掻き、前方に視線を向けた。そして顔を上げ、目を覆いながら頭上の太陽を見た。



「太陽が陰る様は正直好みではない、陽の光はやはり眩しいほどに輝くべきだ」



「ならばこそ、太陽は自分で輝くべきなのです。あれは誰かの光ではありませんから」



「……セラスは面倒見がいい癖にスパルタだよ、私ならちょっと行って――」



「それをやってしまったら、今度こそ彼女の居場所は空にもなくなるでしょう。岩戸に隠れたまま永遠に出てこなくなりますよ」



 セラスは困惑した様子の晴海の顎に手を這わせ、猫を撫でるように手を動かす。そして深くため息を吐き、小さく、彼女は救いを求めているわけではない。と、呟く。



「もっとも、助けを求めているかもしれませんが、それを私たちに求めているわけではありませんから」



「先輩らしく手を差し伸べるべきじゃ?」



「私の手はいつだって空いています。ですが手と手が繋がらないのなら、向けているものは銃口で、放たれるものは銃弾です。私は彼女を傷つけたくはありません」



 セラスが冷たく言い放つのだが、状況を理解しきれていなかった晴海はやっと合点がいったのか手を叩き、八雲さんのことか。と、頷いた。



「あの子は何もしていない。ただ、生まれが悪かっただけだろう」



「その生まれを彼女は一度も否定していません」



 八雲 陽、セラスたちの後輩で、今年から穂田端学院高校に通うことになった女生徒なのだが、彼女には両親がおらず、肉親は兄が1人いる。そんな彼女だが、所謂いじめという被害に遭っており、高校入学1か月でクラスでは浮き気味になっていた。

 來華はそんな彼女の境遇を憂いていた。



「セラス、私はわからないよ。確かにこの学校はそこそこお金がかかる。でもだからと言ってそれに準じないだろう人が入ってはいけないという理由もない。ここは学校だぞ、ドレスコードなんてものはもっと華やかであるべきだろう?」



「それはあなたの価値観です。なんて言ったら冷たいかもしれませんが、來華が陽さんを好むように、彼女を好まない人もいる。免罪符にはなり得ませんが、敵対するには十分な理由です」



「……敵ならば傷つけても良いのかい?」



「敵だから傷つけるのですよ。隣人を傷つける人はいないでしょう? 來華だって彼女を傷つける人と敵対しようとしましたし」



 セラスの言葉に來華は口を噤んだ。

 暫しの沈黙がセラスと來華の間で発生するのだが、間で首を左右に何度も傾げていた晴海が数回飛び上がり、2人の腕や脇などを指でつついた後、薄型の携帯端末を取り出し、画面を呼び出してそれを指差す。



「あのあの! 今日からマト屋に梅どら焼きが販売されるようですよ!」



「……」



「……」



 セラスと來華は顔を見合わせると、胸を張る晴海にため息を吐いた。



「気の遣い方が下手過ぎる」



「もう少し空気の入れ替え方を勉強させるべきでしょうか? 台風時に窓を開けてはいけないとあれだけ言ったはずなのですが」



「もっと他に言うことないですか!」



 間にいる晴海の頭をセラスと來華の2人は撫で、登校を再開する。

 そしてセラスは柔らかく微笑むと來華の横顔を覗き見て口を開く。



「まあ、彼女が私の手を握ってくれたのなら協力は惜しまないつもりですし、何より私もあの子のことは好きですから」



「セラスがやっと私の趣味を理解してくれたか――」



「もっと良い話で締めようとしてくれませんか?」



 セラスの呆れた声に來華は首を振って拒否した。

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