1章 4話魔法のビール
「凄い静かだな·····」
勝幸と別れ、自宅の部屋に戻ってきた怜美。心臓の鐘を異常に鳴らせて帰ってきたものも、あまりの静けさに異様な雰囲気が広がっている。
怜美は3つ折りにした布団の上に腰掛けて、乱暴に暴れてる心臓の鼓動を感じながら、自宅の気配を察しているが、謙治と美千代が普段過ごしてる部屋からも、気配を感じない。
怜美は布団から腰を上げ、正面にある所々凹み
ベニヤが剥がれた木製の棚からテニヌの王子様を漫画を手に取り、ボロボロになった棚を下から上へと目を細めて見つめた。下の棚にはドリームキャスト本体やドリームキャストのカセットが収められているが、長年触れてないからかホコリが被っている。
真ん中の棚には怜美が先程手に取った、テニヌの王子様、ノラえもん、ボールペンしんちゃんなどの少年漫画が巻順通りに並んでいる。1番上の棚には怜美が追っかけしているBBA48のCDやペンライト、生写真を入れてる写真入れが並んでいる。そして棚の天端にはスクールカバンが置いてあり、怜美の好きなキャラクターのキーホルダーが付けてある。
怜美は再び3つ折りの、布団の上に腰掛けテニヌの王子様の本の世界に入り込もうとしても落ち着かない。漫画を持っている腕を上げたり、下げたりしている。
数ページほど読み進みその場で漫画本を投げてしまう。
「なんか落ち着かないなぁ……」
玲美は天井を見上げ呟く
「青く透明な私になりたいー……友達のままであなたの前でー……はぁ」
溜息をつく矢先に父と母が共に生活してる部屋の方からドスドスという足音が聞こえる、この早歩きでドシドシ歩くのは、玲美の母美千代だ。その気配に気づいた玲美は自室の部屋のふすまの方に目を向ける。目を向けるとすぐにふすま乱暴に開かれ乾いた音が鳴る。ふすまが開いた先にいたのはやはり美千代だ。だがいつもの色が白く玲美そっくり釣り目、通った鼻は違う。
あまり痛々しさに玲美は思わず顔をしかめる。美千代の顔の自慢の白い肌は殴られた後なのか、顔面の頬と額がどす黒く痣が浮かび、玲美とそっくりな釣り目は瞼がパンパンに張れ片目が腫れ片目が潰れ、鼻は殴られたのか少し右に曲がっている。そんな顔をしかめそっぽ向きたくなるような顔をした美千代が軽快に口を開く。
「おい、玲美付いてこい、出掛けるぞ。」
「出かけるってどこさ……」
「いいから付いて来いようるせぇなぁ」
「わかった」
玲美は美千代の唐突の発言に心を濁わせ、足早に歩く美千代の背中を追いかける。
美千代はお気に入りの少しヒールが低い一昔前に流行ったファーの付いたサンダルを履き、玲美はスニーカーに履き替え、二人でエレベーターホールでエレベータの到着を待つが、玲美にはこの沈黙が長く感じる。
エレベーターが4階で止まっている。玲美が横眼で美千代の方を見てみるが、無表情でただ美千代はまっすぐ顔を向けエレベータの到着を待っている。
「ねぇ――」
「なんだよ」
美千代は顔の向きを変えずまっすぐエレベーターの到着を待っている。だが玲美の瞳に映る美千代は顔も紅潮しわすがにアルコールの匂いがする。怜美は酒を飲んだんだなと察した。
早歩きで歩く美千代の背中を怜美も同様に早歩きで追いかける、いつもなら手を繋いで歩きたいのだが、雰囲気で察し、自分のポケットに手をしまう。
美千代が目指してた所は近所の居酒屋だ、別に外観が小洒落た居酒屋でもなく、チェーン店の小汚い居酒屋だ。
そのまま母の背中を追い店内に入ると居酒屋独特の匂いが広がる。床が油で滑る感覚。怜美は久しぶりだと思う。
そのまま店員に案内されテーブル席に美千代と対面し座り美千代はメニューを見ながら怜美に子供のようにはしゃぎながら問いかける
「ママは何飲もっかなー…ビールにしよ。怜美は何にする?カルピスとかあるよ!ほらほらなんならビール飲むか?ウインナーだってあるぞー?食え食え」
「お母さんあたし未成年だからお酒は飲めないよ…あたしオレンジジュースでいいや、お母さん好きなの飲みなよ」
怜美は少し嬉しそうで、テンションが上がってる母を見るのは好きだ。子供みたいで優しくて言葉の節々が男っぽいところも全部好きだ、ただ酔うとめんどくさくなるのが玉に瑕だ。そんなことを考えてると顔面に怪我してる綺麗な顔をクシャッとしながら怜美にあんた馬鹿だねえと零す。
「ほんとにあんたは変なとこ真面目なんだから別にママが飲めって言うなら飲んでいいのー。わかるぅー?いいからビール飲め。ったく誰に似たの?あんた。パパー?ママー?へっ誰だっていいよ。すいませーん」
そう言葉をこぼし、美千代がワントーン声を上げ店員を呼ぶ。
「えー大生2つとぉ、あとこのウインナーの盛り合わせと、唐揚げと、あと枝豆と揚出し豆腐下さい。怜美なんかあとなんかいる?ご飯とかもあるよ」
「さすがに飲みながらご飯とかは大丈夫かな、ありがとう私は大丈夫だよ」
「じゃあ以上でお願いします」
店員が注文を取りその場から去るのを確認すると、怜美は重い口を広げた。
「お母さん、大丈夫?」
「あぁなにがよ?」
「なにって、その顔だよ…おでこの所腫れてるし鼻の所も曲がってない?なに親父となにがあったの?」
するとタイミングがいいのか悪いのか店員が元気よく生ビールと枝豆を運び、美千代は子供のようにいえーいなんて言っている。
「まあまずは乾杯しようぜー」
美千代はビールを片手ににっこりしながらこちらの目を見つめてきた。
「お母さん…まぁいいや乾杯」
怜美は母とジョッキを合わせたのち、初めてジョッキに入ってる黄金色の液体を口の流し込む。怜美はその液体は苦くて炭酸がきつくて、ただその後に麦の匂いをふわっと香る液体を胃の中に流し込むが、口に合わなかったようだ。
「うぇ!苦っ」
母は楽しそうにケタケタ笑っている
「そうよ!これが大人の味!わかるー?怜美はまだお子ちゃまだわかんないか、わかんなくていいんだ」
長い長い夜は続く
母はビールとワンカップが大好きです。