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第六話 人形の家族

 その後、カーテンやベッド、家具などを購入した。

 もっとも大きな商品は持ち運べないので、後から屋敷に届けて貰うことになるが。


「コップは自分専用のものがあった方が良いだろう。好きなのを選びなさい」

「……じゃあ、これにします」


 ユースティティアが選んだのはデフォルメされた可愛らしい蛇の絵が描かれたマグカップだった。

 ちなみにユースティティアが選んだカーテンの柄も、ベッドもシーツも、壁紙も、可愛らしい「蛇さん柄」だったりする。


「蛇、好きなのか?」

「はい……可愛くないですか?」

「そ、そうか……」


 グナエウスはあまり蛇が好きではない。

 一番か、二番目くらいに嫌いな動物である。


 家具や雑貨を買い終えた後、グナエウスはユースティティアを眼鏡屋に連れて行った。


「その眼鏡、縁が合ってないだろ? レンズはそのまま、縁だけ変えるぞ。好きなのを選べ」

「はい」


 キョロキョロと商品を見て、ユースティティアは一番気に入った眼鏡を持ってきた。

 それは赤い縁の眼鏡だった。

 柄の部分にはべっ甲が使われていて、少し値段が高い。


 もっとも、まだ字も読めないユースティティアは値段については分かっていないようだが。


 多少、値が張っても、装飾品は一番気に入った物を付ける方が良い。

 そう考えているグナエウスは特に文句は言わず、それを購入した。


 そして職人に頼み、その場でレンズを付け替えさせる。


「どうですか?」

「よく似合っているよ。しかし……変わるんだな」

「何がですか?」

「目の色が、だ」


 眼鏡を外している時は真紅に輝いているユースティティアの瞳だが……

 眼鏡をしている時は青く澄んだような色だ。

 

 それはグナエウスの元婚約者、ミネルウァの色だった。


(青が本来の色なんだろうな)


 グナエウスはティベリウス・アートルムの瞳の色を思い出す。

 彼は眼鏡を外している時、つまり魔眼を使っている時は真紅の瞳だったが……眼鏡を掛けている時は黒い瞳だった。


 魔眼の力が抑えられている時のみ、本来の色が姿を現すのだろう。






 次に向かったのは杖を売っている店だった。

 魔法使いにとって、杖は必須の道具である。

 杖無しで魔法を使えるのは、ごく一部の優れた魔法使いたちだけだ


「まあ、これで良いだろう」


 グナエウスは子供用の、量産品の杖を手に取った。

 そしてそれをユースティティアに握らせ、振ってみるように促した。


「えいっ!」


 可愛らしい声でユースティティアが杖を振ると、杖の先から小さな魔力反応光が飛び散った。


「問題ないようだな。……学校に通える年になったら、もう少ししっかりしたのを買ってやろう」

「……学校?」

「そうだ。魔法使いの子供はみんなそこに通う。満十歳になってからだから、あと三年後だな。その時までに読み書きと、最低限の教養と魔法の扱い方を教えてやる」

「魔法を教えて貰えるんですか!」


 ユースティティアは目をキラキラさせた。

 グナエウスは苦笑いを浮かべた。


「当たり前だろ。お前は魔法使いなんだから」


 


 それからグナエウスは杖を売っていた店の、その隣の店に入っていく。

 そして店員に言った。


「この子のサイズに合う、マントと手袋を用立ててくれ」

「承知しました、お客様。家紋は?」

「それは……うちの奴隷に縫わせる」 


 グナエウスは店員が用意したマントと手袋をユースティティアに着せた。


「杖とマントと手袋。この三つは魔法使いであることを示す証だ。覚えておけ」

「はい……あの一つ聞いても、良いですか?」

「何だ?」

「魔法使いと、貴族(パトリキ)は違うんですか?」


 グナエウスは思わず頭を掻いた。

 そのような基礎的な社会常識すらも知らないとは思っていなかったからだ。


(まあ……あいつらが教えるはずもないか)


 あのような孤児院でまともな常識が教えられるはずもない。

 少なくともユースティティアには、全く、一切の教育が施されていなかったはずだ。


「……そうだな。明日、教えてやる。今は買い物をすませよう」

「はい。分かりました」


 ユースティティアは小さくうなずいた。




 それからそのほかに必要な買い物を済ませ……

 グナエウスは言った。


「さて、帰ろうか」

「え!?」


 ユースティティアは目を見開いた。

 そしてグナエウスに言った。


「ふ、服は?」

「服は買っただろ?」

「あ、あとでまた買ってくれるって言ったじゃないですか!」

「いや、でも三セットも買ったし……」


 あくまであの場で一つ買って、そのあとに替えの服を買いに行けばいいという意図でグナエウスは言ったのだ。

 つまり三セット分の服を買った段階で、すでにグナエウスの中では後で服を買いに行く必要はなくなっている。


「でも、言ったじゃないですか! そんなの聞いてないです!」 

「いやでも……」

「三つ買って良いって言ったのはグナエウスさんじゃないですか!」


 そしてユースティティアは頬を膨らませた。


「嘘つき!」

「……分かった。買えば良いんだろ?」


 グナエウスがため息をついて言うと、ユースティティアは満面の笑みを浮かべた。

 

「ただ、あまり買っても荷物になる。限度は考えろよ」

「はい!」


 それからグナエウスはユースティティアに付き合い、十店舗以上の店を周ることになり……

 十五着以上の服を買う羽目になった。


「楽しそうですね、お嬢様」

「おかげで想定以上の出費だがな」


 ペダニウスの言葉に、グナエウスは肩を竦めて答えた。

 

(まあ、この程度の出費でこの子が喜ぶのであれば良いか)


 今まで散々、我慢して生きて生きたのだ。

 少しは我が儘を聞いてやっても良いだろうとグナエウスは思った。


 ふと、グナエウスの視界に誕生日プレゼントを強請る子供の姿が映った。

 グナエウスは少し考えてから、上機嫌のユースティティアに言った。


「確か、お前の誕生日が二月の十四日、ルペルカーリア祭の日だな?」

「はい。そうですけど……」

「もう過ぎた後だが……何か買ってやろう。欲しいものとかはあるか? 服以外で、だ」


 服もプレゼントと言えばプレゼントだが……

 衣服は日常生活に必要不可欠のものだ。


 日用品を誕生日プレゼント扱いにして済ませるのは、少し大人としてはずるい(・・・)だろう。

 先ほど、嘘つき呼ばわりされた反省から、グナエウスは思った。


「欲しいもの、ですか?」

「そうだ……例えば、玩具とか」

「見てみないと分からないです」


 そう言うので、グナエウスはユースティティアを子供用の玩具が売っている店へ連れ出した。


「いろいろあるもんだな……あ、これとか、昔俺が持ってたのと同じのじゃないか?」


 グナエウスは少し懐かしい気持ちになり、玩具の剣を手に持って言った。

 ペダニウスは笑みを浮かべた。


「懐かしいですね。ご主人様(ドミヌス)と一緒に遊びましたね」

 

 グナエウスとペダニウスの二人が幼少期の思い出に浸っていると……

 ユースティティアが大きな人形を持ってきた。


「これが、良いです。大きなの、ずっと欲しかったんです」


 ユースティティアははにかみながら笑った。

 ユースティティアが持ってきたのは、可愛らしい蛇の人形だった。


 どんだけ蛇が好きなんだ、とグナエウスは苦笑いを浮かべた。


「蛇以外に、熊とかライオンとか、もっと他に動物はいたと思うが……そういうのじゃなくて良いのか?」

「この子が一番、可愛い!」

「そうか……」


 どうやらグナエウスとは趣味が合わないようだ。

 この先、やっていけるのがグナエウスは少し心配になった。


 


 全ての買い物を済ませた一行は屋敷に向かって歩き始めた。

 ユースティティアは左手で蛇の人形を抱え、右手でグナエウスの手を握っていた。


 その後ろに荷物を抱えた奴隷たちが続く。

 人形も奴隷に持たせようとしたグナエウスだが、ユースティティアが自分で持ちたいと言い出したのだ。


「グナエウスさん」

「どうした?」 

「いろいろ、買ってくれてありがとうございます。……生まれて初めてです」


 嬉しそうにユースティティアは笑った。

 夕日を受けて煌めく黒髪と、そして微笑んだ笑顔。


 それがかつての親友(てき)婚約者(うらぎりもの)に重なり、思わずグナエウスは目を逸らした。


「気にするな」

「……ところで、その、プレゼントは、今回だけですか?」


 ユースティティアが遠慮がちに尋ねた。


「何か特別なことがあったら、買ってやるが……ほかにも欲しいものがあるのか?」

「にょろろんの家族を増やしてあげたいんです。一人だと、きっと寂しいから……」


 にょろろん?

 誰だ、それは?


 グナエウスは混乱した。

 が、すぐに自分が買い与えた人形の名前だと気付いた。


(あの二人から、これが生まれるとは、信じられんな)


 それとも、この子も成長するとああなってしまうのか。

 蛇の人形に対して、にょろろん、にょろろんと話しかけるユースティティアを見て、グナエウスは首を傾げた。

ブクマ、評価等をしてくださりありがとうございます

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